第4章ー2
7月19日、緊急の閣議が、東京では開かれていた。
言うまでもなく、7月17日の共産中国のスポークスマンの声明を受けてである。
だが、閣議の場に、重要閣僚の一人である杉山元陸相の姿は無く、代わりに梅津美治郎陸軍次官が、陸相代理として出席していた。
杉山陸相は、7月7日以降の陸海軍部の暴走を、先日、宇垣一成首相に、厳重に叱られたことを気に病んでしまい、現在で言うところのうつ病になっていた。
ちなみに、山梨勝之進海相は、杉山陸相と同様に、宇垣首相に叱られたにも関わらず、平然と閣議に出席している。
「ともかく、このまま進むと中国内戦は、本格的に再開されます。それは、余り望ましい事態とは言えません。何とか、中国内戦再開阻止に動くべきです」
広田弘毅外相が、閣議の場で訴えた。
宇垣首相以下、立憲民政党出身の閣僚全てが、その言葉に肯いたが、梅津陸軍次官と山梨海相は、公然と横を向いた。
宇垣首相が口を開いた。
「軍部は、そこまで戦争を望むのか。私の平和を保とうとする努力を何と考えている。我が国は、平和を望むべきではないか。今の我が国に戦争を行う力があると思っているのか」
その言葉は、明確に陸海軍部のトップを叱責するものだった。
梅津陸軍次官が、口を開いた。
「お言葉ですが、我が軍の行動をもって、戦争を望むとみるのは、曲解にも程があります。確かに、陸軍の隷下にある空軍に対して、中国内戦再開の際には、速やかに満州、韓国領内に部隊を展開できるように、準備態勢を整えるよう、参謀本部を通して指示を出してはいますし、陸軍省内部にも、万が一に備えて、総動員の準備をするように指示を出してはいます。ですが、実際に、満州、韓国領内には、一兵も部隊を動かしてはいないのです。これをもって、戦争準備と曲解する共産中国こそ、戦争を望んでいます」
山梨海相も、梅津陸軍次官に味方した。
「我が海軍も、いざという場合に備えてはいます。しかし、基本的に休暇を取り消し、いざという場合の艦隊出撃に備える行動まで、積極的な開戦準備と主張する等、共産中国の主張は、言語道断です。確かに海兵隊には、動員準備態勢を整えるように指示を出しました。ですが、本格的な中国内戦再開という事態に至った場合、上海にいる邦人保護が、現状で可能だとお考えですか。上海にいる海兵隊は、約1万人です。上海周辺に展開する共産中国軍は、最低の見積もりでも10万人を超えます。日本本土から海兵隊の増援を送り込まねば、上海は守り切れません。それに海軍は備えただけです」
その言葉を聞いた宇垣内閣の閣僚の面々は、苦虫を嚙み潰したような表情になった。
梅津陸軍次官と、山梨海相の主張は全くの道理だったからだ。
確かに、日本の陸海(空海兵)軍は、日本国内でのみ行動し、しかも準備行為に留めている。
それなのに、共産中国から、開戦準備と非難される方がおかしかった。
実際、米内光政立憲政友会総裁代行以下の野党議員は、宇垣内閣の姿勢を、弱腰極まりない軟弱外交と非難している有様だった。
だが、宇垣首相としては、何としても中国内戦再開阻止を望んでいた。
戦争をするにしても、後、2年は平和を保ちたい、そうすれば、電探網の整備をはじめとする日本国内の戦争準備が、とりあえずは整うのだ。
それなのに、今、中国内戦が本格再開され、日本が介入するしかない事態に陥っては、日本国内の戦争準備が整わない公算が高くなってしまう。
だが、梅津陸軍次官と山梨海相をはじめとする軍部の大勢は、宇垣首相の考えを拒絶していた。
戦争には、相手があるのだ。
共産中国が、戦争を仕掛けてくる以上は、我が日本は、それに対して応戦せざるを得ないのだ。
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