間章1-3
「全くだな」
林忠崇侯爵は、あらためて思った。
自分も半ば忘れていたが、気が付けば、自分がお世話になった幕末時の新選組副長、土方歳三提督の曾孫が、結婚を考える時代になったのだ。
お世話になった土方歳三提督の嫡曽孫、土方勇が結婚したい、と望む相手が、それなりの人間ならば、そして、相思相愛ならば、自分は応援してやりたい、と林侯爵は考えている。
「それにしても、人生とは奇妙なものです。村山幸恵が、全く気付かずに異母妹の篠田千恵子の恋路の助けをしていたとは。そして、岸総司も、それに加担していたとは」
北白川宮提督は、半ば無意識にだろうが、首を横に振りながら言っていた。
「人生とは、そんなものだ。意識せずに他人の思わぬ助けをすることもある。最も、逆に妨害することも多い気がするがな」
林侯爵は、北白川宮提督に言った。
土方勇と篠田千恵子が知り合ったのは、偶然の産物といえば、その通りだった。
1936年4月、海軍兵学校に第67期生として入学した土方勇は、同年夏の夏季休暇に合わせ、帰郷することにした。
岸総司は、その2期上、第65期生として入学しており、岸総司も同様に帰郷することにした。
海軍兵学校内では、厳格な上下関係があるが、そもそも岸家と土方家は、それぞれの家長である岸三郎提督と、土方勇志伯爵同士から始まった家族ぐるみの付き合いがある仲である。
岸総司と土方勇は、一緒に帰郷することになった。
そして、異母弟の岸総司を出迎えた篠田千恵子を、土方勇は見初めたのだった。
とはいえ、土方勇は、まだ海軍兵学校に入学したばかりの若者であり、篠田千恵子にしても、土方勇より2歳年上だが、東京女子高等師範学校を卒業したばかりの若さである。
若者らしく結婚しようにも、もう少し待って、という話になるのはやむを得ない話だった。
そして、二人は密やかな交際を始めることになった。
交際の際に主に逢う場所になったのが、「北白川」で、若女将の幸恵が取り持った。
幸恵と総司は、共に横須賀で生まれ育った身で、幼い頃から姉弟と知らずに仲良くなり、異性の親友となっていた。
(ちなみに、幸恵が20歳前に、実母の大女将の意向で、半ば強引に立板と結婚させられたのは、このためもあった。
大女将としては、異性の親友が、恋人同士になる前に、と手を打ったのである。)
そして、総司の相談を受けた幸恵は、勇と千恵子の密会の場を提供した。
だが、このことは、当然、大女将の耳にも入り、大女将は仰天することになった。
娘の異母妹が、勝手に男性と密会を繰り返しているのである。
そして、その男性が、海兵隊の超有力者、土方勇志伯爵の嫡孫ということを把握した大女将は、思案にあぐねた末に、北白川宮提督に密報し、更に林侯爵の耳にまで入ったという経緯だった。
林侯爵は、密やかに情報収集し、二人の密会を確認した。
土方勇志伯爵は、当時、既に欧州へと赴いた後であり、その息子にして、土方勇の父、土方歳一は、戦車開発で多忙を極めている。
そのため、林侯爵は、お節介を焼くことにした。
口実を設けて、土方勇を呼び出した林侯爵は、篠田千恵子との交際について問いただし、土方勇が篠田千恵子との結婚まで考えているとの答えを得た。
とりあえずは、家長の土方勇志伯爵の帰国と、自らの海軍兵学校卒業までは結婚については待つように、と土方勇を林侯爵は説得したが、どこまで土方勇が待てるのか、林侯爵自身が危惧の念を抱いた。
最も、と林侯爵は、更に想いを巡らせた。
世界は、徐々にきな臭さを増している。
土方勇志が帰国してきたら、土方勇志自身が、嫡孫の結婚を急がねば、という事態が、自分は起こってほしくないが起きそうな気がする。
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