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間章1-2

 1937年も7月になり、飲兵衛の海兵隊士官の面々は、暑気払いと称して、飲み会を入れるのが増えつつあった。

 そのために、海兵隊員御用達といっていい料亭「北白川」も、少なからず忙しくなっていた。

 若女将の幸恵にとっては、気を張らねばならなかった。

 特に、今日の予約客の一部は、最上級に気を配らねばならない方で、幸恵の気は休まらなかった。


「ようこそ、お越し下さいました」

 母の大女将と揃って、幸恵は頭を下げていた。

「そんなに気を使わなくてもいい。それから、最初の料理と酒を運んだら、暫く料理等を運ぶのは待ってくれ。あらためて、こちらから声を掛けるから」

 予約客の一人、北白川宮提督が、大女将と幸恵に頼んだ。

「分かりました」

 大女将は、打てば響くように言って、幸恵を促して退室した。

 北白川宮提督と向かい合って、林忠崇侯爵が座っている。

 余程、秘密にしないといけない海兵隊にとって大事な会合なのだろう、と幸恵は推察しており、気が休まらない思いがしていた。


「あれが、あの男の長女か」

 林侯爵が、北白川宮提督に話しかけると、北白川宮提督は黙って肯いた。

「ふむ。岸の息子に伝えたら、喜ぶだろうがな。あいつは、母に似ず、人がいいから」

 林侯爵は、半ば独り言を言った。


「それは止めて下さい。それに、あの時、林侯爵も、このことに同意したではないですか」

 北白川宮提督は、林侯爵を諫めた。

「それは、そうなのだがな」

 林侯爵は、昔のことを思い返しているようだった。


 岸三郎(後備役)海軍大将の実の孫にして養子の岸総司には、表向きの兄弟は、異母姉の篠田千恵子だけしかいないが、実際には、他に異母姉弟が2人いる。

(ちなみに、岸総司自身は、篠田千恵子以外の異母姉弟のことを、全く知らない。)

 林侯爵は、様々な情報源から、そのことを把握していた。

 その一人が、ここの若女将の村山幸恵だった。


 林侯爵は、北白川宮提督が、岸総司のもう一人の異母弟である、アラン・ダヴーの存在を知らないことを思い出して、言葉を選んで発言した。

「全く、あの男も罪なことをしたものだ。妻以外に2人も娘を作ったとはな」

「それは、その通りですな」

 北白川宮提督も頷きながら言った。


 村山幸恵の母、大女将から、北白川宮提督は、佐官時代に、村山幸恵の実父の消息について尋ねられ、自分なりに調べた結果、驚く羽目になったのだった。

 村山幸恵の実父が、岸大将の娘婿で、妻との間に子ども(岸総司)がいて、更に元婚約者との間にも子ども(篠田千恵子)がいて、ということを知り、北白川宮提督は、どうするのが最善の行動なのか、頭を抱え込んでしまう羽目になったのだ。

 そして、海兵隊の長老である林侯爵に相談したのだった。


「村山幸恵の実母の意向を、まずは確認しろ。娘としての認知を、あくまでも求めるのか否かをな」

 北白川宮提督(当時は佐官)から相談を受けた林侯爵は、北白川宮提督にそう指示した。

「その際に、幸恵の弟妹について伝えろ。そして、大女将の希望に寄り添ってやれ」

「分かりました」


 そして、岸総司と篠田千恵子のこと(更に、その間では大変なトラブルが起きていること)を伝えられた大女将は、村山幸恵の認知を諦めたのだった。

「私は、娘の幸恵の認知を求めて、邪推されたくありません。認知は一切、求めません」

 大女将は、涙をこぼしながら、北白川宮提督に言った。


 そして、その言葉を聞いた北白川宮提督は、(林侯爵の意向もあり、)料亭「北白川」に、名前を与える等、できる限りの肩入れをすることにし、今に至る。


「それにしても、本当に時が流れたものです。村山幸恵に続いて、篠田千恵子にまで縁談が出るとは」

 北白川宮提督は、林侯爵に話しかけた。 

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