第2章ー9
イタリアから舞台が移り、トルコが舞台になります。
イタリアで、そのような会議が行われている頃、トルコでも、アタチュルク大統領、イノニュ首相、バヤル経済相の3人は、会議を行っていた。
トルコの現状を鑑み、3人共が渋い顔をしている。
「バヤル、君が言いたいことはよく分かる。民間経済を重視しないと、トルコが最終的には発展しないというのは、私も認める。だが、現実を見てくれ。我が国にも世界大恐慌が襲い掛かっており、それから脱却するためには、ソ連や独と協調して、5か年計画を実施する等、国家資本主義を導入するしかないのだ」
アタチュルク大統領にしては、嫌に丁寧な説明だった。
だからこそ、他の二人には、却ってよくアタチュルク大統領の思惑が分かった。
アタチュルク大統領は、国家資本主義を、積極的に推進するつもりで、バヤル経済相の進言を、完全に退けるつもりだ。
「しかし」
バヤル経済相は、懸命に抗弁した。
「経済政策については、分かりますが、それをやると、それ以外の国、英仏等の関係が微妙になります。英仏等のバックには、日米もいる。彼らとの関係を、どのように大統領閣下は、どのようにお考えで」
「そこだな」
アタチュルク大統領と言えど、考え込まない訳にはいかなかった。
「特にソ連との関係は、極めて我が国にとって微妙なものがあります。ロシア帝国時代の屈辱から、我が国の国民にとって、反ロシア、反ソ連というのは、精神に半ば刷り込まれたようなものです。人間は、恩義より恨みを強く覚えます。幾ら、ソ連が援助してくれても、我が国の国民の多くは、感謝よりも、かつての恨みの方を思い出すでしょう」
イノニュ首相は、バヤル経済相に口添えをした。
イノニュ首相の経済政策の思想は、国家資本主義であり、バヤル経済相とは対立している。
だが、外交面に関する懸念については、バヤル経済相と似たような懸念を抱かざるを得なかった。
イノニュ首相の言葉を受けたアタチュルク大統領は、ますます考え込んでしまった。
暫く沈黙していたアタチュルク大統領が、ようやく口を開いた。
「ともかくソ連との関係については、経済的なものに留める。その代り、軍事的な関係については、中立を疑われない程度に、英仏等との関係を維持するように努めよう。兵器については独ソ以外から買うことで、英仏等を敵視していない、というシグナルを送ろう。それで、当面はどうだろうか」
アタチュルク大統領の言葉に、他の二人も肯いた。
「それにしても、ソ連は我が国との関係を深めたい、と願っているようですが、どうして、そこまで深めたいと願っているのでしょうか」
バヤル経済相が、半ば呟いた。
バヤル経済相自身も、ソ連が関係を深めたがっている理由を察してはいる。
だが、他の二人と見解が一致しているのか、この際に確認したかった。
「決まっている。いざという際には、黒海艦隊に所属している潜水艦部隊を、地中海に出撃させたいのさ」
イノニュ首相が渋い顔で言った後に付け加えた。
「そうしたら、英国は極めて困った事態になる」
「確かにそうですな。我が国が、ソ連潜水艦部隊のボスポラス海峡通航を認めたら、その事態が生じます」
バヤル経済相は言った。
「大統領閣下は、それは認める余地があるとお考えですか」
「認める余地は全くない。それは、英国との戦争を半ば意味する」
アタチュルク大統領は、病に負けない力強い声で言った。
アタチュルク大統領は、職務に精励する余り、そのストレス解消から過度の飲酒に奔った。
そのアルコールの影響のために、肝硬変を患うようになっていた。
余命は、後、数年ではないか、という噂まで流れている。
大統領も、半ば覚っているのだろうか。
「いいな。絶対に認めるな。わしの遺命とも想え」
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