第2章ー8
「それでは、どういう方策が我が国にあるか、というと、機会主義に徹するしかないというのか」
ムッソリーニ統領の問いかけに、会議の出席者の多くが黙って肯いた。
さすがに、その通りです、というまでの勇気を、会議の出席者は持ち合わせていなかったからである。
「ふん」
ムッソリーニ統領は、またも鼻を鳴らした後で言った。
「気に食わない現実だな」
「そうは言っても、現実を見据えない訳にはいきません。我が国は、諸外国を天秤に掛けつつ動くしかありません」
チアノ外相が、義父のムッソリーニ統領を諫めた。
娘婿の言葉に、ムッソリーニは頷きながら言った。
「確かにそうだな。まず、独との関係をどうしていく」
「英仏の軍事力が、独ソと比して現状では弱体である以上、公然と独を敵視する政策を、我が国単独では取る訳にはいきません。かといって、独に屈従するのも避けたいところです」
チアノ外相がそう発言すると、その言葉に出席者の多くが肯いた。
「むしろ、逆用することを考えてはいかがでしょうか」
チアノ外相が言葉を続けると、今度は、出席者の過半数が首を傾げた。
「独は、ヒトラー自身は反共に凝り固まっていますが、ヒトラーを取り巻く人材や周囲の状況が、それを許していません。何しろ、独の再軍備を賄っている物資の購入先ですが、ほとんどソ連と共産中国です」
チアノ外相が、揶揄するような口調で言うと、出席者の多くが失笑を漏らした。
反共を訴えながら、共産主義国家に頼って、再軍備を進める等、隠れ共産主義国家だと公言するようなものではないか、失笑を漏らした者の多くがそう考えていた。
実際、そのような独の動きがあるから、日本や英米は、独を信用せず、敵視しているのだった。
日英米共に、1927年に南京事件に伴う日(英米)中限定戦争で痛い思いをしている。
あの一件以来、日英米において、反共が決定的となったと言っても過言ではない。
何しろ、あのために満州を除く中国本土の利権の数々を日英米は失う羽目になり、大損害を被ったのだ。
そして、それによって成立したともいえる共産中国のバックに独が付いては。
幾ら物資調達のためのビジネス上の付き合いだと、独が言っても、その見返りとして大量の兵器がバーターで共産中国に売られていては、日英米が独は信用できない、と見るのも仕方なかった。
そのために、独がますます中ソに傾斜して、欧州内では孤立しているのが皮肉な話だった。
「独にとっては、欧州に有力な友好国が欲しいはずです。我が国は、その現状に鑑み、独に我が国を高く売りつけましょう」
チアノ外相は、言葉をつないだ。
「具体的には」
バルボ空軍元帥が、口を挟んだ。
「独に物資を中継貿易で売りつける一方、独から兵器を購入等し、軍の兵器の更新を進めたり、軍の改革を行ったりするのです」
チアノ外相は、会議の出席者に提案した後、言葉をつないだ。
「その一方で、英仏等との友好関係回復にも努め、独を牽制します」
「成程な。だが、綱渡りのような危ない方策だな」
ムッソリー統領は、チアノ外相の提案を評して言った後、続けた。
「オーストリアやズデーデン問題はどう考える」
両方共に、独が自国領にしようと画策している。
「我が国の領土が最優先です。共に独が欲しいというのなら、くれてやりましょう。独は増長するでしょう。それによって、英仏と対立したら、我が国は勝ち馬に乗ることに徹します」
チアノ外相は、義父に提案した。
「それが最善の方策になるだろうな」
少し考え込んだ後、ムッソリーニ統領は、チアノ外相の言葉に同意して発言した。
会議の出席者の多くも、ムッソリーニ統領の言葉に肯いている。
「では、我がイタリアは、そのように動く」
これで、イタリアの話は、一旦、終わります。
次話は、トルコが舞台になります。
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