プロローグー3
「わざわざ呼び出すようなことをしてすまんな」
「いえ、先輩からの呼び出しは断れません」
土方歳一中佐は、石川信吾大佐の言葉に対して、そう答えていた。
土方中佐の本音として、不満がない訳ではない。
だが、石川大佐は、土方中佐にとって、海軍兵学校の先輩にして、(第一次)世界大戦以来、様々な世話を受けた身である。
内心を押し殺して、土方中佐としては、そういわざるを得なかった。
先程の日仏の親善試合が終了してから暫く経った後、新しく建設された国立競技場近くの小料理屋で、二人は会って、酒を酌み交わしていた。
土方中佐は、半ば嫌味を込めて、話を振った。
「ところで、選手やコーチを放っておいて、自分に会って良かったのですか」
「別に構わんよ。選手やコーチは、勝手気ままに遊んでいる。うるさい自分がいなくて、むしろ楽しんでいるくらいだ」
石川大佐は、平然として言った。
暫く当たり障りの無い話をしている内に少し酔いが回ったのだろう、石川大佐は、本音を漏らしだした。
「実をいうと、土方に気分転換をさせてやれ、と上に言われた」
「どれくらい上ですか」
「上だよ。上」
土方中佐の問いかけに、石川大佐は単に上を向いて言うだけだったが、それが却って、どれだけ上から言われたのかを、土方中佐に暗示していた。
土方中佐は内心で思った。
海兵本部長か、軍令部次長(海兵隊担当)から言われたな。
海兵隊のツートップのどちらかから言われては、石川大佐も従ったか。
「ずっと、いろいろと根を詰めているらしいな。新型戦車開発に加え、父親が西、スペインに義勇兵として行っていては、いろいろと想うことが溜まるだろう」
「そうですね」
石川大佐の問いかけに、土方中佐は本音を漏らした。
新型戦車(後の零式重戦車)の開発は難航している。
父、土方勇志は、スペインで「白い国際旅団」のトップとして奮戦している。
「だから、別の話を無理にでも振って、土方の気を変えろ、と上に言われた。自分としても、やぶさかではない話だ。この前の(第一次)世界大戦では、同じ部隊で共闘した身だからな」
「ありがとうございます」
石川大佐の暖かい言葉に、土方中佐は率直に頭を下げた。
「まずは、サッカーの話をしようではないか」
石川大佐は、酒が入って更に回るようになった舌を滑らせた。
「本気で来年のワールドカップ優勝を果たすつもりですか」
「俺が冗談を言うと思うか」
「いえ」
土方中佐の正面からの問いかけに、石川大佐は真顔で答え、土方中佐は却って萎縮してしまった。
もし、歴史が違っていて、日米の仲が険悪だったなら、日英同盟がなくても、日本単独での対米戦を、石川大佐は叫んでいた、と言われるだけの存在だ、と土方中佐は思ってしまった。
それくらいの暴走ができないと、ここまで日本サッカーが強くならなかったのも事実ではあるが。
「先程、フランス代表監督に言われたよ。来年は、我々が勝ってみせますよ。今度は、サッカー選手の制服でフランスに来てください、とな。20年前のように、海兵隊の軍服姿で来ないでくださいね、とな。大敗からきた捨て台詞ではあったが」
「それは、またきつい冗談ですな」
石川大佐の言葉に、土方中佐は苦笑いをした。
約20年前の(第一次)世界大戦の日々、自分達は、軍服を着て、フランスにいた。
林忠崇元帥率いる欧州派遣総軍の一員として戦ったのだ。
かつてと同様に、軍服を着て、フランスに赴くような事態になってはたまったものではない。
それは、二度目の世界大戦が起こった場合くらいしか考えられないことではあるが。
と、考えを巡らせていて、土方中佐は気づいた。
見える人には、見えているのか、我々が赴くことがあるかもしれないのが。
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