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第1章ー6

 その「伊勢」の護衛訓練ということで、「吹雪」(「暁」)型4隻からなる第6駆逐隊が、「伊勢」の周囲を航行していた。

 発艦作業中を狙って、敵潜水艦が忍び寄るという設定であり、第6駆逐隊の各艦では、水中聴音機に耳をそばだてる聴音員が、敵潜水艦役を務める伊号潜水艦の音に少しでも早く気付こう、と懸命に耳を澄ませていた。


 第6駆逐隊の旗艦「響」の艦橋では、第6駆逐隊司令の木村昌福中佐が、部下達に目を配っていた。

「約20年前と比べると、雲泥の差がある」

 木村中佐の内心の想いだった。

「国産の水中聴音機が十分に信頼できるものになるとは。20年前は英国製に全面的に頼っていた」


 約20年前の第一次世界大戦において、日本海軍は地中海に艦隊を派遣した。

 駆逐艦36隻を主力とする日本艦隊は、独や墺の潜水艦部隊に悪戦苦闘を強いられる羽目になり、日本海軍の軍人に強い印象を遺した。

 日本海軍の派遣艦隊司令部が置かれたマルタには、その対潜作戦の際に亡くなった日本海軍の将兵たちの慰霊碑が立っており、マルタ近辺を航海することになった日本海軍の軍艦は、必ずマルタに寄港し、その慰霊碑に乗組員が花等を手向けるのが慣例となっている程だ。


 更に言うならば、山梨勝之進海相や堀悌吉海軍次官は、この時に共に地中海で奮闘した身でもある。

 山梨海相や堀海軍次官は、地中海での苦い記憶から、条約派の立場を取っていた。


 ある意味では、日本海軍本体内の艦隊派と条約派の対立は、この時の地中海の護衛艦隊の奮闘、戦訓に起因するといっても過言ではない。

 艦隊派は、艦隊決戦で勝利することこそ、日本海軍が勝てる唯一の路であり、日本海軍は艦隊決戦至上主義を取り、短期戦のみに備えるべきと(暗に)主張した。

 何故なら、長期戦を戦い抜くだけの国力が、日本にないのは自明の理であり、長期戦に備えることになっては、英米と協調するしかない(艦隊派に言わせれば、英米に屈服するしかない)話になる。

 一方、条約派は、(第一次)世界大戦の戦訓から、艦隊決戦で勝つことにより、戦争終結の路が開けることはありえない話で、戦争は長期戦とならざるを得ない、と主張した。

 そして、戦争に勝利する為には、艦隊決戦至上主義は取れず、海軍本来の任務、通商を保護して、長期戦に耐えうる海軍を作るしかない、と主張したのである。

 ワシントン、ロンドン海軍軍縮条約の結果、日本海軍内では、艦隊派の力を無視はできないものの、条約派が全般的に有利な状況にあった。

 その結果が、ここに現れていた。


「司令、潜水艦の航行音を探知。北西で増大、接近中」

 聴音員からの報告に、木村中佐は、顔をほころばせた。

「よし、「暁」に指示を出せ。本艦と「暁」で対処する。「雷」と「電」は、そのままで対潜警戒指示」

「了解しました」

 木村中佐の指示に、各艦から了解の応答が相次いで上がる。


 最終的に、木村中佐率いる第6駆逐隊は、護衛任務を全うした、と判定された。

 伊号潜水艦3隻から成る襲撃部隊役は、第6駆逐隊の対潜行動によって、雷撃可能位置に付けず、襲撃失敗と判定される結果となった。

 だが、画竜点睛を欠く結果でもあった。

 第6駆逐隊の行動は、護衛を第一任務とした結果、伊号潜水艦を沈めるという判定は取れなかったのだ。


「惜しかったな。伊号潜水艦を沈めておけば」

 海兵同期の田中頼三中佐は、その結果を聞いて、木村中佐を慰めた。

「ま、仕方ない。護衛が第一任務だからな」

 木村中佐は、平然と言った。


「わしだったら、伊号潜水艦を少なくとも1隻は沈めたのだが」

「そして、「伊勢」は損傷しているか」

 田中中佐の言葉に、木村中佐は混ぜ返し、田中中佐は、苦笑いせざるを得なかった。

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