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プロローグー10

 貴族院議長を務めていた近衛文麿公爵の葬儀に参列してから、10日程経った5月中旬のある夜、林忠崇侯爵は、米内光政立憲政友会総裁に、とある東京の料亭に招待されていた。


「実は、妙な噂を聞いたのです」

「ほう」

 料亭の上質の味を、お互いに楽しみながらの米内総裁の探りを入れるような言葉に、林侯爵は惚けた返答をすかさずした。

「近衛公爵は、病死ではなく、自殺したという噂です」

 米内総裁は、単刀直入な問いかけをした。


「近衛公爵の葬儀にはお前も参列していたと思うが、心臓発作による病死と発表されているだろうが。お前が疑問を呈す余地でもあるのか」

 林侯爵は不機嫌な声を出した。


 米内総裁と言えど、林侯爵からすれば、小童呼ばわりしてもよいくらいの年と経験の差がある。

 何しろ30歳以上も年が違い、米内総裁が生まれた頃には、戊辰、西南と文字通りの戦場を、林侯爵は既に経験していたのだ。

 年寄りが、と陰で言われそうだが、林侯爵は、いざとなれば、米内総裁を叱り飛ばすつもりでいた。


「いえ、妙な時機の急死だと思えてならないのです。朝日新聞記者の尾崎秀実と、ドイツ人のリヒャルト・ゾルゲが、ソ連のスパイとして逮捕された、という噂を聞きました。尾崎やゾルゲは、近衛公爵と接点がありました。近衛公爵は、詰め腹を切らされたような気がして」

 米内総裁は、林侯爵を探るような目で見ていた。

 林侯爵は、そっぽを向いた。


「家族以外で、最後に近衛公爵と話をしたのは、林侯爵とも参列者から私は聞きました。本当に何もご存じないのですか」

 米内総裁は、更に詰め寄った。

「わしからは、何も言えん」

 林侯爵は、それだけ言って、沈黙することにした。


 米内総裁は、林侯爵の態度から推測した。

 林侯爵は、いつもなら少し晩酌を楽しむのに、一滴も酒を飲まれていない。

 更に、そっぽを向き、沈黙するとは、これは近衛公爵の死は、自殺だな。

 林侯爵が、詰め腹を切らせる使者だったか。


「近衛公爵の死を個人的には悼みますが、立憲政友会総裁としては、ほっとしています。近衛公爵は、正直に言って、いろいろと政治的すぎる方でしたから」

 米内総裁は、独り言を言った。

 結果的にではあるが、大正時代に成立した原敬内閣以降、日本では衆議院での基盤無くして、首相になった人材はいない。

 近衛公爵は、それを打破して、首相になろうと、いろいろと動いていた。

 立憲政友会総裁としては、近衛公爵は目障りな存在だったのだ。


「気が付けば、近衛公爵は、敵を増やしすぎておったな」

 林侯爵も、独り言を言った。

 例えば、皇道派と近衛公爵は親しかったことから、現在の陸軍の主流を占めるブリュッセル会から、近衛公爵は宿敵視されていたのだ。

 近衛公爵が首相になろうとしても、陸軍は陸相を出さず、近衛内閣は成立しなかったろう。


 気が付けば、料亭の料理もほぼ終わっている。

 林侯爵は、うっかり口を滑らさないうちに帰ることにした。

「それでは失礼する。次の総選挙で勝つことを願っている」

「ありがとうございます。次の総選挙で政権を奪還します」

 林侯爵と米内総裁は、当たり障りのない挨拶を交わして別れた。


 林侯爵は、帰宅の途に就きながら想いを巡らせた。

 本当に、今後、日本の政治はどう動いていくかな。

 もっとも、今のわしにとっては、土方勇の結婚成就の方が気に掛かる。

 土方歳三閣下の初曽孫、土方勇志の初孫、土方歳一の嫡男、土方勇の恋愛相談を受けるとはな。


 土方勇志が伯爵に叙せられた以上、その孫の土方勇も自由に結婚できる身ではない。

 華族として相応しい相手と結婚する必要があった。


「篠田千恵子と結婚したいか」

 土方勇が、非嫡出子の女性と結婚したいとはな。

「厄介だな」

 林侯爵は呟いた。

 プロローグの終わりです。次から、第1章に入ります。


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