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プロローグー1

 フィールド内にホイッスルの音が響き渡った。

 会場内では、「勝った」、「来年、1938年のフランスW杯では優勝だ、パリで日章旗を掲げろ」等々の雄叫びが相次いで、あがっていた。

 1937年5月1日、まだまだ仮完成のところがある状態だったが、3年後の東京オリンピック開催の際に、開会式、閉会式の会場等になる国立競技場の落成式の一環として、フランス代表を招いて、日本代表とのサッカーの親善試合が行われ、それに日本代表は、6対0で勝利を収めたのだ。

 土方歳一中佐は、競技場の観客席で、その一部始終を見届けていた。


 本当は、こんな試合を観戦している気分ではないのだが。

 土方中佐は、ふとそんな想いに駆られた。

 眼前で先程、終わったサッカーの試合が素晴らしかったのは、否定できない話だった。

 だが、父、土方勇志予備役海軍大将を総司令官にして、スペイン内戦に介入した海兵隊を主力とする日本人義勇兵が1万人以上も、今も「白い国際旅団」に参加している。

 さらに、彼らが、スペインの戦野で、現在も大量の血を流しているのを想うと、この試合を見に行くというのは、自分にとっては、少し気が重い話だった。


 しかし、空気が読めないサッカー日本代表監督、石川信吾大佐に、是非ともこの試合を見に来い、と言われては、それを拒否する、という選択肢は自分には無かった。

 本気になった石川大佐を押し止められるのは、今上天皇陛下からの勅語だけだ、という冗談があるくらいである、そんな相手に圧力をかけられては、土方中佐には、どうにもならなかった。

 いい気分転換になった、と取り合えず割り切るか、試合後、代表チームが反省会をした後で、石川大佐から、一緒に呑もうと誘われているしな、と土方中佐は考え、会場から一旦、出ることにした。


「それにしても、メーデーにぶつけるとは、政府も汚いのお」

「そう言いながら、自分もこの試合を見に来ている癖に」

「いや、この試合の切符が買えたから、これは是非とも見に行かねば、と逸ってしまった」

 土方中佐が私服で会場にいたために、民間人と思っているのだろう、土方中佐の傍で工場労働者らしき男性二人が無遠慮な会話をしているのが、土方中佐の耳に入った。

 そう言えば、メーデーだったな、土方中佐は、改めて気づいた。


「宇垣一成首相が、メーデー挨拶に行っている筈だから、政府がメーデーを敵視しているとは思えんが」

「そうなんだがな」

 土方中佐は、さらに思った。

 現首相が、メーデー会場で挨拶をするとは、本当に時代が変わったものだ。


 宇垣首相が所属し、現政権の与党になる二大政党の一方の雄である立憲民政党は、いわゆる中道左派政党である。

 それに対抗しているもう一方の二大政党、元海兵本部長の米内光政総裁が率いる立憲政友会は、中道右派政党である。

 そういった関係から、労働組合の大半が、官民を問わず、立憲民政党を支持政党としている以上、宇垣首相がメーデー会場に行って挨拶するというのは、自然というか、当然な話だった。

 こんな状況では、治安維持法の廃止法案が国会で上程されるかもしれない、という話が冗談に聞こえないのも無理はないな、と土方中佐は更に想いを巡らせた。


 とはいえ、土方中佐の見る限り、共産主義の脅威は、日本国内では治まりつつあるが、世界的には高まりつつあるようにしか思えなかった。

 実際、スペイン内戦に日本が義勇兵名目で派兵するに至ったのは、欧州において、共産主義の脅威が高まりつつあるからだった。

「ソ連は共産主義国家の総本山だ。他の国々、フランスやスペイン等を、共産主義の手に落とす訳にはいかないからな」

 二人の会話を聞いた土方中佐は、改めてそう思わざるを得なかった。

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