第66話 『無限』を決めて
「あぁぁぁぁあ!」
「待って、天!」
「待ってください! 天君!」
俺は時雨に駆け出した。
自分の右腕で、背中の神憑を掴み、抜刀する。
「紫電一閃ッ!」
「はい、よッと!」
俺の神憑の居合が、槍で弾かれた。
それはまるで、剣を使うように横薙ぎしていた。
槍の形状は、薙刀のような形をしているので、できなくもない。
だが、時雨は柄で弾くように受け流した。
「煉獄業火の閃ッ!!」
「ほら、ほらほらほらァ! さっきから全部外れているよ!? 少しは当ててみたらどうだい!?」
時雨の奇声に、イライラが募っていく。
それに比例して、攻撃の質がだんだんと落ちている。自分自身、それに気付かない。
「あぁ! ったく……行くよ、天!」
「私も行きます!」
「じゃ、私はサポートかなぁ? 殆ど何もできないだろうけど」
「了解、翔! 妖夢! 栞!」
三人の声に、少し冷静さを取り戻す。
一旦距離をとり、俺と時雨との間が開いたその瞬間。
翔が練習したのであろう、霊力強化での走行で、俺の真横を通って接近する。
「はあぁぁ! 青龍の波紋!」
そう大きく、高らかに叫んだ翔。
右腕に持ったセルリアン・ムーンは鮮烈に輝き、四方に光を放ち始める。
刀身の色はどんどんと濃く、青くなっていき、霊力が集まっているのが感じられる。
刀身を左手で軽く摘み、左半身を左に撚る。
それによって勢いのついた攻撃は、容赦なく時雨に襲いかかる。
まさに、青龍の神速。通る軌跡には、水面に映る波紋しか残らない。
「へぇ、君、面白い……ねぇ!」
「ぐっ……あぁぁ!」
槍を横薙ぎにして翔を向かいうった時雨。
しかし、その攻撃にも負けることなく、体勢を崩しながらも青龍の波紋は続いている。
青龍の鉤爪が、時雨に襲いかかる。
が、鉤爪はローブを少し切り裂いたのみで、時雨そのものを引き裂くことはなかった。
目元のローブが少し切れて、紫色の瞳が明らかになった。
そのまま力のベクトルに流されて、翔は地面に落下する。
顔を顰め、慌てて体勢を立て直そうとする。
――しかし。
薙刀の形の刃が、横たわっている翔に突き刺さった。
「うあぁぁあ!」
「……な~んだ。つまらない。もっと良い声で哭いてくれないとね~!」
既に突き刺さった槍は、突き刺さったままで左右に、上下に、時には回して。
傷口を抉っていた。血液はそれだけで吹き出し、顰められた翔の顔は、さらに苦痛に歪む。
「あぁぁぁあ! アァあ!」
「あはは~、そうそう。やればできるじゃ~ん」
「相模君に、何をするんですか!」
妖夢が叫び、時雨に向かっていく。
楼観剣を構え、翔と同じく高らかに叫ぶ。
「人鬼 『未来永劫斬』!」
……素晴らしい、の一言に尽きた。こんな状況なのに。
その剣技は、美しかった。目に焼き付けられた。
一瞬で、無駄のない接近の動きは、流星の如く。
連続して繰り出される斬撃は、全て、一斬残らず目にも留まらない速さだ。
それさえも、時雨は防いでみせる。
が、さすがに刀と槍では、手数が違う。ましてや、妖夢を相手にしているんだ。
俺の、師匠である妖夢を。
ローブが多箇所に渡って切れ、その軌跡を辿り、なぞるように時雨の血液が滲む。
斬撃の度にその赤々とした軌跡は増え続け、なぞられ続ける。
ある程度を捌いた時雨は、妖夢との距離を取る。
「そうかいそうかい。じゃあ……はっはァ! 俺の能力、見せてやるよ!」
荒々しい怒号にも似た声で、妖夢に向けて右腕を出す。
すると、その右腕から黒い靄が吹き出し、刹那の間で妖夢を取り巻いた。
狼狽える妖夢は何もできず、そして。
「あ、あぁ……れ……?」
音を立てて膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏す妖夢。
動く気配すらなく、現に指先一本すら、ピクリとも動いていない。
心底驚いた声を出すだけで、起き上がる要因となっていない。
そして……あの黒い靄。幻獣の纏っていたそれと、全く同じものだ。
このドス黒い気力は、
「おい。その靄……!」
「ふふふっ、あぁ、これね。まず、俺の能力は『瘴気を操る程度の能力』。で、今の黒靄が瘴気、ってわけ。今は妖夢の頭の中に瘴気が回って、まともに動けないはずだよ。わかる?」
笑いながらそう言って、煽るように。
俺の方を向いて、獰猛であり、嗜虐的な、底知れない闇の笑顔を浮かべていた。
その瞬間、俺の中にある本能が、まずいと警鐘を鳴らし始めた。
直後、それまでほんの僅かも動かなかった妖夢が、体を突然ビクつかせ。
「あああぁぁぁぁぁあ! うあぁぁぁあ!」
「妖夢! おい、妖夢!?」
「アッハハハハ! 瘴気っていうのはさぁ、幻獣の通りに気性を荒くさせるんだよね~。暴れる、気が狂う程の瘴気を発狂ギリギリで流し込み続けたら……どうなると思う?」
発狂寸前で、瘴気を流され続ける。それはきっと、拷問に近いだろう。
幻獣の狂気は、恐ろしいものだ。その原因となる靄は、今現在進行系で妖夢をかきまわしている。
自分の理性が吹き飛んだら、見境なく暴れまわることになる。
それをギリギリのところで保たれるということは、終わりがない、ということ。
「やめろ! 時雨ぇぇええっ!」
「おっとぉ! それ以上近付こうとすると、妖夢ちゃん、暴れまわっちゃうよ~?」
「そ、天、君……私は、いいですか――あぁぁああ!」
その瞬間、妖夢が反応をなくした。
大きく痙攣していや体も静まり、動く前の妖夢の状態に戻った。
それをつまらなさそうに見下ろす時雨に、俺は頭にきた。
本当に、物理的な意味でも、腸が煮えくり返りそうだった。
「あ~あ、気絶しちゃった。ほら、起きてよ」
そう言って、無慈悲に振り下ろされる槍。
刺突武器は、妖夢の足をしっかりと貫き、鮮血を散らせた。
「――うあ! あ、あああぁぁ!」
「ほいほい、天~? まだ助けにこないの~? 可哀想にね~、あんな彼氏、捨てちゃったら~?」
「そ、天君、は――お前の思っている程、くすぶった人間じゃない!」
……俺は、動かなかった。
こいつをどうしようか。そう考えることで、頭がいっぱいだった。
妖夢の苦しみを無視しているわけではない。
そうして考えて、一つの考えに行き着いた。
燃え滾る気持ちを、ゆっくりと押さえつける。
押さえつけ、抑えつけ、やがて一つの固体へと収束していく。
その固体は禍々しい、等と生温いものではない。自分ですら自覚できるくらいだ。
怒りに燃える感情を押し殺し、逆の感情を表明化させる。
「おい、時雨」
「あ、ほらぁ、助けられない名ばかりの英雄様が、口を開いて――」
「――死ねよ」
冷酷に、残酷に、燦然と、無気力に、そう言い放つ。
と同時に、俺は全力で駆け出した。
今まで……過去、最高速度。
音を越えて、地面が割れる音が遅れて聞こえる。
「なッ……!」
時雨は慌てて飛び退いた。
霊力強化で無理矢理に飛び退いたため、音を越えていても間一髪のところで逃げられた。
――しかし、これだけだと思うなよ、時雨。
これもまた、音を超越した攻撃。
斬撃モーションをそのままに、遅れてだが神憑以上の射程を持つ。
霊力刃。鋭く金属音が鳴りそうなスピードで飛ばされた斬撃は、深く時雨の腹を切り裂いた。
しかし、まだまだ余裕という目をしながら、感嘆の声をあげる。
「わぁお……へえぇ、中々、だね。たださぁ……忘れてない? 俺が天に瘴気を使ったらどうなるか。いいの? それ以上攻撃したり楯突いたら――」
「そうかよ。じゃあさっさとやれよ」
あっさりと、俺は言う。
俺は。瘴気の能力の突破口を、既に見出した。
「降参なら、今の内だよ……?」
「こっちのセリフだ。どうした? やらないのか? ――いや、できないのか」
「……!」
初めて。ここで時雨が初めて、焦った目をしている。
ローブのフードに未だに隠れる表情は、きっと同じく焦っていることだろう。
俺の口にも、自然と笑みが浮かぶ。
「瘴気は、自分の理性とは反対の狂気が自身を蝕むんだろ? だったらさぁ……それ以上の感情で押し返せばいい、だろ?」
「…………」
時雨は、答えない。それは、無言の肯定だった。
俺の殺意と、守る意志の勝利。それに関しての、肯定。
一番敵意がむき出しの目をしているのがわかる。それについ、微笑を浮かべてしまった。
「ま、それならいいよ。――俺も、この能力の真骨頂を見せるから! あははははは!!」
俺の顔から、一瞬で微笑が消えた。
時雨が、瘴気を纏い始めた。ぐるぐると渦巻きながら、空にまで瘴気の柱を突き立てた。
檮杌戦で、俺とオレの霊力の柱が空に届いたように。
しかし、それとは異なり、深い闇の色のみをしていた。
「アッッハハハハハハアアァァァ! いいね! いいねェ! この滾る感覚はァッ! 最ッ高だあ! じャあ……死ねェッ!」
紫の瞳が、ギラギラ妖しく、恐ろしげに輝いた瞬間を最後に。
時雨が、消えた。
「天! 危ない!」
「ぐはぁ……! あ……?」
俺の腹に、深く深く、時雨の持っていた槍が貫通している。
それを合図にするように、俺の腹と口から、血の塊が吐き出される。
栞の警告も、虚しく消えていった、厚い黒雲に覆われた空間に。
「あッれれれ~!? こんなに天は弱かッた!? 遅かッた!? やッぱりィ、英雄ッて名ばかりなんだねェえ!」
「そら……大丈夫か……!」
「そら、くん……!」
二人の俺を呼ぶ声が、時雨の佇む笑顔が、霞んで聞こえ、見える。
意識は朦朧とし始めて、立っているのすらやっとだ。
強引に槍を抜かれて、あの時と同じ――いや、貫かれているので、それ以上の痛みに襲われる。
膝から崩れ落ちる寸前、神憑を地面に突き刺して、杖として踏みとどまる。
足元に血溜まりができていくのを見て、さらに血の気が引いていく。
「あァァァ、あァァあ! もう終わりかァ! そんなに強くはなかッたなァ!」
……いや、まだ対抗策は、あるにはある。
解放の、先の段階が。
俺には、もうその先へ進むことの条件に気付いていた、
思えば、最初からおかしかったのだ。
――霊力を纏うことに。
リベレーションは、体全体に霊力を纏うことでできる身体能力解放だ。
だが、何故内側に……それこそ文字通り、体全体にいっぱいにしない?
それは、いつしかの栞とのやり取りを思い出して気づいた。
『なぁ、限界ギリギリ以上の霊力使ったらどうなるんだ?』
『ん~? 多分反動で内臓ぐちゃぐちゃになって生きられないんじゃない? 生きても数分。それにおまけの激痛付きだと思うよ?』
……恐らく、いや確実に。これはリベレーションの先のことだ。
体全体に霊力を流し込んで馴染ませたら、内蔵がぐちゃぐちゃになり、命は数分。
栞は俺にこの危険を、知らせたくなかったのだ。
俺のことだから、教えたら使うだろう、と。
でも、今の状況は最悪だ。このままでは死あるのみ。
翔と妖夢は、ご丁寧に逃げられないように足を貫かれている。
浮遊で逃げるにしても、瘴気が襲いかかる。
俺だけでなく、ここにいる三人が危ない。
やるしか、ない。それ以外の選択肢が、残されていない。
「妖夢には、また怒られるんだろうなぁ……」
「……天? 何しようとしているの!?」
俺の呟きに、栞が反応する。
俺の掠れるような、諦める声で察したのだろうか。
「……ごめんな、栞」
「いや……いや、やめてよ、謝らないでよ天! だめ、だめだから! 使っちゃだめ! 絶対に!」
けれど、これを使わない限り、勝てない。
「天~! 来たわよ~!!」
そこで、随分と後ろの空中から、霊夢の声が聞こえた。
数人分の霊力、魔力が近づいてくる。
……でも、今の時雨には到底勝てないだろう。
今の時雨が、強さの限界とは限らない。
瘴気をもっと溜め込んで、さらに強化されるかもしれない。
……纏うだけであれだけの強さを誇る、リベレーション。
それが、体全体に馴染んだら。それはもう、リベレーションの何倍も強くなるのだろう。
自分の一番近くで、栞の霊力を行使するのだから。
どちらにせよ、俺が先を――限界を、超えるしかない。
「来るな! 止まれ、皆!」
「誰か! 天を止めて! 早く!」
俺の制止の声と、栞の仲間の暴走を止めるような声が、同時に響く。
そのせいで、皆は混乱して動けず、その場で浮遊しているのみ。
よし、それでいい。ほんの僅かだけ、止まれば。
俺の心は、固まっていた。
どうしようもなく我儘で、どうしようもなく自分勝手だ。
けれど、同じくどうしようもなくお節介で、英雄をやりたい。
だから、皆を救いたい。
覚悟を、『無限』を決めて、前へ――!
「やめてぇぇええぇぇえええええええええええ!」
「アンリミテッドォォオオォォオオォオオオオ!」
ありがとうございました! と同時に狼々です!
今回も、前書きはなしです。
さて、リベレーションの先は、アンリミテッドでした。
栞とのやり取りの「臓器ぐちゃぐちゃ」は、第15話と随分前ですが、伏線張ってます。
ちゃんと回収しますぜ? 忘れた頃にやってきますから。
次回で時雨戦終わりだぜぃ!




