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東方魂恋録  作者: 狼々
第6章 理想
65/90

第64話 ありがとう

どうも、狼々です!


前回、時雨の闇討ち炸裂!

もうそろそろ時雨戦に入ります。


では、本編どうぞ!

 淀んだ黒い靄がかかった冥界で、私は一人泣いていた。

 私はいつも幻獣の戦闘には、参加してこなかった。防衛のグループだから。


 でも。でも。どうして? どうしてなの?

 何で、こんなにも彼は傷付かなければならないのだろうか?

 私には、何かできなかったのだろうか?


 命を賭けて、最大限の努力もしている。それは紛れもない、私達と私達の幻想郷のため。

 この世界だけじゃない。外の世界の命運もかかっている。

 そんな大きな役目は、彼の重圧となって常に襲い掛かっている。


 まだ学生服を着ていた、会ったばかりの時。

 私は彼を見て正直、心のどこかで失望していたのかもしれない。

 こんな未熟な、まだまだ子供に何ができるのか。ひ弱そうな学生に、何ができるのか、と。


 けれど、実際は私の予想とは大きく異なっていた。

 様々な障害を跳ね除け、ここまで休まず突っ走ってきた。とても疲れているだろうに。

 ここに来る前から大きく精神的にやられていて、私まで悲しくなってきた。

 不思議と、いつからか失望はなくなっていた。


 ただ、それがなくなったのは、彼の行動の結果であることを忘れていた。

 あの小さな背中に、どれだけ重く、大きな重圧(プレッシャー)がのしかかっていることだろうか。

 それでも一生懸命に前に進んで、傷付きながらも前に進んで、時には味方の盾ともなって。

 そんな彼は、どうしてこんなに傷を負わなければならないのだろうか?

 私には、それが不思議でたまらなかった。


 もう休んでもいいだろうに、それすら許されないというのか。

 どんなに残酷なんだろうか。厳しいのだろうか。

 幸福のために、守るために、ここまで傷付いて、まだ傷付けと言うのだろうか?


 私はそんなことを言う誰かに、全力で異議を唱えたい。

 嫌だ。彼がこれ以上傷付くことが――



 ――私が、そんな彼に何もできていないことが。


 ―*―*―*―*―*―*―


 気温も下がり、もうすぐ――あと一ヶ月程で年を越すだろうという時期。

 炬燵の中でうずくまっていたい気持ちを抑えながらも、薬の開発に勤しむ。

 今は、これからの天に必要かもしれない薬を製作している途中だ。

 しかし、これは量産が難しそうだ。幻想郷では、取りにくいものばかり。今は作れて一個か二個だろう。


「はぁぁ~……」


 薬の制作材料を全て載せた紙をデスクに放り投げ、頭を抱えて椅子の背もたれに寄りかかる。

 不意に窓を見ると、冷たい風が窓を叩く音のみが聞こえてくる。枯れた葉も縦横無尽に舞っている。


「はぁ~……」


 もう一度溜め息を吐いた瞬間、隣のベッドのところからスキマが見えた。


「紫? どうしたの――えっ?」


 スキマが開いたと思ったら、ベッドに血だらけの天が降ってきた。

 降ってきたというか、運ばれてきた。


「ええぇぇぇぇえええ……?」


 心底嫌な声を出してしまう。絶対に、何かがあった。

 今回は特に騒ぎがない。ということは――闇討ちか。

 今まで来なかったのが、不思議すぎるくらいなのだが。


「はぁぁぁぁ~……鈴仙~!」


 私は大きな溜め息を吐いた後、同じく大きな声で鈴仙を呼びつつ、手早く手術室に運び入れる。

 運んでいる途中に、簡易的に今の天の容態を確認する。


 四肢欠損はなし、体には二つの穴。恐らく刺突武器で貫かれた跡だろう。そうなると……槍だろうか?

 天を抱えた重さや顔色からして、相当な量の出血があったことが予想できる。

 もっと詳しく見ないと他はわからないが、それ以外にわかることが、一つだけある。


 ――天が、今にも死んでしまいそうなことだ。







「いや~……これ、大丈夫なのかしらねぇ……?」

「私にも何とも言い難いですが……お師匠様、どんな具合でしたか?」


 手術が終わり、天を病室のベッドに横たわらせる。

 全く、この光景を何度見たことやら。――辛くなってくる。

 

 風は依然と窓を叩いていて、寒々しい景色を映し出す。

 勢いは全く弱っておらず、雲は少し灰色がかっている。

 まだ朝だというのに、どうしてこうなるかねえ?


「……致命傷寸前なだけで済んでるわ」

「『だけ』じゃなくてそれ、ダメじゃないですか」


 そう、ダメだ。まずい。

 これが冗談だと、どれほどいいだろうか。今の状態は、残念ながら事実だ。

 目を細めて、包帯に身を包む天を見続ける私を見て察した鈴仙は、容態についてはそれ以上聞いてこなくなった。

 しかし、話しておかないわけにもいかない。


 口を開こうとしたとき、弱々しく病室のドアが開いた。

 二人で一緒にそちらを向くと、そこには妖夢がいた。

 目に光はなく、無表情。悲しい顔よりも、ひどく痛々しく感じられる。

 体は力が入っておらず、ふらふらとこちらに近寄る。


「……どう、ですか?」


 口からは細々とした声しか出ておらず、今にも掠れて消えてしまいそうだ。

 囁き声のようにも聞こえるだろうか。ここに届くのもやっとだ。


「……致命傷寸前。心臓が貫かれてないだけ、まだマシね。あと、このペンダント、はい」


 運ばれてきた天が強く握り締めていた、妖夢が首にかけているペンダントと同じもの。

 それを受け取った妖夢は、すぐに天の元へ行き、彼の首に優しくかけた。

 表情は変わらず無表情のまま、頭を撫でて、頬を撫でて。

 撫でて、撫で続けていた。

 

 その状態のまま、妖夢がゆっくりと発言する。


「……それで、天君はどうなんですか?」

「え? えぇ、出血が多すぎるわ。輸血をしたから大丈夫なのだけれどね。怪我も三日くらいで治って、同じくらいの時期に目覚めると思うわ」

「……そうですか」


 淡々と短い言葉を連ねて、笑いもせずにただ撫で続けているだけの妖夢。

 視線は天一点に集中していて、離そうともしていない。


 その瞳に映っているものは、何なのだろうか。

 窓を揺らしていった冬風が、いつの間にか止んでいた。


 ―*―*―*―*―*―*―


 また、天君が怪我をして永遠亭に来てしまった。

 天君だけが狙われて、天君だけが傷付いて、天君だけが、天君だけが。

 恐らく、闇討ちなのだろう。私達は気付かなかったのだから。

 ――気付けなかったのだから。


 私は、何をするのが一番いいのだろうか。

 私は、何をするのが一番の正解なんだろうか。

 どうすることが、彼のためになるのだろうか。

 どれだけ考えても、声にならないし、声になっても答えてくれない。

 

 結局、私は天君を労い、癒やすことしかできない。

 今回は気付かなくても仕方ない。そう思うことが、どうしても許せなかった。

 彼は私がそばにいてくれるだけで嬉しい、そう言ってくれる。

 だから、私にできることはしたい。


「うぁ……いっつ……妖夢、おはよ……」


 彼の、掠れた声が聞こえた。確かに、聞こえた。

 おはよう、と。


「え……天、君……!?」

「う、うそ!? まだ起きないはずよ!」


 驚きの声をあげた永琳が、天君のベッドに駆け寄る。遅れて、鈴仙も。

 三人で顔を覗いたら、彼は静かに笑っていた。


「あ、あはは……また、世話になったな、永琳、鈴仙。妖夢も、無事でよかったよ……」

「あんまり喋らないで! 本当は起きちゃいけないのよ!」

「そ、そうですよ! また傷口が開きますから!」


 永琳と鈴仙の声が鋭く飛ぶ。


「ご、ごめん、これだけ……妖夢、ありがとう……」


 そう、静かに笑いながら言って、横たわったまま私の頬を撫でてくれる。

 私の頬を撫でてくれる彼の手は、誰の手よりも暖かく感じた。

 私の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。


「いいん、ですよ。私は、天君の恋人なんですから。いつでも側にいますから」

「あ、あぁ……もう少し、側にいてくれ……」


 そう言った彼は、私の頭を後頭部から引き寄せ、仰向けの自分の胸に押し付けるように抱いてくれる。

 私も、それに応じて思い切り胸に抱きつく。

 ただ、傷口に響かないくらいに、できるかぎりの愛情を表現して。


「あ~これだからこいつらは……鈴仙、行くわよ」

「は~い、お師匠様」


 二人が部屋から出ていき、扉の閉まる音がする。

 それと同時に。


「妖夢~――って、相変わらずね」

「え? ゆ、幽々子様!?」

「お、おう幽々子。はははっ、おはよ」

「……そっちも相変わらずねぇ」


 いきなりスキマが現れて、幽々子様が出てきた。

 だからといって、抱きつくのをやめるわけではないのが私。


「あ、そうそう。いくらでもそっちにいてあげていいわよ。こっちはこっちでやってくから。じゃね~」


 それだけ言って、幽々子様が再びスキマの奥に消えていく。

 静寂が部屋に訪れた。彼との静寂は、本当に心地良い。


「え、っと……じゃあ、朝ご飯――というより、もうお昼ご飯になりますが、何か買ってきますね」

「あ、あぁ……その、恥ずかしいんだが……できるだけ、早く戻ってきてくれ」


 本当に恥ずかしそうに、視線を逸らしながら言う。

 私は、その表情に微笑みながら、頷いて人里へご飯を買いに行った。




 昼食を取り終えた。

 いくらでもそっちにいていいとは言われたものの、さすがにいつまでも居座るわけにもいかない。

 永遠亭の方にも迷惑がかかってしまう。

 少し名残惜しいが、今日は帰るとしよう。


「……すみません。私はもう帰り――」

「ま、待ってくれ! ……い、一緒にいてくれ。お願いだから……!」


 歩き出そうとした時、腕を引かれて止められる。

 振り返ると、そこには寂しそうな顔をした彼がいた。


 私は、この調子の彼を一度見たことがある。

 彼の両親と、外の世界の話をしてくれた時。あの時とそっくりそのままだ。


 今、私にできることは――


「えぇ、いいですよ。すみません。ずっと、一緒にいますからね」


 ――彼の側に、いること。

 私は彼の元に戻って、抱擁する。

 ……お互いの体温を分かち合って、気持ちも分かち合っていたい。


 ―*―*―*―*―*―*―


 怖かった。ただ、怖かった。

 彼女が離れてしまう、たったそれだけのことが、とても。


 あのローブの男に襲われた時、俺は自分の命を諦めた。

 けれど、実際にこうやって生き残ってみると、未練がありまくりだった。

 一度捨てた命に足掻くことは、してはいけない。

 そうわかっているのに。


 死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。

 俺は死ぬことが怖いというよりも、死んだ先にある未来が怖かった。


 俺は何もない、暗闇の世界で一人で暮らし続ける。

 今まで味わい続けていた孤独を、もう一度永遠に味わわなければいけない。

 そんな苦痛に浸される世界の訪れに、恐怖した。


 彼女は、俺のいない世界でどうやって暮らすのだろうか。

 彼女のことだろうから、後を追いそうで怖い。

 それで俺は、後を追った彼女の責任を取れるのだろうか。一人の少女を生き死にを、左右していいのだろうか。


 俺がいなくなって、彼女もいなくなって。

 俺には何も残らなくなってしまう。

 彼女には、唯一の大切な人がなくなっていく。

 その感覚が、怖い。


 あの彼女の抱擁の暖かさ。それが唯一の救いだった。

 彼女の温もりだけが、俺を生かしてくれた気がした。

 その暖かさが離れた時、異様な虚無感に襲われた。


 気がついたら俺は彼女の腕を引っぱって、引き止めていた。

 自分の都合を述べて、我儘な自分を見せてしまった。


 けれど、彼女はそれを許してくれた。

 あの温もりを、もう一度俺に味わわせてくれた。


 彼女の腕の中で、俺は幸せを感じていた。

 生きていることに、彼女が無事であることに。


 窓からの陽光は、明るく俺達を照らしてくれる。

ありがとうございました!


次回、早かったら時雨戦に入ります。


ではでは!

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