第54話 祈り
どうも、狼々です!
天君が永遠の眠りにつく可能性があると知って、妖夢ちゃんがバタンキュー。
今回は、霊夢視点も出てきます。
戦闘を除けば、久々だったかな?
では、本編どうぞ!
「ん……んぅ……」
消毒液の独特の刺激臭に揺さぶられ、起きた。
天君が一生起きないかもと聞かされて、気絶してから、起きた。
外を窓から見るが、真っ暗。夜まで眠っていたようだ。
明るく光っているはずの月が、どこか儚く、悲しそうに佇んでいる。
黒く見える雲に半分以上も隠れて、寂しそうに。
「あ、起きたようですね。心配しましたよ? 三日も眠っていたんですから」
「え!? み、三日も!?」
部屋の扉が開かれて、鈴仙の声が聞こえた。
どうやら、三日間も眠っていたらしい。皆が心配しているだろう。
特に幽々子様と相模君は、一緒に住んでいるから、迷惑もかかっているだろう。
「そ、そうだ! 天君は目覚めましたか!?」
私がはっとして鈴仙に問う。が、鈴仙は、少し目を伏せて首を横に振った。
彼はまだ、目覚めていないんだ。
「そう、ですか……」
「貴女の傷は、眠っていた間に完治しました。明日になったら、もう退院できますよ。私は、お師匠様を呼んできます」
そう言って、鈴仙は部屋を出ていった。
このまま、彼は一生目覚めないのだろうか?
もう、あの暖かみに溢れた抱擁はできないのだろうか?
私の心の支えだった、彼が。
どんどんと遠くに行ってしまうような気がする。
錆びついて、脆くなってしまいそうな気がする。
支えを失ったものは、当然崩れる。
私は、もうすぐ崩れてしまうのだろう。
正直、彼がいなかったら、どうなるか自分でも想像できない。
ただ泣くだけの、心を失った人形の様になってしまうかもしれない。
別の人格が私の中にできて、彼を必要としなくなるかもしれない。
もし、彼が起きないまま死んでしまったら、すぐに後を追うのだろう。
……彼を、失いたくない。
私はもう既に、彼に依存してしまっているのだろう。
彼の恋人として、好きな人に依存して。
「――で、いつになったら話を聞いてくれる?」
「あ……永琳。すみません、気付きませんでした」
いつの間にか、永琳が部屋の中で、壁に寄りかかって待っていた。
あまりに考えを巡らせていて、部屋に入ったことにすら気付いていなかった。
「完治と退院のことについては、もう聞いてるわよね? 今から天と貴女の話をするから」
天君の名前が出て、心臓と体が跳ねた。
どんな話が聞かされるのだろうか。
無事に回復の見込みがあること?
それとも、もうこのまま眠り続けること?
「あ、それで、告白して成功したらしいわね。おめでとう」
「あ、ありがとう……ござい、ま……ぅ、ぇぐっ」
永琳の言葉で、天君と恋人になったことを再認識して、泣いてしまった。
嬉しさと、彼が遠くに行ってしまう悲しさで、泣いてしまった。
ぽろぽろと、涙や嗚咽は外に出てくるけれど、悲しみだけは、私の胸に残り続けている。
「ちょ、ちょっと、なんで泣くのよ。ほら、泣かないの」
「は、はい……わか、りました」
なんとか涙を止めて、永琳を真っ直ぐに見つめる。
永琳も、ごく真剣な表情で見つめてくる。
「聞いての通り、天は昏睡状態。目覚めるか、そうじゃないかもわからないわ」
「……はい」
「正直、私もなんとかしてやりたい。けど、何も出来ないの。彼が起きるのを祈るくらいしか、ね」
自分でも、それは心のどこかでわかっている。
けれど、認めたくない。自分が何も出来ないで、悔しい。
彼は命を賭して私を守ってくれた。
なのに、私は彼に何も出来ない。してやれない。
それが、途轍もなく悔しい。悲しい。
「だから、せめて祈りましょう。できることは精一杯やりたいでしょう?」
私は、声を出さずに、静かに首を縦に振る。
何も出来ない。それが、変わらない現実として私に突きつけられる。
「それで、幻獣は天が起きるのを待ってはくれない。だから、天がゆっくり眠れるこの幻想郷を、守らないといけない」
……そうだ。彼が眠っている今、天君は幻獣と戦えない。
今までの二戦は、どっちも天君が命の危険になりながら勝ったもの。
少しは、休ませないといけない。
だから。この幻想郷を守って。
天君がいつでも起きていい状況を守り通す必要がある。
「貴女がそうやって悲しんでいる間にも、幻獣は刻一刻と迫ってくる。だから、残念ながら凹んでる暇はないの」
「……そう、ですね」
こうやって泣いている暇があったら。
彼を守る準備を進める必要がある。
「はい、わかったなら今日のところは寝て、明日から修行を頑張ることね」
そう言って、永琳は部屋から出ていった。
「……寝ようか」
一人で呟いて、もう一度ベッドに倒れ込む。
ベッドの中で、頭の中に呟いた。
私は、彼に守ってもらってばかりだった。
だから、今度は私が彼を守る番なんだ。
窓から覗く月は、黒く見えた雲も全くかかっていない。
孤独に見えた月光も、周りの星々と共に、本来の輝きを取り戻していた。
―*―*―*―*―*―*―
「いや~、ホントすみませんね。俺の料理、美味しくないでしょう?」
「いえいえ、そんなことはないわよ?」
二人で夕食を食べて、寂しく会話をしている。
俺は料理に自信があるわけではないので、美味しくないのは明白だ。
早く妖夢ちゃんに帰ってきてほしい。料理もそうだが、なにより心配だ。
妖夢ちゃんが天の話を聞いて、すぐに倒れた。
あまりに大きなショックだったのだろう。
それもそうだ。最も好きな彼氏が、もう目覚めないかもしれないのだから。
さらには、それが自分を守るため。気も失いたくなる。
「翔も、あんまり無理しなくてもいいのよ?」
「何がですか?」
幽々子さんの問に見当がつかず、もう一度質問で返す。
すると、幽々子さんが箸を止めて、手放した。
幽々子さんの目線はひたすらに真っ直ぐで、一瞬で緊迫感を感じる。
「天は貴方の親友よ? 悲しいなら、それらしくしてもいいのよ?」
「いえいえ、俺には今あいつの為に何も出来ませんし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られます」
中身のない苦笑いをして、幽々子さんに返す。
本当のことを言えば、悲しい。
悲しくないわけがないんだ。
けれど、それが彼にしてほしいことかと考えると、悲しむに悲しめないのだ。
俺が悲しむことを、天はきっと望んでいないから。
怒る顔が目の前に浮かんで、少し悲しくも、嬉しくなる。
「ふふっ、それもそうよね」
「幽々子さんこそ、あんまり無理せずに泣いていいんですよ?」
俺が来る前から天と一緒に暮らしていた幽々子さんも、悲しいはずなんだ。
悲しいのは、俺だけじゃないんだ。
「いえいえ、私には何も出来ないし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られちゃうからね」
幽々子さんが、してやったりと似た感じの笑顔を浮かべる。
「全く、そういうところが幽々子さんらしいというか、なんというか……」
「本当は悲しいのに、隠そうと強がるところは似ているわよね、私達」
どれだけなにを言っても、やはり悲しいものは悲しい。
その事実だけが、俺の心に深く根を張っている。
それはどうやら、俺だけじゃないらしい。
「早く、戻ってきてほしいですね」
「ホント、そうよね」
二人で静かに笑って、空に浮かぶ月を見上げた。
夜空に力強く光り続ける月が、一際明るく輝いた気がした。
―*―*―*―*―*―*―
いつもと変わらない、快晴過ぎる昼下がり。
夏真っ盛りの今、強い日差しと高い気温は当たり前。
暑すぎて、ここの畳に熱がこもっている気がする。
昨日、妖夢が目を覚ましたらしい。
傷も完治していて、今日退院できるとのこと。
熱い畳に寝転がって、空白の時間を過ごしている。
夏独特の暑さにうんざりしながらも、心はどこか冷たい気がした。
「よぉ~霊夢! 遊びに来た――って、まだその調子なのか?」
勝手に上がり込んで来た魔理沙が、呆れ顔で私に言う。
いいじゃない、別に異変が起きたわけでもないんだから。
「……ほっといて頂戴」
「ったく、そうやっていつまでも天のことを引きずっていくつもりか?」
魔理沙のその言葉を聞いて、私の肩が一瞬上がった。
わかっている。私らしくないことは。
「あんたも、そうやっていつも通りを気取って、傷を受けてない様子を演じるのも無理があるわよ」
「…………」
沈黙。外で響く蝉の鳴き声が、一層五月蝿く聞こえる。
その鳴き声を聞くだけで、畳の熱の温度が上がっているんじゃないかと錯覚してしまう。
しかし、畳の温度は上がろうとも、私の心の温度は一向に上がる気配はなく、冷たいまま。
「仕方、ないだろ。私は今回、何もできなかったんだからな。せめて、天の方に行けば、あいつはこうならなかったかもしれないんだ」
「終わったことを嘆いても、それこそ仕方ないわ」
事の顛末に、終わってから“たられば”を言うのは、無意味だ。
何が変わるでもなく、自分を内省して楽になろうとする。
……そんなことは、ひどく無意味で、情けないことだ。
「じゃあ、霊夢は悲しくないのかよ?」
「悲しいとか、悲しくないとかじゃないわよ。そんなものに囚われていたら、この先やってけないわ」
悲しいか悲しくないかで言えば、勿論悲しい。
だけれど、そんなことを言っても、やはり何もない。
嘆いて天が目覚めるのなら、いくらだって嘆く。
けれど、そんなことは絶対にないんだ。
畢竟、そんなことを思うのも無意味だし、それに意味を見出すことさえも無意味。
「……囚われなくとも、この先やってけないだろ」
魔理沙の言葉は、至極正しいのだろう。
けれど、自分の中で、それを受け止めきれないでいる。
受け止めてしまったら、何かが変わるような気がして。
さっきまで申し訳程度に合わせていた目線を外して。
寝転がったまま、魔理沙に背を向ける。
魔理沙の視線から、言葉から逃げるようにして。
「それもそうね。なら、どっちにしろやってけないのかもね」
「……いい加減にしろよ。いつまでそれを続ける気なんだよ」
「…………」
再び、沈黙が流れる。夏の蝉の鳴き声が拡声され、頭に響き渡る。
どこか鬱陶しいと感じるけれど、それを拭い去ることができなかった。
その沈黙を、再び魔理沙が破る。
「……弱さに浸っている博霊って、本当に巫女なのかよ? 怪しいものだな」
「弱さに、浸っている? 私が?」
再び魔理沙の方を向き、体も起こす。
面倒なことが嫌いとはいえ、私も博麗の巫女だ。
そうである以上、この言葉は聞き捨てならない。
「あぁ、そうだよ。自分の後悔も胸の奥にしまい続けて、振り返ろうともしないのは、弱さに浸っているだろ」
「違うでしょ。現実を見ているのよ。これからも幻獣と黒幕は来るんだから、一々人の一人や二人に構っていられないわ」
「じゃあ、その一人に毎日見舞いに行って悲しい表情して帰ってくるのは誰だよ」
「……っ!」
……私は、毎日朝早く、誰もいないような時間に、天の見舞いに行っている。
今日だって、行ってきた。
朝早くに行こうとするのは、無意識に他人に見られることを避けていたからなのかもしれない。
「あんただって、それを見たってことは、毎日見舞いに行ってるんでしょ?」
「そうだよ。天が心配だし、私ができることを少しでもしたいからな」
即答。私と違って、はっきりと言う魔理沙。
魔理沙の視線が真っ直ぐで、目を合わせられない。
つい、目線を彼女から逸らしてしまう。
「そこで目が合わせられないってことは、そういうことなんじゃないのか?」
「……でも、その場で足踏みをしても、意味がないじゃない」
「違う違う。足踏みじゃなくて、土台補強だ。無為に踏みとどまることとは訳が違う」
心の中で、足跡を残していくだけの後悔なんて、無意味。
頭ではそう考えていても、それをどこか否定できなかった。
正直なところ、私だって後悔している。
外来人の天に幻獣を任せっきりで、その度に天の命を危険にして。
幻想郷に住んでいる私達がやらないといけないことを、大きい割合で引き受けてくれている。
そんな彼に、何も出来なかった自分が悔しい。
持ち前の勘でもよかったから、この事態を予測できなかったのか。
少しでも傷を少なくできたじゃないのかと思うと、悔しくてたまらない。
「道を逸れることがあっても、それは後から修正すればいい。だから、今は少しでも前進した方がいいんじゃないのか?」
魔理沙の笑顔が、夏の陽光と同じくらい輝かしくて眩しい。
その前向きさが、私には少し、羨ましく見えた。
またもや静寂が訪れたが、不思議と蝉の鳴き声は遠ざかっていた。
「ま、それもそうね。せめて祈っておきましょうか」
「そうだよ。最初から決まってることだろ?」
そう言い合って、私と魔理沙は、二人で静かに笑い合った。
昼下がりの太陽の陽光が、私達を必要以上に照らしていた。
やはり、暑い。
冷えていた私の心も、あの輝く笑顔と陽光が、暖めてくれた。
ありがとうございました!
あと一話挟んで戦闘に行こうと思います。
次回の戦闘は、VS叢雲ということで。
ではでは!




