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東方魂恋録  作者: 狼々
第5章 現実
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第54話 祈り

どうも、狼々です!


天君が永遠の眠りにつく可能性があると知って、妖夢ちゃんがバタンキュー。

今回は、霊夢視点も出てきます。

戦闘を除けば、久々だったかな?


では、本編どうぞ!

「ん……んぅ……」


 消毒液の独特の刺激臭に揺さぶられ、起きた。

 天君が一生起きないかもと聞かされて、気絶してから、起きた。

 外を窓から見るが、真っ暗。夜まで眠っていたようだ。


 明るく光っているはずの月が、どこか儚く、悲しそうに佇んでいる。

 黒く見える雲に半分以上も隠れて、寂しそうに。


「あ、起きたようですね。心配しましたよ? 三日も眠っていたんですから」

「え!? み、三日も!?」


 部屋の扉が開かれて、鈴仙の声が聞こえた。

 どうやら、三日間も眠っていたらしい。皆が心配しているだろう。

 特に幽々子様と相模君は、一緒に住んでいるから、迷惑もかかっているだろう。


「そ、そうだ! 天君は目覚めましたか!?」


 私がはっとして鈴仙に問う。が、鈴仙は、少し目を伏せて首を横に振った。

 彼はまだ、目覚めていないんだ。


「そう、ですか……」

「貴女の傷は、眠っていた間に完治しました。明日になったら、もう退院できますよ。私は、お師匠様を呼んできます」


 そう言って、鈴仙は部屋を出ていった。


 このまま、彼は一生目覚めないのだろうか?

 もう、あの暖かみに溢れた抱擁はできないのだろうか?


 私の心の支えだった、彼が。

 どんどんと遠くに行ってしまうような気がする。

 錆びついて、脆くなってしまいそうな気がする。


 支えを失ったものは、当然崩れる。

 私は、もうすぐ崩れてしまうのだろう。

 正直、彼がいなかったら、どうなるか自分でも想像できない。


 ただ泣くだけの、心を失った人形の様になってしまうかもしれない。

 別の人格が私の中にできて、彼を必要としなくなるかもしれない。

 もし、彼が起きないまま死んでしまったら、すぐに後を追うのだろう。


 ……彼を、失いたくない。

 私はもう既に、彼に依存してしまっているのだろう。

 彼の恋人として、好きな人に依存して。


「――で、いつになったら話を聞いてくれる?」

「あ……永琳。すみません、気付きませんでした」


 いつの間にか、永琳が部屋の中で、壁に寄りかかって待っていた。

 あまりに考えを巡らせていて、部屋に入ったことにすら気付いていなかった。


「完治と退院のことについては、もう聞いてるわよね? 今から天と貴女の話をするから」


 天君の名前が出て、心臓と体が跳ねた。

 どんな話が聞かされるのだろうか。


 無事に回復の見込みがあること?

 それとも、もうこのまま眠り続けること?


「あ、それで、告白して成功したらしいわね。おめでとう」

「あ、ありがとう……ござい、ま……ぅ、ぇぐっ」


 永琳の言葉で、天君と恋人になったことを再認識して、泣いてしまった。

 嬉しさと、彼が遠くに行ってしまう悲しさで、泣いてしまった。

 ぽろぽろと、涙や嗚咽(おえつ)は外に出てくるけれど、悲しみだけは、私の胸に残り続けている。


「ちょ、ちょっと、なんで泣くのよ。ほら、泣かないの」

「は、はい……わか、りました」


 なんとか涙を止めて、永琳を真っ直ぐに見つめる。

 永琳も、ごく真剣な表情で見つめてくる。


「聞いての通り、天は昏睡状態。目覚めるか、そうじゃないかもわからないわ」

「……はい」

「正直、私もなんとかしてやりたい。けど、何も出来ないの。彼が起きるのを祈るくらいしか、ね」


 自分でも、それは心のどこかでわかっている。

 けれど、認めたくない。自分が何も出来ないで、悔しい。


 彼は命を賭して私を守ってくれた。

 なのに、私は彼に何も出来ない。してやれない。

 それが、途轍もなく悔しい。悲しい。


「だから、せめて祈りましょう。できることは精一杯やりたいでしょう?」


 私は、声を出さずに、静かに首を縦に振る。

 何も出来ない。それが、変わらない現実として私に突きつけられる。


「それで、幻獣は天が起きるのを待ってはくれない。だから、天がゆっくり眠れるこの幻想郷を、守らないといけない」


 ……そうだ。彼が眠っている今、天君は幻獣と戦えない。

 今までの二戦は、どっちも天君が命の危険になりながら勝ったもの。

 少しは、休ませないといけない。


 だから。この幻想郷を守って。

 天君がいつでも起きていい状況を守り通す必要がある。


「貴女がそうやって悲しんでいる間にも、幻獣は刻一刻と迫ってくる。だから、残念ながら凹んでる暇はないの」

「……そう、ですね」


 こうやって泣いている暇があったら。

 彼を守る準備を進める必要がある。


「はい、わかったなら今日のところは寝て、明日から修行を頑張ることね」


 そう言って、永琳は部屋から出ていった。


「……寝ようか」


 一人で呟いて、もう一度ベッドに倒れ込む。


 ベッドの中で、頭の中に呟いた。



 私は、彼に守ってもらってばかりだった。

 だから、今度は私が彼を守る番なんだ。



 窓から覗く月は、黒く見えた雲も全くかかっていない。

 孤独に見えた月光も、周りの星々と共に、本来の輝きを取り戻していた。


 ―*―*―*―*―*―*―


「いや~、ホントすみませんね。俺の料理、美味しくないでしょう?」

「いえいえ、そんなことはないわよ?」


 二人で夕食を食べて、寂しく会話をしている。

 俺は料理に自信があるわけではないので、美味しくないのは明白だ。

 早く妖夢ちゃんに帰ってきてほしい。料理もそうだが、なにより心配だ。


 妖夢ちゃんが天の話を聞いて、すぐに倒れた。

 あまりに大きなショックだったのだろう。

 それもそうだ。最も好きな彼氏が、もう目覚めないかもしれないのだから。

 さらには、それが自分を守るため。気も失いたくなる。


「翔も、あんまり無理しなくてもいいのよ?」

「何がですか?」


 幽々子さんの問に見当がつかず、もう一度質問で返す。

 すると、幽々子さんが箸を止めて、手放した。

 幽々子さんの目線はひたすらに真っ直ぐで、一瞬で緊迫感を感じる。


「天は貴方の親友よ? 悲しいなら、それらしくしてもいいのよ?」

「いえいえ、俺には今あいつの為に何も出来ませんし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られます」


 中身のない苦笑いをして、幽々子さんに返す。

 本当のことを言えば、悲しい。

 悲しくないわけがないんだ。


 けれど、それが彼にしてほしいことかと考えると、悲しむに悲しめないのだ。

 俺が悲しむことを、天はきっと望んでいないから。

 怒る顔が目の前に浮かんで、少し悲しくも、嬉しくなる。


「ふふっ、それもそうよね」

「幽々子さんこそ、あんまり無理せずに泣いていいんですよ?」


 俺が来る前から天と一緒に暮らしていた幽々子さんも、悲しいはずなんだ。

 悲しいのは、俺だけじゃないんだ。


「いえいえ、私には何も出来ないし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られちゃうからね」


 幽々子さんが、してやったりと似た感じの笑顔を浮かべる。


「全く、そういうところが幽々子さんらしいというか、なんというか……」

「本当は悲しいのに、隠そうと強がるところは似ているわよね、私達」


 どれだけなにを言っても、やはり悲しいものは悲しい。

 その事実だけが、俺の心に深く根を張っている。

 それはどうやら、俺だけじゃないらしい。


「早く、戻ってきてほしいですね」

「ホント、そうよね」


 二人で静かに笑って、空に浮かぶ月を見上げた。


 夜空に力強く光り続ける月が、一際明るく輝いた気がした。


―*―*―*―*―*―*―


 いつもと変わらない、快晴過ぎる昼下がり。

 夏真っ盛りの今、強い日差しと高い気温は当たり前。

 暑すぎて、ここの畳に熱がこもっている気がする。


 昨日、妖夢が目を覚ましたらしい。

 傷も完治していて、今日退院できるとのこと。


 熱い畳に寝転がって、空白の時間を過ごしている。

 夏独特の暑さにうんざりしながらも、心はどこか冷たい気がした。


「よぉ~霊夢! 遊びに来た――って、まだその調子なのか?」


 勝手に上がり込んで来た魔理沙が、呆れ顔で私に言う。

 いいじゃない、別に異変が起きたわけでもないんだから。


「……ほっといて頂戴」

「ったく、そうやっていつまでも天のことを引きずっていくつもりか?」


 魔理沙のその言葉を聞いて、私の肩が一瞬上がった。

 わかっている。私らしくないことは。


「あんたも、そうやっていつも通りを気取って、傷を受けてない様子を演じるのも無理があるわよ」

「…………」


 沈黙。外で響く(せみ)の鳴き声が、一層五月蝿(うるさ)く聞こえる。

 その鳴き声を聞くだけで、畳の熱の温度が上がっているんじゃないかと錯覚してしまう。

 しかし、畳の温度は上がろうとも、私の心の温度は一向に上がる気配はなく、冷たいまま。


「仕方、ないだろ。私は今回、何もできなかったんだからな。せめて、天の方に行けば、あいつはこうならなかったかもしれないんだ」

「終わったことを嘆いても、それこそ仕方ないわ」


 事の顛末(てんまつ)に、終わってから“たられば”を言うのは、無意味だ。

 何が変わるでもなく、自分を内省して楽になろうとする。

 ……そんなことは、ひどく無意味で、情けないことだ。


「じゃあ、霊夢は悲しくないのかよ?」

「悲しいとか、悲しくないとかじゃないわよ。そんなものに囚われていたら、この先やってけないわ」


 悲しいか悲しくないかで言えば、勿論悲しい。

 だけれど、そんなことを言っても、やはり何もない。


 嘆いて天が目覚めるのなら、いくらだって嘆く。

 けれど、そんなことは絶対にないんだ。

 

 畢竟(ひっきょう)、そんなことを思うのも無意味だし、それに意味を見出すことさえも無意味。


「……囚われなくとも、この先やってけないだろ」


 魔理沙の言葉は、至極正しいのだろう。

 けれど、自分の中で、それを受け止めきれないでいる。

 受け止めてしまったら、何かが変わるような気がして。


 さっきまで申し訳程度に合わせていた目線を外して。

 寝転がったまま、魔理沙に背を向ける。

 魔理沙の視線から、言葉から逃げるようにして。


「それもそうね。なら、どっちにしろやってけないのかもね」

「……いい加減にしろよ。いつまでそれを続ける気なんだよ」

「…………」


 再び、沈黙が流れる。夏の蝉の鳴き声が拡声され、頭に響き渡る。

 どこか鬱陶しいと感じるけれど、それを拭い去ることができなかった。


 その沈黙を、再び魔理沙が破る。


「……弱さに浸っている博霊って、本当に巫女なのかよ? 怪しいものだな」

「弱さに、浸っている? 私が?」


 再び魔理沙の方を向き、体も起こす。

 面倒なことが嫌いとはいえ、私も博麗の巫女だ。

 そうである以上、この言葉は聞き捨てならない。


「あぁ、そうだよ。自分の後悔も胸の奥にしまい続けて、振り返ろうともしないのは、弱さに浸っているだろ」

「違うでしょ。現実を見ているのよ。これからも幻獣と黒幕は来るんだから、一々人の一人や二人に構っていられないわ」

「じゃあ、その一人に毎日見舞いに行って・・・・・・・・・悲しい表情して・・・・・・・帰ってくる・・・・・のは誰だよ」

「……っ!」


 ……私は、毎日朝早く、誰もいないような時間に、天の見舞いに行っている。

 今日だって、行ってきた。

 朝早くに行こうとするのは、無意識に他人に見られることを避けていたからなのかもしれない。


「あんただって、それを見たってことは、毎日見舞いに行ってるんでしょ?」

「そうだよ。天が心配だし、私ができることを少しでもしたいからな」


 即答。私と違って、はっきりと言う魔理沙。

 魔理沙の視線が真っ直ぐで、目を合わせられない。

 つい、目線を彼女から逸らしてしまう。


「そこで目が合わせられないってことは、そういうこと・・・・・・なんじゃないのか?」

「……でも、その場で足踏みをしても、意味がないじゃない」

「違う違う。足踏みじゃなくて、土台補強だ。無為に踏みとどまることとは訳が違う」


 心の中で、足跡を残していくだけの後悔なんて、無意味。

 頭ではそう考えていても、それをどこか否定できなかった。

 正直なところ、私だって後悔している。


 外来人の天に幻獣を任せっきりで、その度に天の命を危険にして。

 幻想郷に住んでいる私達がやらないといけないことを、大きい割合で引き受けてくれている。

 そんな彼に、何も出来なかった自分が悔しい。


 持ち前の勘でもよかったから、この事態を予測できなかったのか。

 少しでも傷を少なくできたじゃないのかと思うと、悔しくてたまらない。


「道を逸れることがあっても、それは後から修正すればいい。だから、今は少しでも前進した方がいいんじゃないのか?」


 魔理沙の笑顔が、夏の陽光と同じくらい輝かしくて眩しい。

 その前向きさが、私には少し、羨ましく見えた。


 またもや静寂が訪れたが、不思議と蝉の鳴き声は遠ざかっていた。


「ま、それもそうね。せめて祈っておきましょうか」

「そうだよ。最初から決まってることだろ?」


 そう言い合って、私と魔理沙は、二人で静かに笑い合った。


 昼下がりの太陽の陽光が、私達を必要以上に照らしていた。

 やはり、暑い。


 冷えていた私の心も、あの輝く笑顔と陽光が、暖めてくれた。

ありがとうございました!


あと一話挟んで戦闘に行こうと思います。

次回の戦闘は、VS叢雲ということで。


ではでは!

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