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王宮に戻ったジグリットは、炎帝騎士団の騎士長グーヴァーを呼んで、事態の打開に向けて話し合った。グーヴァーはジグリットが冬将の騎士と二人だけで森へ行き、危険を犯して敵と対峙したことに憤慨していたが、それも彼らの話を聞いて、真っ赤な顔を一気に白くさせた。
「貴族どもが関与していたとはな。なかなかこれは面倒だぞ」
グーヴァーが薄い顎鬚を擦りながらぼやくと、ファン・ダルタが続けた。
「しかも上流階級となれば、ただ叩けばいいというものではないでしょう。彼らは王家に多額の租税を齎しています。十一家に下手に手を出すと、他の貴族も決起する恐れが」
「だったら戴冠式までなんとか手を出させないようにするしかあるまい」
二人の渋い顔に、ジグリットは首を振った。
「戴冠式が終わっても、貴族の態度は変わらないんじゃないかな。結局はぼくを王とは認めないだろう」
二人の勇壮な騎士は、王子が黙って考え始めると、声をかけずに自分達も何か良い案がないものかと俯いた。やがて十分以上が経過して、ジグリットが顔を上げると言った。
「彼らがもっとも恐れるものとはなんだ?」
どちらにともなく訊ねたジグリットに、グーヴァーが先に答えた。
「貴族の考えはわたしにはわかりかねます」グーヴァーは平民の出なのだ。
同様にファン・ダルタも「わたしにも考えつきません」と険しい顔で返答した。
ジグリットは以前、教育係のマネスラーから習った貴族に関する講述を思い出していた。マネスラーもウァッリス公国の優秀な名門貴族の出だ。彼は貴族達の優雅で洗練された暮らしの中に、同じだけの蠧毒と凶悪が潜んでいることを指摘していた。それは他者への凄まじい嫉妬心や、財力への渇望から生まれる。ジグリットは思い出す内に、ふとそこにある矛盾すべき不自然な点に気づいた。
「彼らがもっとも恐れるものは、他者、それも同位にある貴族からの誹謗中傷じゃないだろうか」ジグリットは声に出しながら、先を考えた。「彼らが守りたいものは、十一家でも、ましてや上流階級でもない。自分達の一族だ。一族の富、一族の名家としての権力。つまり、彼らは所詮、十一家として集まっていても、一枚岩ではない。ひびの入った薄い壁だ」
ジグリットの言葉に打たれたように、グーヴァーとファン・ダルタは眸を瞠った。
「なるほど」ファン・ダルタが合点がいったというように、にやりと笑った。「噂だけで潰れた家もあったとか」
しかしジグリットは彼らが思うようなことを考えてはいなかった。上流階級を分裂させるには時間が必要だ。だが、噂を流している時間はない。
――この問題に早く決着をつけなければ。
ジグリットは気が急いていた。なぜなら、彼らに戴冠式当日まで、付き纏われるのはごめんだったからだ。もう充分、寝所に引き篭った。これ以上、王宮内で襲われる不安に晒されるのは我慢ならなかった。ジグリットは口に出さずに一人、別の方法を考えていた。それはすぐに思いついたが、誰も賛成するはずのない、ある意味禁じ手だった。
――一人でできるだろうか。いや・・・・・・しなくてはならないな。誰にも見られるわけにいかないんだから。
ジグリットが何かを決心していることに、騎士長も冬将の騎士も気づいてはいなかった。




