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翌日、ジグリットと冬将の騎士、そして近衛隊長のフツと二人の騎士は、交代式を待たずに王宮へ帰還することにして、一足早くチョザへ向かった。ジグリットは来たときと同様、額に白い菱形の模様のある黒毛の牡馬に乗っていた。その肢の速い馬に並んで、冬将の騎士の黒毛の去勢馬がぴったりと寄り添っている。蛍藍月も終わりの曠野では、夜間になると虫の音が響くようになっていたが、昼間はまだ茹だるような暑さだった。
彼らは来たときよりも馬を走らせ、もちろんエスタークにもどの街にも寄ることなく、野営を繰り返しながら八日余りでチョザへ舞い戻った。タザリア王はすでに伝令により、砦が急襲されたことを知っていた。王子の無事と騎士達の働きに感謝しながらも、王の顔は険しかった。
ジグリットはアイギオン城で父王に挨拶した後、ソレシ城でリネアと会った。リネアはジグリットに砦の様子を訊ね、敵が襲撃してきたときのことを話すと、彼女は血腥い情景に笑みを浮かべて聞き入った。ジグリットは彼女がその場面を見ていないから笑えるのだと思った。血の臭いや悲鳴を聞いたら、彼女だって震え泣くだろう。積み上げられた屍体と亡くなった兵士を思い出すだけで、いまだにジグリットは背筋が凍りつく気分だった。
それから数日間をジグリットは、砦の状況の報告書を書くことに費やした。彼は砦の兵の働きぶりと、人数が足りていないこと、それに付け加えて、小姓達の暮らす小屋の衛生状態の悪さや彼らに聞いた待遇の酷さを列挙した。ジグリットはアイーダと弟のバールカが、今もあの小屋で僅かな麺麭と水を貰って生活をしていることを思うと、自分のことのように悲しく思った。だが、そういう子供はどこにもでもいるのだ。望まぬ人生に堪えている子供達が。それを改善できるだけの力を、タザリアの王ならば持っているはずだ。どんな方法でどれだけのことができるのかをジグリットは記載し、分厚い報告書を作り上げた。文書を書いている間、ジグリットはひたすら自分が王として君臨しているのなら、と考えていた。しかしそれはある意味、現タザリア王を糾問することに等しかった。書き終わる頃には、ジグリットはタザリア王への思いと、現状への認識との、二つの相反する気持ちに苦悩していた。
王の居室で直接それを手渡すと、クレイトスは「必ず読むし、できる限りのことは考慮しよう」と約束してくれた。しかし王は精彩を欠いた顔をしていた。ジグリットは王が、ゲルシュタインとの折衝に疲弊しているのを感じた。彼らは証拠を突きつけても、砦を襲った夜盗がゲルシュタインの兵だとは認めなかったのだ。だからといって、王は殺された兵のためにも、その家族のためにも、この問題をうやむやにするつもりはなかった。ジグリットはそれがどんなに危険な駆け引きかを想像するだけで、ぞっとした。
ゲルシュタインは軍事力を持った砂漠の帝国だ。礫砂漠の荒野に中央部だけ熱い砂の大地、オス砂漠を擁している。彼らの帝都ナウゼン・バグラーには、タザリアの兵が見たこともないような、恐ろしい兵器があるといわれていた。
もし王がうっかり彼らのいらぬ怒りを買ったりしたら、砂漠の民は熱しやすい。彼らはその日の夜にでも、東の地に向かって馬を駆るだろう。
王の居室を出たジグリットは、ソレシ城へ戻らず、アイギオン城から渡り廊下を通って、マウー城へ入った。相変わらず、マウー城には人通りが少なく、端女すら見かけなかった。ジグリットは地下へ行き、湿っぽい通路の先を目指した。




