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「ジューヌを剣戟の稽古と称して、短剣で襲ったという話だが、本当なのか?」
アイギオン城の謁見室で、玉座の前に並んだグーヴァーとフツは、背後にその場にいた騎士二人と近衛兵三人を後ろに従わせて跪いていた。しかしそこに当の王子の姿はなかった。王が謁見室に入ることを許可しなかったからだ。
クレイトス・タザリアは困惑しきった顔で、優秀な近衛隊の隊長を見下ろした。
「相違ありません」フツがきっぱりと答えた。
「なぜそんな事をした?」
まったくもって理解できないといったクレイトスに、フツは何度も繰り返したことを、また口にした。
「彼がジューヌ王子ではないと判断したからです。あの少年はジグリットです。わたしの直感がそう告げているのです、陛下」
それを隣りで聞いていたグーヴァーが小声で「くだらん」と呟いた。彼は直感など信じていなかった。フツはぎろりとグーヴァーを睨みつけ、クレイトスは二人の険悪な部下の注意を引くため、組んでいた脚を入れ替えた。
近衛隊と炎帝騎士団の仲が悪いことは、クレイトスも重々知っていたが、ここまでとは思っていなかった。彼は溜め息を漏らすように、疲れた声で訊ねた。
「それで? わたしの息子をジグリットだと明言する理由を訊こうか」
フツはここぞとばかりに力強く頷いた。
「はい、陛下。彼は生来のジューヌ様とは、あまりにも性格が違います。今の王子は負けん気が強く、剣の扱いに長け、何よりそれを楽しんでいます。王子が変わられたのは、わたしが思うに、アプロン峠に出撃なさってからではないでしょうか。つまりあの時、何かが起こってジグリットとジューヌ様は入れ替わられたのではないかと、わたしは推測しているのです」
「アプロン・・・・・・」クレイトスは考え込むように袖机に肘をつくと、指先に顎を載せた。王はぼんやりと息子の顔を思い出していた。
「では逆にグーヴァー、わたしの息子がジューヌだと断定する貴公の理由も訊かせてもらおう」
王に促され、グーヴァーは実直に答えた。
「わたしはジグリットとジューヌ様、双方の剣筋を長い間見てきました。それから鑑みましても、ジューヌ様の剣筋は慎重で思慮深いものですが、ジグリットはがむしゃらに突進しかねないところがありました。それに何より、ジューヌ様とジグリットは成長速度に大きな差があります。ジグリットはジューヌ様より一つ歳上だったため、現在のジューヌ様よりも幾分、巧妙に剣を振りました。今のジューヌ様はまだその域に達しておりません。もし彼がジグリットだとして、そんなことが可能だとお思いですか? 性格は日々変化していくものです。それこそ髪が伸びるように」そう言ってグーヴァーは隣りのフツの襟足に届いている黒髪を指先で引っ張った。
「てめぇ、何しやがる!」フツは吠えながら、騎士の手を払い除けた。
「このように」とグーヴァーは、彼を完全に無視して続けた。「しかし剣筋はそうはいきません。性格を変えるようにはいかないものです。剣の持ち方一つとっても、ジグリットとジューヌ様は違いがあります。構え方、それに振り下ろすときの角度。どちらの足から踏み込むか、そういった細々とした差異が、彼らが別人であることを証拠づけています」
クレイトスは納得するように「ふん」と肘をついたまま返事した。
「だったらグーヴァー、貴公はできるのか、それを」
「・・・それ、とは?」グーヴァーが眸を瞬くと、クレイトスは笑みを浮かべた。
「剣筋を変えることだ。明日はまったく別人の手法で戦えるか?」
グーヴァーは王の言葉の意味を知り、真面目な顔つきになった。
「わたしとジグリットでは経験に違いがありますが、そうですね・・・・・・。わたしなら他人の剣を真似ることはできましょう。ただし、上っ面だけのことですよ。持ち手が変われば、それだけわたしは戦う上で不利になります。誰が生死を賭けた戦いの中でそのような無謀なことをするでしょう。それがたとえ、剣戟の稽古に名を借りた暗殺だとしても」
グーヴァーの侮辱に、フツは我慢ならずに立ち上がった。
「誰が暗殺だと!? おれはちゃんと加減したんだぞ! 本気で殺すわけがないだろう!!」
「フツ、陛下の御前だぞ」グーヴァーは自分がけしかけたとは思えない冷静さで彼を諌めた。
「・・・・・・後で覚えてろ、このクソが」フツが王に聞こえないように吐き捨てた。それでも彼は言われた通り、腰を下ろすしかなかった。




