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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
影の王子
53/287

 チョザの王宮、アイギオン城の謁見室(えっけんしつ)で、急使の持ってきたジューヌの手紙を読んだ王、クレイトスは、その内容に眸を(みは)った。前もって急使がウァッリス軍のアプロン峠撤退を(しら)せていたにもかかわらず、その内容は彼がまったく想像してないものだった。

「陛下、王子はお元気そうですか?」近衛隊(このえたい)の隊長フツが玉座の隣りから訊ねる。

 クレイトスは(しばら)く手紙に眸を走らせていたが、それには答えずこう言った。「フツよ、あの子は秘めた才能を持っていたのかもしれぬ」

「はぁ・・・・・・」フツは王子の顔を思い出し、その弱々しい態度と引っ込み思案な性格に王の言葉を疑った。

「手紙には、ウァッリスとの協定を(すす)めると書いてあるのだ」

「・・・・・・ジューヌ様がそのような事を?」

「ジューヌはグイサラーを占拠していたウァッリスの兵を捕虜とせず、ウァッリスに返還すると言っている」

「そ、それはあまりにもやつらの言いなりではありませんか! 全員その場で処刑するのが常套(じょうとう)。むざむざ国へ返すなど、信じられません」

「だが、それによってウァッリスの態度が軟化するだろう」クレイトスは手紙をフツに渡し、眸を伏せた。「冬将の騎士から伝令が来ていたな」

 フツはあからさまに顔をしかめた。彼はその漆黒の騎士が嫌いだった。「ええ、そうでしたね」ぶっきらぼうに答えるが、クレイトスは気付かなかった。

「ナフタバンナとゲルシュタインも国境の兵を増強しているらしい。われわれはこれ以上ウァッリスと交戦を続けるのは、得策ではないかもしれぬ」

「・・・・・・では、王子の(おっしゃ)るようになさるのですか?」

「これはわたしの意志だ。わたしがウァッリスの議院に書簡を送るのだ」

 フツは王の言葉に納得がいかなかったが、それを表には出さず、思っていたより達筆(たっぴつ)なジューヌの文字を見やった。そこには、最後の一文がこう記されていた。

[これ以上の無用な犠牲は避けなければならない]

 フツは兵とは国のために死ぬ物だと考えていた。彼らは犠牲となって当たり前なのだ。王子はまだまだ考え方が子供だ、と彼は口元を歪めた。



 白帝月(はくていづき)84日。タザリアとウァッリス公国は共に講和条約に対し、議定書に署名を果たした。すでに雪に覆われたアプロン峠から帰還の()についていたジグリットは、監視のためグイサラーに残ったグーヴァーの事を心配していた。ジグリットが下山する頃には、雪が腰より深く積もり、馬が何頭か(こご)え死んでいた。

 タザリアがウァッリスとの関係を修復し、良好な関係を築くためには、まだ時間がかかりそうだったが、ジグリットは自分のした事に満足していた。

 炎帝騎士団の七人の騎士は、森を抜け、北の山道を闇討ちすることに成功した。ウァッリス兵は逃げ惑い、彼らは上や下へと散り散りに逃げたという。そうなるともう事が成すのは早かった。麓のヴァジッシュに戻った兵は、タザリアが国内に攻め込んでくると大騒ぎし、ヴァジッシュの民は街の守りを固めるため、すべての門を閉ざした。軍はもう補給すらままならず、山頂のグイサラーはその日のうちにタザリア軍により陥落した。

 ジグリットの手紙はタザリア王に迅速に届けられていた。王は即座に書簡をウァッリスに送った。ウァッリスの二院議会は日を置かず、タザリアが自国に攻め込む前にと条約を結ぶことを承諾した。

 騎士達は一様に、王子の作戦のおかげだと彼を褒め(たた)えた。そうしてジグリットは長い白帝月の戦闘を終え、チョザへと帰還したのだった。


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