9
チョザの王宮、アイギオン城の謁見室で、急使の持ってきたジューヌの手紙を読んだ王、クレイトスは、その内容に眸を瞠った。前もって急使がウァッリス軍のアプロン峠撤退を報せていたにもかかわらず、その内容は彼がまったく想像してないものだった。
「陛下、王子はお元気そうですか?」近衛隊の隊長フツが玉座の隣りから訊ねる。
クレイトスは暫く手紙に眸を走らせていたが、それには答えずこう言った。「フツよ、あの子は秘めた才能を持っていたのかもしれぬ」
「はぁ・・・・・・」フツは王子の顔を思い出し、その弱々しい態度と引っ込み思案な性格に王の言葉を疑った。
「手紙には、ウァッリスとの協定を薦めると書いてあるのだ」
「・・・・・・ジューヌ様がそのような事を?」
「ジューヌはグイサラーを占拠していたウァッリスの兵を捕虜とせず、ウァッリスに返還すると言っている」
「そ、それはあまりにもやつらの言いなりではありませんか! 全員その場で処刑するのが常套。むざむざ国へ返すなど、信じられません」
「だが、それによってウァッリスの態度が軟化するだろう」クレイトスは手紙をフツに渡し、眸を伏せた。「冬将の騎士から伝令が来ていたな」
フツはあからさまに顔をしかめた。彼はその漆黒の騎士が嫌いだった。「ええ、そうでしたね」ぶっきらぼうに答えるが、クレイトスは気付かなかった。
「ナフタバンナとゲルシュタインも国境の兵を増強しているらしい。われわれはこれ以上ウァッリスと交戦を続けるのは、得策ではないかもしれぬ」
「・・・・・・では、王子の仰るようになさるのですか?」
「これはわたしの意志だ。わたしがウァッリスの議院に書簡を送るのだ」
フツは王の言葉に納得がいかなかったが、それを表には出さず、思っていたより達筆なジューヌの文字を見やった。そこには、最後の一文がこう記されていた。
[これ以上の無用な犠牲は避けなければならない]
フツは兵とは国のために死ぬ物だと考えていた。彼らは犠牲となって当たり前なのだ。王子はまだまだ考え方が子供だ、と彼は口元を歪めた。
白帝月84日。タザリアとウァッリス公国は共に講和条約に対し、議定書に署名を果たした。すでに雪に覆われたアプロン峠から帰還の途についていたジグリットは、監視のためグイサラーに残ったグーヴァーの事を心配していた。ジグリットが下山する頃には、雪が腰より深く積もり、馬が何頭か凍え死んでいた。
タザリアがウァッリスとの関係を修復し、良好な関係を築くためには、まだ時間がかかりそうだったが、ジグリットは自分のした事に満足していた。
炎帝騎士団の七人の騎士は、森を抜け、北の山道を闇討ちすることに成功した。ウァッリス兵は逃げ惑い、彼らは上や下へと散り散りに逃げたという。そうなるともう事が成すのは早かった。麓のヴァジッシュに戻った兵は、タザリアが国内に攻め込んでくると大騒ぎし、ヴァジッシュの民は街の守りを固めるため、すべての門を閉ざした。軍はもう補給すらままならず、山頂のグイサラーはその日のうちにタザリア軍により陥落した。
ジグリットの手紙はタザリア王に迅速に届けられていた。王は即座に書簡をウァッリスに送った。ウァッリスの二院議会は日を置かず、タザリアが自国に攻め込む前にと条約を結ぶことを承諾した。
騎士達は一様に、王子の作戦のおかげだと彼を褒め称えた。そうしてジグリットは長い白帝月の戦闘を終え、チョザへと帰還したのだった。




