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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
影の王子
52/287

 ジグリットの殉国がチョザに届く七日前。グイサラーの手前で騎士長グーヴァーを(かなめ)とする騎士七人が集まり、さらに王子を加えて作戦会議が開かれた。ジグリットはジューヌの弱腰な仕草や考え方を常に意識して真似ていたが、それでも作戦についてほとんどの箇所で口を出した。

 彼は疲弊している戦況を一転させ、戦果を上げることができるとそこにいた騎士の誰よりも強く信じていた。そのための策が彼の中にはあった。

 ジューヌが崖から転落した(ぶな)の森でウァッリスの傭兵(ようへい)に会ったことが、彼にその案を(もたら)した。グイサラーの街をこのまま攻撃していても、入口や山道の狭い幅しかない道で侵攻はほぼ不可能に近い。しかし、ウァッリスの騎士はジグリットと出会った後、北へ逃げて行った。つまり、その方角に道があるのだ。傭兵達はただ怠け(サボ)るためにだけ、森に分け入ったのだろうが、彼らはウァッリス側の山道から森に入り、タザリア側の山道から森に入ったジグリット達に出くわした。ということは、グイサラーを通らずして相手側の領土に入ることができるのだ。そして、その森からの出口はウァッリスの軍がいる山道と直結している可能性が強かった。

 ジグリットは軍を二手に分けて、一方で森を抜け、敵を(ふもと)の街ヴァジッシュとグイサラーを繋ぐ山道で叩こうと考えたのだ。敵はヴァジッシュから様々な物資を受けている。それを()ってしまうのだ。確かに森に下りるには、急斜面と迷いやすい森を攻略しなくてはならないが、それでも長期間をかけてグイサラーを破るよりは、はるかに勝算があるだろう。

 炎帝騎士団の騎士達は、森から迂回(うかい)して敵の手薄につけこみ、意表をつくその作戦を文句なく指示した。いきなり道でもない(やぶ)の中から敵が現れれば、やつらも戸惑うだろう。問題は、どの部隊が行くかだった。騎士達はそれぞれが自分が部隊を(ひき)いて行くと名乗りを上げた。しかし、それにジグリットはまたしても意見した。

「人数は少人数で行った方がいいと思うよ。百人からの部隊で森を抜けるには時間がかかりすぎるし、それにやつらを完全に殲滅(せんめつ)してもいけないからね」

 騎士達はジグリットの考えに首を傾げた。この作戦なら、敵を皆殺しにもできるだろう。そのためには、人数は多い方がいいはずだ。

 ジグリットは首を振って、彼らに説明した。

「この作戦の大事なところは、彼らを混乱させ、撤退(てったい)させることだよ。それには少数精鋭で敵を蹴散らし、威嚇(いかく)できる技量のある騎士だけが必要だ。剣の振り方もままならない兵士では、犠牲(ぎせい)が増えるだけだろう」

「だが、やつらが逃げてしまうぞ」グーヴァーは言った。

 ジグリットは頷いた。「そうだよ。それでいいんだ。彼らを徹底的に痛めつけても良い事は何もないさ。ぼく達が王に言われた言葉を忘れた? この峠から敵をタザリアに近づけないことが使命で、ウァッリスに攻め入ることが目的じゃない」

「そりゃそうだ」一人の騎士が頷いた。「ウァッリスに攻め入るほどの軍勢でもない」

 ジグリットは全員が納得するよう、さらに続けた。「もし彼らを殲滅すれば、ウァッリスはさらに多勢の兵を投入してくるでしょう。そうなると、ぼく達はそれを押し留めることができず、やつらをタザリアに入れてしまうことになるかもしれない。山道で彼らを奇襲しても、絶対に深追いしないんだ。むしろ執拗(しつよう)に戦えば、相手は命を投げ出してでも激しく抵抗するはず。そうなると、もう泥沼だからね。こちらの軍も相当の被害を受けることになる」

「なるほど・・・・・・だからわざと逃がすのか」グーヴァーは(あご)を擦りながら合点(がてん)がいった様子でジグリットを見た。「ジューヌ様、ではその少数の騎士は、わたしを筆頭にここにいる七人の騎士で向かいましょう」

 ジグリットはグーヴァーの力強い言葉に微笑した。「ああ、そうしてくれよ。ここにいる部隊は、引き続きグイサラーの兵を押さえることと、こちら側の山道を通れなくする破壊工作を行う」

 それもまたジグリットの案だった。ジューヌが崖下に落ちる以前に考えていた事だ。山道が一本しかないのなら、その道を通れなくしてしまうことで、敵がタザリアに進攻するのを防ごうとしたのだ。

「では、すぐに行動を開始しよう。ちょうどやつらの(はらわた)に噛み付くには頃良い時間になるだろう」グーヴァーは言った。

 ジグリットもそう思った。今から出発すれば、森を抜け北の山道に着く頃には、夜更けを少し過ぎた時間帯だ。敵が一日で一番油断している時間。

 騎士達がすぐに準備に取りかかると、ジグリットは天幕(テント)から出た。もう彼のすべき事はほとんどなかった。グーヴァーはジグリットにするようには、彼を()めたりしなかった。むしろその対応は見知らぬ人にするように、余所余所(よそよそ)しくさえあった。それがジグリットには痛いほど辛かった。王子のふりをすると決めた以上、もう後には戻れない。しかし王子とは、孤独で退屈で彼らと共に戦うこともできないつまらない存在だとジグリットは心の奥で嘆いていた。


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