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マウー城二階。王妃エスナはここ最近、機嫌が良かった。雪が近いことを、肌で感じ取っていたからだ。王妃にとってはテュランノス山脈の向こう側で行われている戦闘などに皆目興味はなかった。彼女は何か大事が起これば、自分はベトゥラ共和国に戻るつもりでいたのだ。
侍女を伴って、珍しく中庭に出た王妃は、同じくソレシ城から出てきた一人の侍女が暗く塞ぎ込んでいるのを見かけた。
――確かあの子・・・・・・。
娘リネアの侍女を、エスナは覚えていた。彼女の暗緑色の髪の色がベトゥラにいる従姉妹を彷彿とさせたからだ。
――名前は、アフラだったかしら? それとも・・・・・・。
エスナは一緒にいた侍女に訊ねた。
「アウラですよ、王妃様」
「そうそう、アウラだったわね」
彼女は優雅な足取りでアウラに近づき、その頬の紫色になった痣を見て顔をしかめた。「まぁ、アウラ、大きな痣ね。どうしたの?」
突如、話しかけられたアウラは、相手が王妃であることに気付き、かわいそうなほど恐縮した。
「あ・・・・・・王妃様、これはその・・・・・・」自分の頬を恥ずかしそうに隠す。
王妃の興味津々といった表情に、彼女は嘘をつけず、悩みを打ち明けた。「王女様がここの所、お部屋に篭もりきりで、お食事もしていただけないのです」
「それでその痣は?」
「酷い癇癪を起こされまして」
「リネアが?」王妃は眸を丸くした。自分の娘がそんなに気性が烈しいとは驚きだった。
「私共ではもうどうにも、」アウラがしょぼくれた表情で俯くと、王妃は溜め息をついて少し考えた。
エスナは自分の息子にも娘にも、大した愛情を持っていなかった。元より政略結婚だったのだ。可愛いとは思うし、元気に育ってくれればいいとは思う。だが、それ以上の事は何も感じていなかった。だから、この時のエスナはかなり機嫌が良かったと言える。彼女はアウラの悩みをあっさり引き受けた。
「わかりました。私が行って話しましょう」
エスナは何年かぶりにソレシ城へと向かった。




