第八章 電影の如き奇勝 1
第八章 電影の如き奇勝
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白帝月2日。タザリアの王子ジューヌは、弱冠十三歳という若さで初陣に臨んだ。炎帝騎士団の騎士サグニダ指揮下の五百の騎兵、それに同じく騎士団の騎士ツガーラ指揮の歩兵を合わせ、総勢一千二百をジューヌが率いた。彼は形だけでも総司令官と呼ばれた。
アプロン峠の頂上付近の街グイサラーよりややタザリア側まで、自軍は圧されているとの戦報があったが、それでもまだ騎士長や他の騎士が率いる五部隊、七百の兵がグイサラーの街で善戦しているはずだった。それと共に、相手側のウァッリスの軍は、グイサラーより北東の麓であるヴァジッシュを拠点に、どんどん兵を送り込んで来ていて、その数は日増しに膨れ上がっているとの報告もされていた。ジューヌを先頭に進軍する彼らは、その七百の兵とまずは合流する必要があった。
ジグリットはジューヌと同じ鋼の板金鎧に、暗紫色の外衣を靡かせ、常に彼の隣りを栗毛の馬に乗って随員していた。チョザからアプロン峠の入口まで、彼らは今年二度目の道行のおかげで、比較的スムーズに足を進めることができた。アンバー湖沿いを南下し、ディタース河を越えると、ジグリットとジューヌは別の衣装に着替えることが多くなっていた。ジグリットが王子の役柄を演じ、ジューヌは見習い兵のような安っぽい黒ずんだ鎧に身を包み、身分を隠した。
テュランノス山脈のもっとも南に位置する、峰の途切れた山裾から峠に入ると、ジューヌは兵を配列させ、狭い岩と崖の隘路を進ませた。敵の姿はどこにも見えなかった。
ジューヌが鹿毛の馬上から、騎士の一人に声をかけた。「こんな狭い所で敵に遭遇したらどうしよう」彼はそう言った懸念ばかりを彼らにぶつけていた。
騎士は何度もそうしたように、苦笑いで答えた。「ジューヌ様、この険しい山腹への道で彼らが待ち伏せているわけがありません」
ジグリットも少し遅れて付いていきながら、同じことを思った。こんな所で戦闘になったら、間違いなく互いに死者が増えるだけだ。崖下へ落ちてでも勝ちたいなら話は別だが、ウァッリスは今のところタザリアを圧している。となると、無茶な戦い方に出ることはまずないだろう。
「やつらは恐らく、山頂のグイサラーで待ち受けているはずです。そこに至るまでに、騎士長達の軍と合流できましょう」
騎士の言葉にジューヌは納得したものの、やはりまだ不安そうに崖の下や辺りの岩壁に執拗なほど眸を走らせていた。
やがて山道に万年雪が現れるようになった頃、一番先を行っていた斥候隊が一人の兵を連れ戻って来た。
「ジューヌ様、この度は世継ぎの君、自らの援軍、われらがタザリア兵の一員として深く御礼申し上げます」
ジューヌは馬上から馬を降りて跪いた兵士に、戸惑いの眸を向けた。
「・・・・・・えっと、それで戦況はどうなんだ?」
「はい、我らが騎士長グーヴァーの指揮の下、なんとか敵をグイサラーに留めていますが、ヤツらは補給をヴァジッシュから受けているため、物資の乏しい我々がやはり苦しい状況であります」
ウァッリス兵にはアプロン峠の麓にヴァジッシュという比較的豊かな街が控えているが、タザリア側には峠の麓に補給を受けられるような街は一つもなかった。
ジューヌは眉根を寄せ、逃げ帰りたいといった表情でジグリットを振り返った。「ねぇ、ジグ。ぼくはもっと下っ端の兵として後方部隊にいた方がいいよね、君、ぼくの代わりに前にいてよ」
ジグリットが黒板を取り出す前に、騎士の一人が首を振った。「ジューヌ様、それはどうかと思います。そろそろ騎士長との合流も叶いましょう。その時にジューヌ様が不在では、軍の士気も揚がりません」
「それだったら、ジグがぼくのふりすればいいじゃないか」
全員がジューヌの身勝手な発言に声を失い、押し黙ってしまった。ジグリットはどうしようもないな、と思いながらも、彼のそういった言動に馴れていたので黒板にすらすらと文字を綴った。
[わたしがジューヌ様の代わりを務めることができるとは思いませんが、本当にそうなさりたいのでしたら、やってみます]
「ほら、ジグはいいって言ってるよ」
騎士達が侮蔑の篭もった笑みを向けたことに、ジューヌは気付かなかった。彼らはすぐに出発し、また山道を長い隊列を組んで登って行った。ジグリットは騎士と並び、いつ敵と遭遇してもいいように、しっかりと前を見据えて王子らしく振る舞った。むしろ、ジューヌよりも彼の方がよっぽど立派な総司令官に見えたことは言うまでもない。
グイサラーの五リーグ(およそ24キロ)ほど手前まで来た時、ジグリットの率いる軍は、先発隊を眸で確認した。




