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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
影の王子
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          7


 ソレシ城では、すでに土砂降りの大雨になっていた。リネアは侍女のテマジが窓の鎧戸(よろいど)をすべて閉めて回るのを、弟の王子ジューヌとボードゲームに興じながら、つまらなそうに眺めていた。

「お父様も運がないよね」とジューヌが雨に狩りに出た王のことを言うと、侍女のヤーヤが寝台(ベッド)の周りを掃除しながら笑った。

「運がないのは、一緒にいた誰かでしょう。騎士や隊員も一緒と聞いてますよ。陛下は、どちらかというと運が良いお方ですよ。周りの国のいざこざになんとか巻き込まれずに、うまくやってこれたんですから」

 そこでリネアがふっと微笑って口を挟んだ。

「ジグリットなんか連れて行くからよ」

 彼女のすべてジグリットのせいだと言わんばかりの発言に、ジューヌはごくんと喉を鳴らし、持っていた駒を思わず落とした。リネアが彼を睨む。

「いい加減、降参したらどうなの?」

「ぼ、ぼく・・・・・・もう負け?」

 リネアは並べられた駒をボードから払い落とし、苛立ちを隠さず言った。

「そんな事もわからないの!? 本当におまえって莫迦ね」

「まぁまぁ、姉弟喧嘩はいけませんよ」とヤーヤが駆けてきて、落ちた駒を拾い集める。

 眸の前のジューヌが泣きそうな顔で「ぼく、莫迦じゃない」と言いながら椅子を降り、寝台へと歩いて行く。リネアは溜め息をついた。ジグリットがいれば、リネアは始終イライラするのだが、いなかったらいなかったで、また胸がざわざわするのだ。

 ――いっそ林で迷って、雨に打たれ、死んでしまえばいいのに。

 雨は一層酷くなり、リネアはその考えが本当になったら、この苛立ちも消えてすっきりすると思った。しかし、心のどこかでは、何か良くない寒気のようなものを感じていた。



 タスティンを助けに崖を降りたジグリットは、土砂降りの雨の中、半ば引き摺るようにして、彼を肩に担ぎ歩いていた。

 タスティンの息があっただけでも、ジグリットは安堵せずにはいられなかった。しかし、彼の顔は苦痛に歪み、一人で歩くこともままならなかった。とても崖を登れるような状態ではない。ジグリットは一旦、彼を置いて、近くに避難できそうな場所を探しに行った。そして(かし)の巨木に人が一人横になれそうな(うろ)を見つけ、そこへ今はタスティンを運ぶのに必死になっていた。

 タスティンは右足を骨折しているようだった。崖から落ちた後、ジグリットが躰を揺り動かして起こすまで気絶していたのだ。

 巨木の洞は、タスティンを押し込め寝かせると、もういっぱいで、ジグリットの入る余地はなかった。ジグリットは薄墨色の外衣(マント)を脱いで、洞の前に陣取ると、泥に塗れたそれを頭から被った。蛍藍月(なつ)の暑い陽射しを避けるための外衣は、白帝月(ふゆ)のものとは違い、麻織りで薄く、雨はすぐに浸透したが、ジグリットは構わなかった。

「・・・ジグリット、すまない。こんなことになってしまって」

 タスティンの落ち込んだ顔に、ジグリットは優しく微笑んで首を振った。馬を帰してしまったせいで黒板がなく、彼に慰めを言うのも難しい。

 しかしタスティンは骨折したせいなのか、頬が紅潮し、熱があるようだった。彼はしばらくすると、眸を閉じ眠ってしまった。

 ジグリットはこれからどうすべきなのか、考えていた。もし、タスティンの怪我が足の骨折だけじゃなかったら・・・・・・。このまま眠ったように息を止めてしまったら、そう考えると、ジグリットは恐怖に震えた。一刻も早く、助けが来て欲しかった。

 しかしジグリットは雨のせいで、日が暮れて暗くなることをすっかり忘れていた。それから一時間も経たないうちに雨は通り過ぎた。だが辺りは暗いままで、日は射さなかった。



 ジグリットとタスティンが戻らないまま、王宮では終夜、大騒ぎになっていた。王はすでに雨の中を帰還していた。炎帝騎士団の騎士二人だけが林に残り、少年達の捜索を続けていたが、王宮に戻った王は、すぐに追加の兵を出し、林の隅々まで捜させた。しかし一向に、二人は見つからなかった。

 リネアはソレシ城とアイギオン城を繋ぐ渡り廊下で、慌しい内郭を見下ろしていた。帰らない二人に、リネアは心配するよりもむしろ憤懣(ふんまん)やるかたない思いでいた。

 ――人騒がせな。暴漢に攫われたわけでもないのに、お父様も大げさすぎるのよ。

 彼女はそれでも、その通路から離れることができなかった。その場所からは、王宮へ入る跳ね橋も、出て行く馬がいる厩舎もすべてが見て取れた。タスティンのこともジグリットのことも、生き死にはどうでもいいのだ。彼女はそう思い込んでいた。みんながそれしきのことで騒いでいる滑稽(こっけい)な姿が彼女には苛立つ種なのだと。

 すると兵に混じって、漆黒の外衣が一緒に王宮を出て行くのが見えた。

「まさか、冬将の騎士が行くなんて」と彼女は呟いた。

 ジグリットはきっと戻って来るだろう。そうしたら自分はみんなに迷惑をかけた彼を、今まで以上に酷く扱ってやろうとリネアは薄笑いを浮かべた。


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