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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
獣面の暗殺者
194/287

3-1

          3


 二人は支流であるカミース川が、本流のディタース川と交わる地点を目指し、ムルムルの森を抜けて、街道(かいどう)へと戻っていた。ここまで来ると、ゲルシュタインの乾燥した土地とは違い、眸に入る植生(しょくせい)は青々と葉をつけた常緑樹や、大地を(いろど)る黄色や赤の花々が現れるようになっていた。川の岸はその変化が顕著(けんちょ)だった。

 街道の南北に分かれる岐路(きろ)まで、二頭の馬は町からそう日を置かずに到達できそうだった。ジグリットはアジェンタのくれた薬草が効いて、ほぼ連日にわたって騎乗することができた。その日は、ちょうど街道の分岐点で日が暮れ、二人は野宿のために(わだち)(あと)が残っている小道の(わき)で足を止めた。

 腰ほどの(やぶ)山椒(さんしょう)の木が背後には広がっている。黄色い花はすでに散った後だったが、果実はまだ()っておらず、枝の(とげ)ばかりが目立っていた。

 ブザンソンは軽く下生えを()ると、褐色(かっしょく)燧石(すいせき)短刀(ナイフ)長剣(ちょうけん)(こす)り合わせて火を(おこ)した。ジグリットが集めた乾燥した樹皮や小枝がそれをさらに大きくし、やがて火は赤々と燃え始めた。二人は質素な食事を済ませて、互いに離れた場所に座って休憩(きゅうけい)していた。

 ジグリットの手元には金属製の棒と、アジェンタから(もら)った長剣、それに短剣(ダガー)があり、食べ残した乾酪(チーズ)(かたまり)が布に包んで置いてあった。ブザンソンは町で買った杜松酒(ジン)を片手に、ヴェネジネの背中を指の背で優しく()でている。

 最初に異変に気づいたのは、ブザンソンだった。ジグリットは暖かい炎がゆらめき、色を変える様に、魅入(みい)られたようにぼんやりしていた。

 それは本当に突然のことだった。ブザンソンは何かに気づいたように、落としていた(あご)を上げ、「おい、チョマ」と小声で(するど)く呼んだ。急に緊迫(きんぱく)したことで、ヴェネジネが驚いて鳴き声を上げ、(かたわ)らにあったブザンソンの背嚢(リュック)に頭から飛び込んだ。

 ジグリットが手を伸ばして、(あわ)てて剣を掴む。その直後に、背後で落ち葉を踏みしめる音が聴こえた。立ち上がろうとしているジグリットの髪を、何かが頭上から鷲掴(わしづか)んだ。

「ようやく捕まえたぜ」鋭い眼差(まなざ)しをしたサジハッサが、ジグリットの髪を掴み、背後で勝ち(ほこ)ったように言った。

「「サジハッサ!?」」ジグリットとブザンソンが、同時に彼の名を口にした。

「へっ、追いついてやったぜ」サジハッサは短槍(たんそう)を手に、薄ら笑いを浮かべている。

 ジグリットとブザンソンは男が生きていたことに戦慄(せんりつ)した。確かに大岩に押し(つぶ)されたはずだ。

 狂騎士はジグリットの髪を引っ張り、無理やり立たせた。片足のジグリットは、半ば(もた)れかかるような形になったが、サジハッサの方が一回り大きかったので、彼はびくともしなかった。

「あれしきのことで、おれを始末したつもりか?」喜悦(きえつ)に満ちた声で狂騎士は嘲笑(あざわら)った。「おれは不死身よ。死んだりしねぇんだよ。どこまでもおまえらを追って行くぜ。どこまでもな」

 ジグリットが咄嗟(とっさ)に掴んでいた長剣を、サジハッサは奪い取り、(しげ)みの方へ放り投げた。

「さぁ、おれと一緒に来てもらうぞ」サジハッサはジグリットを引っ張った。「おれは自由だ。毒を抜いて、おれはじ・・・・・・」そこで声が途切(とぎ)れ、ジグリットはサジハッサが小声で苦しげに(あえ)ぐのを聞いた。

 サジハッサの褐色の(かお)は、いまや血の気が()せたように真っ白で、ジグリットを掴んでいる手は(あせ)ばみ、誰が見てもわかるぐらい苦しげだった。

「さっさと来い、小僧(こぞう)!」体調が良くないとしても、サジハッサの力はジグリットより強かった。ジグリットを引き()り、茂みの向こうに連れて行こうとする。

 しかし、ブザンソンもみすみすジグリットを連れて行かせるわけにはいかないのだ。二人を追って数歩前へ出ると、躰に巻いた防砂布の隙間(すきま)に右腕を突っ込み、剣帯に触れた。

「待て! そいつを連れてかれちゃ、おれっちも困るんだよ」

「なんだと!?」サジハッサが足を止め、ブザンソンに視線を向けた。「貴様、またおれと()り合いたいのか?」

 ブザンソンは肩を(すく)めた。「いいや、まったく」

「だったら、てめぇはひっこんでろ」

 もっともな言葉だったが、ブザンソンは残念そうに首を振った。「それもまた、駄目(だめ)なんだ」ブザンソンは忌々(いまいま)しそうに告げた。「そいつを連れてくってんなら、戦うしかねぇ。契約を守るためなら、仕方がねぇ」

 ブザンソンには、彼なりの一流の交易商人としての自負があった。客に頼まれ、()け負った仕事は何が何でも完遂(かんすい)させる。

 ジグリットはそんなブザンソンに、見たことのない気迫(きはく)(みなぎ)るのを見た。

「命を張るほどの契約か? てめぇの命の値段は(いく)らだ、商人」サジハッサが冷ややかに(あざけ)る。

「うるせぇよ」ブザンソンが足を肩幅(かたはば)に開いた。そして長剣の(さや)(つか)(にぎ)る。

「ふざけているわけでは、なさそうだ」サジハッサはジグリットを後ろに押しやり、突き飛ばした。支えを失い、ジグリットは草の上に座り込んでしまう。

「いいだろう、おまえのことは何も命じられてないからな。追って来られても困る。ここで(いのしし)(えさ)になってもらおう」

 サジハッサが眸を(すが)め、戦意を見せると、ブザンソンは防砂布の隙間から、長剣を抜き取った。


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