表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
獣面の暗殺者
189/287

第七章 惣暗(つつくら)に潜むもの


          1


 アジェンタの農家を出てから、ジグリット達は旧道をカミース川沿いに南下していた。昼前には数えられるほどの同じような農家が集まった小さな村を通り過ぎ、ブザンソンが言うには、そろそろ川沿いの町に着く予定だった。

 ジグリットは荷馬車から一人で馬に乗ることができ、嬉しさ半分、不安半分といったところだった。荷台にいるのが退屈(たいくつ)(たま)らなかったので、馬に一人で乗れると本当に嬉しかったのだ。だが、不安なのは一人で乗り降りができないことにあった。

 ブザンソンがさっさと先に、曲がり道を行ってしまう。ジグリットは乗っている荷馬に、もう少し(あし)を速めるよう手綱(たづな)(ゆる)めて指示した。馬は(のぼ)り坂を軽快に進んでいく。

 だが、そのとき向かいから(わら)を積んだ荷馬車が、坂道をつんのめるように下ってきた。(あわ)てて()けたジグリットの馬は、強引に押し退()けられて、川べりの(はば)の狭い湿地(しっち)によろよろと入り込んでしまった。そのまま荷馬車はすさまじい車輪の音をさせながら、過ぎ去って行く。ジグリットの馬は、(どろ)とその上を(おお)っている(つる)植物の大群に肢を取られて、右に左にと首を振り立てた。

「大丈夫だ、しっかりしろ」ジグリットは馬を安心させるため、声をかけながら、なんとか元いた道に戻ろうした。そう泥の層は深くはないようだし、蔓植物は(くき)が細い。引き千切って進めるだろう。

 馬の肢はゆっくりだが、(やわ)らかそうな蔓を巻きつけたまま、泥から抜け出て、また埋没するを繰り返し、進み始めた。ふと、ジグリットは真横の低い(がけ)(うろ)が開いているのを見つけた。そこは湿地の川べりと旧道の森の境で、蔓植物に覆われていて見え(にく)かったのだが、確かに大きな洞が開いていた。川の水に侵食(しんしょく)され、土中の大きな岩が転がり出た(あと)かもしれない。

 少し不気味なその洞を、ジグリットは馬が真横を通ったので、蔓を退()けて(のぞ)き込んで見た。ちょうど洞穴(ほらあな)(ふち)()っていた一匹の馬陸(やすで)が、その衝撃でぽとりと下に落ちた。ぎょっとして躰を()らせたとき、ブザンソンが戻って来てジグリットを呼んだ。

「おい、チョマッ! そんなとこで何遊んでんだ!!」

 ジグリットはブザンソンに手伝ってもらい、旧道へと上がった。

「川で遊ぶ年頃か?」ブザンソンは泥だらけの馬の肢を見て言った。

「そんなんじゃない。荷馬車にぶつかりそうになって・・・・・・」

 ジグリットが説明しようとすると、ブザンソンはそれを(さえぎ)った。

「それで川に落ちたってのか? どん(くせ)ぇヤツだなぁ」

「・・・・・・」ジグリットはむっとして、黙って先に馬を歩き出させた。

 そこから町までは、すぐだった。町といっても三十軒ほどの家が、まばらに建っているだけで、一番太い通りでも、馬車二台がすれ違うのがやっとの幅だった。町の入口の立て看板には、ホーライと名前が刻まれていた。

 ブザンソンは勝手知ったる場所といった様子で、一軒しかない旅亭(りょてい)に飛び込むと、泊まりの予約を入れ、すぐに出てきて、次は薬種商の店にジグリットを馬に乗せたまま、連れて行った。農家でアジェンタに薬草を分けてもらっていたジグリットは、それほど入用(いりよう)の物はなかったが、ブザンソンは買う物を品定めし、値切りながら色々と買っていた。

 薬種商が(あつか)っているのは薬だけではない。砂糖に(ろう)香辛料(こうしんりょう)から香草の(たぐい)染物(そめもの)に使う染料や、壁面(へきめん)を塗る顔料など、(つぼ)やすり(ばち)に入ってずらりと並んだものを、天秤(てんびん)(はか)り売りしているのだ。町の何でも屋といったところだ。

 それから、ブザンソンが乾燥(かんそう)果実や木の実を売る店に連れて行ってくれたので、ジグリットも焼き(ぐり)桑苺(くわいちご)を買ってもらった。旅亭に戻ると、ようやくジグリットは馬から降り、機嫌の良いブザンソンが背負ってくれたので、まったく足を使わずに部屋に入ることができた。

 長く楽しい夕食を過ごした後、二人は()まっていた疲労(ひろう)から解放されたように、朝までぐっすりと眠りについた。

 朝から二人は、質素だが量だけはあった朝食を食べ、すぐに出発することにしていたので、ジグリットは先に馬屋へ、ブザンソンは勘定(かんじょう)の支払いに旅亭の食堂に残っていた。

「おやじ、昨夜の杜松酒(ジン)は最高だったな。勘定のついでに、土産(みやげ)に何本か(もら)えるか?」ブザンソンがなめし革(レザー)の袋から、ルバント金貨を取り出すと、旅亭の主人は愛想たっぷりに頷いた。

「おお、うちのかみさんの酒は絶品だろう。五本でどうだい?」

「ああ、それでいい。じゃあ、達者でな」ブザンソンが金を渡して、馬屋に近い勝手口から出て行く。

 主人が貰った金を仕舞いに行こうとしたところ、男が表扉(おもてとびら)から入って来た。

「朝飯かい?」声をかけたが、薄汚れた身なりの男は(うつむ)いたまま、食堂の一席に座った。

 これまた人好きしない男が来たもんだと、主人はそそくさと厨房(ちゅうぼう)へ引っ込んだ。朝食を出して、さっさと引き()げてもらうに限る。

 男は頭を盛大に()(むし)った。(のみ)が数匹、(テーブル)の下に転げ落ちる。食堂の机に着いたサジハッサは、数日森の中をうろついたせいで、ろくに寝ていなかった。不死身のはずの自分が、なぜ眠気に(おそ)われるのか、食欲旺盛(おうせい)なのか、さっぱりわからないが、死なないだけで、他の機能はまともなのかもしれない。

 サジハッサは荷馬車を襲って、(だま)されたと気づいてから、誰一人として殺していなかった。最早(もはや)そんな気分ではなかった。この腹立ちを最初にやつらに返さなければ、何をしても満足を得ることができないと思ったからだ。

 眠気と苛々(いらいら)に神経質になっているサジハッサは、旅亭の給仕が水を持ってくる前に、食べ物の匂いに混じって、()いだことのある妙な生々しさに記憶が(よみがえ)るのを感じた。これは、血の臭いだ。そう察知した瞬間、男は椅子(いす)()ね飛ばして立ち上がった。

「いたぞ」サジハッサは、凶悪(きょうあく)(つら)で笑った。

 そして数人の客と給仕の女が茫然(ぼうぜん)としている中、旅亭を飛び出して行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ