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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
獣面の暗殺者
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 柱廊(ちゅうろう)の先にある丸天井(まるてんじょう)と列柱の玄関広間を抜けると、ブザンソンは大手門へ向かう前庭を横切って、血の城の外へと向かった。巡邏(じゅんら)中の兵士が数人、こちらへ来て戦士の像を見ようとしたが、城壁(じょうへき)上部の巡視路から別の上級兵に怒鳴られて戻って行った。

 大手門の前には、ブザンソンの荷馬車がすでに用意されて待っていた。彼は頼んでおいた二人の小姓(こしょう)に手伝わせて、騾馬(らば)から荷台を外し、三人がかりで戦士の像を馬車へ移した。

「やたらと重いすね、この像」ようやく像を荷台に()()えると、十歳前後に見える少年が額の汗を()きながら言った。

 ブザンソンは彼の後頭部を軽く(はた)いた。

「文句言うな! その分、おまえらの駄賃(だちん)は高くしてやってるだろ」

「文句じゃないす」すぐに叩かれた少年が言い返す。

「そうですよ、重いって言っただけじゃないすか」もう一人の少年も加勢する。

「ったくおめぇらはよぉ。口ばっか達者になりやがって」ブザンソンは一人の少年を背後からとっ捕まえて()し掛かると、力任せに抱き上げた。「そんな悪い子は、お母ちゃんのところに帰す前に、砂漠に放っちまうぞ!!」言って、少年を空中で振り回す。

 少年は(おど)されているにも関わらず、キャハハハハと大声で笑いながら手足をばたつかせた。「ぼくも! ぼくも!」もう一人の少年が自分もして欲しいと、ブザンソンの服を下から引っ張る。

 普段ならこんな風に子供と一緒になってはしゃいだりはしないブザンソンだが、戦士の像を人目につかない場所まで運べたことで、少し安堵(あんど)している部分があった。

 そのとき、運悪く荷馬車の横を通りかかった人物がいた。

「おい、おまえ達、何を(さわ)いでいる! 城の中だぞ。少しは(つつし)め!」

 馬車の荷台の後ろにいたブザンソン達は、笑うのをぴたりと止め、顔を見合わせた。子供を降ろしたブザンソンは相手の顔を見るなり、げんなりして眉を寄せた。

「なんだ、陛下のお付きの・・・・・・なんだっけか・・・?」わざととぼけて見せる。

「ブザンソン、貴様、城の内郭(ないかく)(さわ)ぐとは無礼にも(ほど)があるだろう!」

 その近臣(きんしん)褐色(かっしょく)の肌は、薄闇の中でさらに濃く見えた。同じ色の眸は、今は黒く見えるほどだった。ラドニクは側に同じような制服を着た二人の少年を連れていた。彼の所属する騎兵(きへい)部隊の制服なのだろう。彼らの周りには、まだ荷台に載せていない荷が木箱のまま、(いく)つも置かれていた。

「さっさとここを片付けろ。出入りする者の邪魔になるということがわからないのか」

 ブザンソンはラドニクに(しか)られて、肩を(すく)め、木箱の一つを持ち上げた。それから二人の小姓を手招き、彼らにも手伝わせようとした。

 子供達は制服のラドニク達を見て、(そろ)って(おび)えたように表情を強張(こわば)らせていたが、これ以上叱られまいと、(あわ)てて木箱を運びにやってくる。それが悪かったのか、一人の小姓が木箱を落として中身をぶちまけてしまった。

「おいおい、慌てるな」ブザンソンが駆け寄って、散らばった食器類や宝石箱を拾い集める。

 ラドニクと共にいた二人の少年兵は、子供達と商人が慌てるのを見て、くすくす笑った。ラドニクだけは、それを冷ややかな眸で見下ろしていたが、自分の近くに落ちていた雪花石膏(アラバスター)(かざ)り皿を拾い上げると、城壁の巡視路の明かりに(かざ)して、その()り細工を眺めた。

「ふん、おまえが扱っているものにしては、大層な代物(しろもの)だな」忌々(いまいま)しそうに呟く。

 浅葱水仙(フリージア)の花が(えが)かれたその飾り皿は、この城の薬師(くすし)が手放すというので、ブザンソンが買い取ったものだ。だが、ブザンソンはラドニクの手元を見て、飾り皿の絵柄ではなく、それが騾馬(らば)三頭分になることを思い出した。ラドニクが莫迦(ばか)げた衝動(しょうどう)で割るのを恐れて、ブザンソンはすぐにそれを取り返した。

「もういいだろう。すぐに出て行く。だから、ご友人を連れて行ってくれないか。この子達が(こわ)がって仕事にならん」

 どうにかして追い払いたかったのだが、ラドニクはブザンソンが嫌がることは、なんでもやりたいようだった。

「商人なら、他にも何か売れるものを持っているのだろう。見せてみろ」

「悪いんだが、もうおれっちも商売を終えて帰るところでね。見てわかるとおり」

 そんなことも見てわかんねぇのか、と暗に言ったつもりだったが、ラドニクはまったく意に(かい)さなかった。

「陛下に実にもならないものを売りつけて、用が済んだということか」

「とんでもない。陛下とはいつも通り、互いに良い取引をさせていただいたよ」

 ラドニクの眸が、荷馬車の荷台、その奥に置かれた戦士の像に止まった。

「それはなんだ?」彼は言って、勝手に荷台に上がった。続いて二人の少年兵も上がって行く。

「おい、おまえら、勝手なことをするな!」ブザンソンが怒鳴っても、三人は青銅の戦士を囲むと、四方からじろじろと眺め始めた。

「外海のもののようだな」ラドニクが言う。

「それにこれはかなり高そうですよ」と少年兵。

 馬車の後ろで苦虫(にがむし)()(つぶ)したように立っていたブザンソンも、仕方なく荷台に上がった。

「そうですよ、これは外海から運ばれてきたものですよ」

 仕方なく説明したブザンソンに、ラドニクは青銅の馬の鼻先を触りながら訊ねた。

「陛下にお見せしたのか?」

「もちろん。でもあまりお気に()さなかったようでね」

 少し考えたように押し黙り、ラドニクは思い出したように言った。「ノナ様には?」

皇女(おうじょ)様?」ブザンソンは聞き返した。「いや、彼女には・・・・・・」

「ノナ様は壁龕(ニッチ)に置かれた外海の像をいたく気に入ってらっしゃる。もしかすると、この像にも興味をもたれるかもしれない」

 ラドニクが初めて真っ当なことを言ったのだが、逆にブザンソンは嫌な冷や汗が出てきた。

「いやぁ、でも・・・・・・この像は・・・・・・」

「何か問題があるのか?」ブザンソンが困っているのを知り、ラドニクが薄笑いを浮かべる。

「いえね、幾らなんでも陛下のお下がりを皇女に見せるってのも、アレでしょう」

「おまえがそんな殊勝(しゅしょう)なことを言うとはな」

「いやいや、幾らおれっちでも、そういう礼儀は(わきま)えてるぜ」ブザンソンは、どうにかラドニクの眸を余所(よそ)へ向けようと、荷台に載せてあった木箱の一つの(ふた)を開けた。「だったら、これなんかどうだ? 陛下は小さい像にはあまり興味をもたれないから、お見せしなかったんだが、ノナ様が異海の神々の像を好まれるのなら、これの方がいいんじゃないか?」

 ブザンソンが取り出したのは、大理石でできた真っ白な像だった。薄布を(まと)った女性の座像だが、(かお)は人間のものではない。湾曲(わんきょく)した(くちばし)をもった鳥の貌をしている。翡翠(ジェイド)の卵を右手に(かか)げるように持ち、左手を(ふく)らんだ胸の谷間にそっと当てている。抱えられるほどの大きさしかなかったが、逆にそれがちょうど良い均衡(バランス)(もたら)していた。

「外海の精霊(せいれい)の像だ。何の精霊かまではわからんが、そっちの戦士の像より女の子が好みそうだろ」

 ラドニクの連れていた少年兵二人も、座像を眸にすると、見惚(みと)れたようにぽかんと口を開けた。

「どうだ?」ブザンソンはラドニクにこっちを持っていけばいいと、押しつけようとした。「代金は次に来たときでいいぜ。なんならおまえが買ってもいいし」

 しかしラドニクはそれを受け取らなかった。確かに、それは見事な精霊像だった。別の場所で眸にしたなら、ラドニクでも金額を問わず手に入れたいと思っただろう。それほど心()かれるものがあった。だが、ラドニクはブザンソンがとことん気に食わなかったのだ。

 アリッキーノが重用する人間はそういない。たかが交易商人だとしても、彼にとってはこの上なくいけ好かない相手だった。誤魔化(ごまか)されてたまるか、とラドニクは思っていた。

「そうだな、これも・・・・・・それから」ラドニクは戦士の像を指差した。「あれもノナ様にお見せしよう」彼はブザンソンの眸に戸惑(とまど)い以上の(いきどお)りが浮かんだのを見て、ようやく満足して微笑んだ。

 そして勝手に戦士の像を荷台から運び出すよう、二人の少年兵に告げた。

「おい、待てって!」ブザンソンが取り乱したように、精霊の像を木箱に入れ、駆け寄る。

 そのとき、二人の少年兵の内、貴族出身らしい品の良さそうな少年が、戦士の像に手のひらを当てていたのだが、「えっ」と声を上げた。

「どうした?」もう一人の前髪を上げた大柄な少年兵が訊ねる。

「なんだ? 中に何か・・・・・・」

 それを聞いて、ラドニクは無遠慮(ぶえんりょ)に、戦士の像の筋骨(たくま)しい裸の胸を叩いた。中で誰かが驚いたように、小さく声を立てるのが聞こえた。

「中に誰か入っているぞ。開けろ!」ラドニクは今にも像を破壊しかねない勢いで言った。

「いや、でも・・・・・・見ない方がいいと思うぜ」ブザンソンが落ちつかなげに呟く。

「いいから、開けろ!」ラドニクは少年兵達を(うなが)す。

「いや、それは本当に止めた方が・・・・・・」

「邪魔立てするなら」ラドニクが、すっと腰の剣帯(けんたい)に手を当てた。

 そこでブザンソンは初めて後ずさり、(あきら)めたように首を振った。

 ラドニクは二人の少年兵に手伝わせて、戦士の像を持ち上げた。戦車と戦士は接着されておらず、簡単に戦士は三人の手によって(わき)退()けられた。

「これは・・・・・・」

「だから見ない方がいいって言ったのに」

 唖然(あぜん)としたラドニク達に、ブザンソンは大きく溜め息をついた。

「なんなんだ、これは! 説明しろ!」ラドニクがわなわなと肩を震わせ怒鳴る。

「説明たって・・・ねぇ・・・・・・」

 ブザンソンはラドニクよりも、(うつむ)いて立っている中にいた人物に同情した。少女は青銅の戦車の上に立ち、自分が怒られているかのように、半泣きになっている。小姓達とそう年端(としは)の変わらない子供だ。

 ブザンソンは、ぼりぼりと頭を()くと、胸衣嚢(ポケット)から巻き煙草を取り出し(くわ)えた。それから荷台の外へ顔を出し、二人の小姓に声をかけた。

「おい、おまえ達、もういいぞ。後はおれっちが一人でするから、おまえ達は帰れ。ほら、駄賃だ」ブザンソンは、木箱を一ヶ所に集めて所在なさげにしていた小姓達を呼ぶと、落とさないよう手巾(ハンカチ)に小銭を包んでやった。

 小姓達は一度頭を下げ、それから荷台の奥にいる(おそ)ろしげな三人の兵をじとりと(にら)みつけてから、門の外へと走り去って行った。

「なぜ小姓を逃がす」ラドニクが背後から訊ねた。

「いやだって、子供に聞かせる話じゃないっしょ」ブザンソンはわざわざ説明しなきゃいけないのかと、嫌気(いやけ)が差した様子で答えた。「あんたんところの顧問官(おえらいさん)の一人が、こんな小さい女の子を何の目的で連れ込んだかなんて」

 ラドニクの顔がさらに(ゆが)んだ。「つまり・・・これは・・・・・・」押し殺した声で呟く。ラドニクの噛み締めた歯がぎりっと鳴った。

「そういうこと」ブザンソンには、ラドニクがこういう反応を示すのは、多少驚きだった。彼はあの冷酷無比(れいこくむひ)なアリッキーノの近臣だ。その彼がまるでまともな人間のように、少女に何があったのかを察して、嫌悪感を見せている。

「おれっちはこの子を遊里から連れて来て、(みな)さんにわからないようにお届けして、事が済んだら連れ帰るよう言われてるんだよ」

 ラドニクを始め、二人の少年兵も眉間(みけん)(しわ)を寄せていた。まだまだ若いね、とブザンソンは心中で嘲笑(あざわら)った。それから、もっとも残酷なことができる人物に仕えているラドニクを見た。

「まぁさ、陛下の相手をする遊女よりはマシな帰宅だと思うがね」

「貴様・・・・・・」ラドニクはさらに苛立(いらだ)ちを(あら)わにして(うな)った。

「どうすんだ? おれっちの荷を(あば)いたところで、表立って良いことなんか何もないと思うがな。これでも警備隊を呼ぶのか?」ブザンソンが飄々(ひょうひょう)と訊ねる。

 ラドニクは血管が切れそうなほどの、憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)で怒鳴った。

「さっさと片付けて出て行け!!」

 そして二人の少年兵を連れて、ブザンソンを押し退()けるように荷台から降りると、ざくざくと地面を蹴りつけるようにして大股(おおまた)にその場から去って行った。

「言われなくともそうしますよ」ブザンソンは一人呟き、それからハァ、と長く深い息をついた。

 血の城でブザンソンが一番憂慮(ゆうりょ)していたのが、ラドニクだったのだ。この戦士の像に少女を隠して目眩(めくら)ましにしたのも、ほとんど彼に見つかったときの布石の意味合いが大きかった。

 ブザンソンの方はそこまでラドニクをどうこう思っているわけではないのだが、あの少年には以前から、やたらと敵意を持たれていた。

 ――主人に近づく得体の知れない(やから)には、とりあえず全部噛みついておくって感じか?

 それにしても、とブザンソンは荷台でまだ困ったように立っている少女を見た。

 ――備えあれば(うれ)いなし、だな。

 後はジグリットの方がうまくいけば、問題なく血の城を離れられそうだった。


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