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騎士長グーヴァーと冬将の騎士ファン・ダルタ、この二人と共に剣戟の練習をしているジグリットとタスティンを、リネアはソレシ城の東窓から眺めていた。憎々しい陽射しは、燦々と彼らに降り注いでいる。日傘を侍女に持たせて外で見学するには、太陽は高過ぎた。
彼女は部屋で割れた花瓶を片付けているテマジを振り返った。
「ねぇ、テマジ。ジグリットが外で剣戟の稽古をしているわ」
「午後の授業ですね。皆様、がんばってらっしゃいますか?」
リネアは自分がわざと割った花瓶の水を拭き取るテマジの手を眺めた。彼女の手は酷く荒れ、がさがさになり茶色く変色していた。汚らしい手・・・女の手じゃないわね、とリネアは侮蔑を込めた眸でそれを見た。元は貴族だったらしいテマジは、今はただの端女の一人。こうはなりたくないものだとリネアは含み笑いを漏らした。
「楽しそうですね、リネア様」
何も知らないテマジが微笑む。リネアは心の内とは裏腹に可憐な表情を返した。
「ええ。とても楽しいわテマジ。ジグリットが今、冬将の騎士に打ち倒されたのよ。いっそ本物の剣だったらおもしろかったのに」
ふふふ、と笑うリネアに、テマジの顔が一瞬、曇る。その顔にリネアは、なぜか腹立たしい気分になった。
最近、自分の感情にわけのわからないイライラが募り始めていることにリネアは気付いていた。しかし、それが何を意味するのかは、いくら考えてもわからなかった。
ジグリットをやり込めると、その瞬間はスッと気分が軽くなったが、それはすぐにまたじくじくと湧き出してくるようだった。
テマジは花瓶を片付け終わり、リネアに一礼し部屋を出て行くところだった。リネアは彼女の二つに編んだおさげ髪をぼんやり見ていたが、そこで声をかけた。
「ねぇテマジ」
「はい、リネア様」
「おまえ、ちょっとその髪、長すぎやしない? 昨日、寝台に鳶色の髪が何本か落ちていたわよ」
テマジが眸を瞠り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すみません、リネア様。気をつけますので」
「気をつける? どうやって? そんな不潔な長い髪で仕事されると、わたくしも困るの」
「・・・・・・」
テマジの眸に怯えが生まれる。リネアは抑えていた苛立ちが一層膨れ上がるのを感じた。テマジの側に早足で近づくと、彼女のおさげを掴み、引き寄せた。
「あっ・・・・・・い、痛い・・・・・・」
テマジの髪を引いたまま、黒檀の化粧机に連れて行き、リネアは引き出しから鋏を取り出した。テマジの顔に恐怖が浮かぶ。
「や、やめてっ・・・やめてください、リネア様」
「わたくしが直々に切ってあげるわ。安心して。大人しくしていれば、耳まで削ぎ落としたりしないわよ」
テマジの眸に涙が浮かぶ。
「やめてください、後生ですから、リネア様っ!」
鋏の刃が擦れ合う音と共に、一束の髪が絨毯に落ちた。
「・・・ひぃっ・・・・・・」
身を竦めてテマジが声を詰まらせると、リネアは苛立ちがすうっと霧散して消えていくのがわかった。テマジはリネアから飛び退き、今は切られた左のおさげがあった方の頬を押さえて、しゃくり泣いていた。
リネアはそれを見ると、ささくれ立ったように不快で気分が悪くなり言った。
「早く行きなさい。呼ぶまで来なくていいわ」
テマジはいつもの一礼さえ忘れて、返事もせずに部屋を駆け出て行った。
「何よ、ちょっと髪を切られたぐらいで。どうせまたすぐに生えてくるじゃない」
大げさなのよ、とリネアは中庭の見える窓へまた歩み寄った。
そこでは、稽古を終えたのか、タスティンと冬将の騎士の姿はなく、今はジグリットと騎士長のグーヴァーが、北側の咲き終えた藤棚の下の長椅子に座って話しをしていた。
熱心に黒板にジグリットが文字を綴っている。その手に持っている白墨が、昼前に折ったはずなのに、また新しくなっているのを見て、リネアは眉をひそめた。
「テマジね。余計なことを」
さっき多少やりすぎたと思ったのが、莫迦みたいだ、と彼女は思った。




