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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
獣面の暗殺者
165/287

          4


 ナターシが再び(けやき)並木を抜けて、ジグリットの墓碑(ぼひ)に向かったときには、両脇に二人のゲルシュタイン兵の他、背後に四人の男達が連れ立っていた。四人は全員、外衣(マント)を押さえる金具に(はがね)(かたど)った椿(つばき)を用い、革の籠手(こて)の甲の部分にも同じ椿の紋様を刺繍(ししゅう)していた。

 四重僧兵(テトラフォニア)は四人一組で動く教会の戦闘集団で、四人で一班、それが三班で一分隊となる。さらに十分隊で一部隊となり、平時はほぼすべての部隊がフランチェサイズの近辺で、大聖堂にいる聖黎人(せいれいじん)少女神(コレツェオス)の護衛に当たっている。

 ナターシにも彼らが四人で固まっていること、それに少女神アンブロシアーナを捜していることからも四重僧兵だとわかっていた。彼らは今までの狂信者(ツェペラウス)達とは一線を画していた。その立ち居振舞(ふるま)いには有無(うむ)を言わせぬ迫力(はくりょく)があり、眸は何者も逃さぬよう常にぎらついていた。少女神を見つけ出さなければ、今すぐにでも冥府に()ちるとでも思っているかのようだった。

 アイギオン城で彼らにまず面通しさせられ、一瞬で彼らは全員、首を横に振った。そして下女の存在を知るなり、そこに連れて行けと言い出したのだ。

 アンブロシアーナがもう逃げていてくれるならいいのに、とナターシはあまり当てにできない考えを(めぐ)らしながら、木々の向こうへ眸をやった。徐々に見えてきた黒い御影石(みかげいし)の列は、最初と変わらず、死者を地面に押さえ込んでいるように並んでいた。

 そのうちの一つを眸にしたとき、ナターシは悲鳴のように叫んだ。

「ジャサスッ!!」

 一つだけ列を乱している墓石の前に、アンブロシアーナがうつ伏せになって倒れていた。思わず駆け出そうとしたナターシを、脇にいた二人のゲルシュタイン兵が(あわ)てて押さえる。

「何すんのよ! 離してよ!!」

 ()みつきそうな勢いで怒鳴ると、背後にいた四重僧兵の内の一人が静かに、だが内心苛立(いらだ)ったように言った。

「黙っていろ、(むすめ)

 そして四人はナターシとゲルシュタイン兵を追い越して、足早にアンブロシアーナの(もと)へ近づくと、彼女を囲うようにしゃがみ込んだ。

「少女神様、これは・・・・・・なんと(おろ)かなことを・・・・・・」

 彼らはそこが墓であり、その下に死者がいることが何を示唆(しさ)するのかを、すでに理解していた。

「すでに脈がない」一人が彼女の冷たい手首に指を当てたまま言う。

「連れ戻せるか、微妙なところだな」

「だが、やるしかあるまい。少女神様をここで失うなど、あってはならないぞ」

 四人は立ち上がり、お互いがすべきことを確認するかのように(うなず)き合った。その目配せに、数ヤール手前で立ち止まっていたナターシは、奇妙な雰囲気(ふんいき)を感じ取り、声をかけた。

「ちょ、ちょっとあんた達、何する気よッ!」

 しかし彼らは完全にナターシを無視した。

 一人が長剣(ちょうけん)(さや)から引き抜くと、向かいに立っていた男が毅然(きぜん)とした態度で告げた。

「おれが行って来よう。五分経って戻らなければ・・・・・・」

「わかっている」と三人が(そろ)って答えた。

 その直後、告げた男の胸を、向かいの男が長剣で突き刺した。刺された男はううっと低く(うめ)くと、その場に倒れ、三人の男達の足元で動かなくなかった。

「嘘でしょう・・・・・・」ナターシは震えながら後ずさった。両脇のゲルシュタイン兵達も恐怖に引き()った表情(かお)で立ち(すく)んでいる。

「黙っていろと言っただろう、娘」四重僧兵の三人の内の一人が腰を落とし、仲間の死を確認するため、男の首筋に手を当てながら言った。「これは必要なことだ。少女神様は冥府に行かれたのだ。そして何らかの問題に()い、戻れなくなっているのだ」

 長剣から血を払いながら、もう一人が言った。「我々は聖人ではないからな。救いを求める罪ある者だ。死すれば冥府に行くことになる。少女神様を連れ戻すために、この命を使えるのならば、それは(ほま)れ高きこと」そして剣を持った男は仲間の二人を見た。「五分経ったか?」

「そろそろだ」と一人が答える。

「次はおれが行こう」仲間を刺し殺した男は言って、自分の剣を隣りの男に手渡した。

 剣を手にした男は、何の躊躇(ためら)いもなく、隣りの仲間を突き刺した。ぐうっと刺された男が言葉にならない声を出し、胸を押さえながら倒れた。

 ナターシは自分が観ているものが信じられなかった。冗談だとしても、笑えない。しかしそれは(まが)うことなく眸の前で行われていて、二人の男がアンブロシアーナの側で死んでいた。そしてアンブロシアーナ自身も、すでに死んでいるのだ。

 ――これは一体、何なの!? この人達、何してるの・・・・・・!?

 同じことをゲルシュタインの兵士達も感じているのか、彼らは最早(もはや)ナターシの腕を掴んでいなかった。

 二人の死者を作った四重僧兵の残りの男達は、大したことでもないように互いを見合った。

「使えるのは、あと一人分だな。全員が冥府に行けば、少女神様が息を吹き返したとして、フランチェサイズまで同行する者がいなくなる。少女神様を一人にするようなことはあってはならない」

 男二人は悲しみすら浮かべず、五分経っても何も変わらなければ、またもう一人を殺す算段をしていた。

「しかし、次でも駄目(だめ)なら、少女神様が戻られる見込みは・・・・・・」

「そのときは大聖堂までお連れして、次の少女神様が主のお力で目覚めるのを待つしかあるまい。我々がそれを心配することは、許されておらんぞ」

 ナターシの耳元に近い場所で、ゲルシュタイン兵が呟いた。

「なんてやつらだ、本当に狂ってやがる」

 ナターシもそれに反論の余地はなかった。彼らはアンブロシアーナが生き返ると思っているようなのだ。そして、そのために二人は死んだのだ。そのときだった。

「少女神様ッ!!」

「アンブロシアーナ様・・・!」

 二人の男達がアンブロシアーナの側に(ひざ)をついた。ナターシはその二人の間から、アンブロシーナがかすかに身動きするのを(とら)えた。

「ジャサス、大丈夫なの?」

 彼女は起き上がらず、ただ離れていたナターシにも聞こえるぐらい大きく息を吐き出した。そして(かす)れた声で言った。

(ひど)い目に遭ったわ」

「でしょうな」

 そう答えた男の顔を見上げて、アンブロシアーナは驚き、悲鳴と変わりない甲高(かんだか)い声を上げた。

四重僧兵(テトラフォニア)、なぜあなた達がここにいるの!?」

「もちろん、少女神様、あなたを追って来たのですよ。聖黎人ユールカ様が大聖堂でお待ちです。さあ、帰りましょう。(みな)があなたを待っています」

 アンブロシアーナは倒れている二人の男の屍体(したい)を眸にした。そして彼らの死がどうやって(もたら)されたのか、その意味をも知り、愕然(がくぜん)とした。ゲルシュタイン兵に両脇を捕らえられているナターシを見上げたが、その視線は(から)まることなく地面に落ちた。

 軽々しく力を使った代償(だいしょう)に、二人の男が死んだことを、ナターシは見ていたのだ。彼女に残されているのは、頷くことだけだった。

「ええ、わかりました。帰るわ」とアンブロシアーナは弱々しく言った。

 二人の四重僧兵は笑みを浮かべ、一人が少女神を支えると、もう一人はゲルシュタイン兵に屍体の処理を頼み、彼らはさっさとその場を去って行った。

 ナターシはなぜかアンブロシアーナに、声をかけることができなかった。アンブロシアーナの眸は暗く(くも)り、躰は支えてもらわなければ歩けないようだった。

 四重僧兵と少女神が欅並木の先に消えると、ゲルシュタイン兵二人がようやく口を開いた。

「ったく、あいつら人の庭でやりたい放題だぜ」

()めろ止めろ、狂信者(ツェペラウス)だからな。見ただろ、これ・・・・・・」

 掘り起こされた墓とその側に倒れた二人の男に、兵士達は怖気(おぞけ)が走ったように口を(つぐ)んだ。そして二人の外衣(マント)をそれぞれ外すと、それで死者を包み始めた。

「おい、女。おまえももう行っていいぞ」振り返りもせず、一人が言った。「二度とここに入って来るなよ!」

 ナターシは答えなかった。ただ黙ってきびすを返した。背後から兵士達がまたぼやくのが聴こえた。

「幾ら少女神のためったって、死ぬこたぁないだろ。しかもあいつら、喜んで死んでたぞ」

「それが狂信者ってヤツさ。元から狂ってやがるんだよ」

 ナターシの足はそこから一刻も早く立ち去りたいと願っているかのように、段々と速さを増していった。暗い(かげ)が落ちる並木道を過ぎ、王宮の門へと急ぎながら、ナターシはわけもわからず泣きたくなった。

 途中まで掘り返された墓の中には木棺(もっかん)が見えたが、その(ふた)を開ける必要は感じなかった。ジグリットが死んだとは、たとえ屍体を見ても信じないに決まっていたからだ。今はただ、アンブロシアーナのことだけを(おも)っていたかった。彼女は少女神なのだ。今ほどそれを痛感したことはなかった。彼女のために、何人、何十人、いやそれ以上の人が、何の躊躇(ちゅうちょ)もせず、その命を差し出すのだ。そういった存在なのだ。

 ――ジャサスが望もうと望むまいと関係ないんだわ。あの子はああいう人達に囲まれて、主の妻として犠牲(ぎせい)になるように定められている。

 ――あたし、なぜ考えなかったんだろう。それがどういう事なのか。なぜもっとちゃんと考えなかったんだろう。

 ――もし最初からそうだとわかっていれば、ちゃんと認識(にんしき)さえしていれば、ジャサスが望むなら、あいつらに捕まらないように細心の注意を払って守ったのに。あの子が望む所に連れて行って、二度とあんな悲しい顔をさせなかったのに。

 考えても無駄(むだ)なこととわかっていても、止めることはできなかった。アンブロシアーナが目覚めて、二人の男の屍体を眸にしたとき、声には出さずとも、彼女が悲鳴を上げているのがわかった。あの男達が死んだのは自分のせいだと、表情が語っていた。

 ――なのに、あたしは何の声もかけず、あの子を行かせてしまったんだわ。

 もう二度とアンブロシアーナには会えないだろうと、ナターシは初めて悲嘆(ひたん)した。正門の()ね橋を一人渡りながら、ただ口ずさむしかなかった。彼女が動物(くさ)い屋根付き馬車で歌っていたあの歌を。今はたった一人で。


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