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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
123/287

          6


 チョザの街の人々が王宮への坂を(のぼ)って来たのは、上流階級(アルコンテス)の混合軍がアンバー湖畔(こはん)を出立したのと、ほぼ同時刻だった。市民代表者(プラエコー)ランドギフの説得によって、早朝のまだ薄暗い時分にも関わらず、民衆達は家族や親戚(しんせき)、商人仲間で連れ立って王宮へ避難してきた。

 内郭(ないかく)はあっという間に人の群れで溢れ返り、簡易の天幕(テント)が並んだ。タザリアの首都でもあるチョザの街には、推定でも十万人の人間が暮らしている。王宮の内郭は眸を(みは)るほど広かったが、それでもそれらすべての人を収容することはできなかった。民衆は王宮の周りの兵舎やその中庭、チョザへの道を(ふさ)ぐように地べたにまで陣取った。ジグリットの軍が出発するのに邪魔なほどだったため、兵士が総出で彼らを道の両脇に寄せなければならなかった。他にも民衆が不便を感じないよう、ジグリットはできる限りの助力をし、侍従や侍女は彼らの対応に追われた。

 アイギオン城の謁見室には、代わる代わるチョザの主要な職人組合や商人組織の団体が挨拶(あいさつ)や、ときには文句を言うためだけにジグリットを(おとず)れた。市民代表者の制止を押し切って、彼らはジグリットに厳しい質疑を浴びせかけた。中でもチョザの大工職人を(ひき)いる棟梁(とうりょう)などは市民代表者よりも鋭いことを言ったりもした。

「陛下、おれ達を見くびらないで欲しいな。あんたがおれ達を王宮へ入れたのは、貴族と平民が元来対立し合っていることを利用しようとしたんだろう? おれ達は街にいりゃあ、貴族軍から身を隠し、家の中で(おそ)ろしい時が過ぎるのを息を殺して待ったはずだ。だが王宮に連れてこられりゃあ、貴族軍がここに侵入したとき、おれ達も戦わなきゃならねぇ。貴族軍には傭兵(ようへい)も混じっていると聞いてる。傭兵どもは女子供を残虐に(もてあそ)び殺すだろう。おれ達はそれを阻止(そし)するために必死に戦う。あんたに(くみ)したわけでもないのに。だが貴族はそうは思わない。おれ達とあんたが一蓮托生(いちれんたくしょう)だとそう考えるはずだ」

 頭に麻布(あさぬの)を巻いた筋骨(たくま)しい棟梁は、手下十人ばかりを連れていたが、その(かしら)に負けず(おと)らず全員が頑健(がんけん)な大男で、眼つきは悪く街のごろつきにしか見えなかった。

 ジグリットはその大工職人が思いの(ほか)、洞察力があるので驚いたが、それを隠して明るく微笑(ほほえ)んだ。

「そこまで考えていたわけではないんだが、そう言われればそう取れるかもしれないな。でも、わたしはあなた方に戦ってもらうつもりで、王宮へ招いたわけではないんだ。それは本当だ。確かにここへ貴族軍が侵入すれば、もうわたしの命運は尽きたも同然。あなた方は散り散りに逃げるなり、何なりすべきだろう。だが、貴族軍を王宮へ入れるつもりは微塵(みじん)もない。必ずチョザでやつらを粉砕(ふんさい)し、貴族の首謀者共を捕まえるつもりだ。そのために、わたしの軍は全力で戦わなくてはならない。街であなた方が静かにただ息をひそめているだけだとしても、わたしは軍の指揮官達にこう言わなくてはならないだろう。まずは敵かただの大工かを見分けろと。それはほんの数秒のことだが、戦闘の際の数秒は死を招くには充分すぎる。判断する間に、わたしの兵は()られてしまうだろう」

「つまり・・・おれ達が街にいりゃ、その存在だけであんたの軍は動きが(にぶ)くなるってのか?」

 ジグリットが頷くのを見て、男は溜め息をついた。

「わかった。あんたを信頼するわけじゃねぇが、おれ達も命は()しい。もし王宮にまで貴族軍が侵入したら、そんときは女子供をあんたが言うようにアンバー湖から逃がし、おれ達は(かんな)(のこぎり)で時間を(かせ)ごう。ただし、それはあんたを守るためじゃねぇぞ」

「ああ、それで結構だ。あなた方を守るのはわたしの務めだが、逆はない。わたしはあなた方に守っていただかなくても結構」

 そのとき、隣りにいた冬将の騎士がジグリットの左肩を掴んだ。それは力強く、彼の任務への気概(きがい)を表していた。ジグリットは安堵(あんど)したように彼を見上げた。

 こういった質疑はあらゆる応対の中の一部に過ぎなかった。そのうち、ジグリットには彼らを相手にする時間も余裕もなくなり、街の人間の八割方が王宮へ避難したとの報告を受けると、次の準備に取りかからなくてはならなかった。

 人気のなくなったチョザの街に騎士長グーヴァーを指揮官として、二千の兵を配備する手筈(てはず)を整え、作戦のために謁見室は、今度は士官や騎士が入れ替わり立ち替わりし、混乱を極めた。

 グーヴァーを含めた前衛部隊が凱旋門(がいせんもん)へ、第二、第三以下の部隊が王宮への大通りや万一の場合に備えて北門に、西門には隻腕(せきわん)の騎士サグニダが五百の兵を連れて迅速に配置についていた。王宮の正門上部から南方を監視していた巡視兵から(しら)せが入ったのは、ほぼすべての部隊が整った後だった。

「混合軍の前衛部隊がまもなく凱旋門に到着しますッ!」

 ジグリットは王宮の民衆を守るためにも、すべての兵を街へ出すわけにはいかなかった。およそ五百の兵は王宮に残し、残りを街へ配備させていたが、今は本当にそれでよかったのか不安になっていた。しかしその憂慮(ゆうりょ)は長くは続かなかった。騒がしい内郭の民衆達の声に重なって、凱旋門を破壊しようとする破城槌(はじょうづち)の音がチョザの大通りを伝って、王宮にまで届いたのだ。ジグリットはいよいよ始まった戦いを前に、ぎゅっと(こぶし)を握り締めた。



 鋼鉄製の高さ十二ヤール、横幅二十五ヤールの凱旋門の両側には石造りの防備(とう)がついていたが、グーヴァーはそこに少ない射手を十五人ずつ登らせただけで、彼の残りの兵はほとんどが(かち)の兵士だった。

 閉まった扉の向こうに敵がわんさといることは、防備塔の上の兵士達の(わめ)き声で知っていた。彼らがそこにいる目的は敵を見ることだったが、すでにグーヴァーは門の向こうの隊列が縦陣(じゅうじん)を組んでいることを知り、彼らがほぼすべての兵士を南門に集中させ西門と北門に回す気がないことも確認していた。

 ――陛下とマネスラー公の考え通りだな。

 大勢の人数を展開できる最良の策として、貴族側が南門から王宮への一点突破で来るだろうことを予測したのはジグリットだった。

 防備塔の射手は訓練された伝令用の(はやぶさ)を、西門の指揮官であるサグニダへすでに飛ばしていた。王宮へ至る最短の経路が南門なので、貴族側はそこへ兵を集中させるだろうと踏んでいたのだ。

 さらに(いく)(はば)があるとはいえ、凱旋門を抜けるために縦列を組むことは必然。大通りを大人数で押して上がってこようとするなら、それはこちらの思惑通りだった。

 グーヴァー達は息を詰めてその場に整列していた。馬車四台が並んで走ることができる大通りには、兵士の板金鎧(ばんきんよろい)の縦列が等間隔(とうかんかく)にずっと王宮まで続いている。グーヴァーは冷たい籠手(ゴントレット)の指先を開いたり閉じたりして()れさせながら、長槍(ランス)を地面に突いて敵が入って来るのを待ち構えていた。彼の前後左右は、(やり)を振り回しても味方に当たらないように広く開けられ、限界にまで緊迫した空気に兵士達の吐く息が(きり)のように白く(ただよ)っていた。

 門の向こう側で戦いの狼煙(のろし)代わりとなる耳を(ろう)するような男の掛け声がし、最初の一撃が門に食らわされた。それは鉄の門を激しく震わせ、恐ろしい轟音(ごうおん)を立てた。グーヴァーの横に立っていた旗騎士(バナレット)が震え上がって、騎士長に悲痛な眸を向ける。騎士長はにやりと不敵な笑みを返し、続いて両側の防備塔にいる射手達に合図を送った。

 矢尻(やじり)に火をつけた火箭(かせん)が門の外側へ放たれる。悲鳴と叫び声、そして(たて)を頭上へ(かざ)すよう命じる、聞き覚えのある男の声がした。グーヴァーは彼が来ていることを知った。かつての部下であり、仲間だった男がこの前衛を指揮していることを。それが騎士長の戦意に火をつけた。グーヴァーは長槍を強く握り、早く敵とまみえることを(いの)った。

 防備塔では射手が懸命に門の外に向かって火矢を放っていた。しかしすでに敵も反撃を始めている。そのうちの幾つかの矢が門を越えて飛んで来ると、グーヴァーはそれを長槍で払い()け、周りの兵士に少し下がるよう叫んだ。

 直後にニ撃目の破城槌が門を打ち叩く。(じょう)となっている横木も鋼鉄製だが、それが(ゆが)むより前に門と連結している右側の防備塔の外壁がばらばらと落下した。射手達が塔が激しく揺れたのか、頭上で叫喚(きょうかん)している。グーヴァーは見上げて確認を取ろうとしたが、彼らは同時に飛んで来る敵の矢を避けるのに必死で、それどころではなかった。

 すぐに三度目の攻撃が落雷のように門を激しく鳴らす。防備塔はさらに外壁を落とし、射手が何人か落下した。近くにいた兵士達が仲間の屍体(したい)を前に短い悲鳴を上げる。グーヴァーはそれを見ながらも、射手に降りるようには命じなかった。彼らは全員あそこから降りるわけにはいかないのだ。それが射手としての使命であり、任務だからだ。防備塔が破壊される前に門を開くことも考えたが、次の四度目、そして五度目の攻撃で門と防備塔との連結部が(くだ)けた。巨大な鉄の門がこちら側へ倒れる前に、グーヴァーは全員を二十ヤールほど下がらせた。

 分厚い大門が倒れる轟音を待たずに、次々と槍や剣を手にした敵兵が乗り上げて来る。敵兵の間には黄金の軍旗が何本もはためいていた。吹き流しの紋章は二本の槍を交差させた半人半馬(ケンタウロス)。先陣を切って向かって来るならず者のような(いか)つい顔をした男達は(やと)われの傭兵達だろう。その先頭に薄黄色の外衣(マント)を背負った騎士がいた。男の顔を見るのは半日ぶりだった。グーヴァーは知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。そして叫んだ。

「さぁ来い! グラキーレッ!!」

 バスキオ・グラキーレは、騎士長が長槍(ランス)を片腕で軽々と回転させるのを見た。そして剣を抜きそれに答えた。

「根絶やしにするぞッ! 後に続けッッ!!」

 両軍の咆哮(ほうこう)がぶつかり合い、チョザの街に上流階級(アルコンテス)の混合軍が侵入して来た。


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