第三章 火炎に紛れし人々
1
この年の豪雪はチョザの街にも、そして王宮にも重く冷たく圧し掛かっていた。リネアは雪の季節はずっとそうであるように、その年も代わり映えせずソレシ城の部屋に篭って刺繍をしたり読書をして時間を潰していた。
アイギオン城が騒がしいときは、彼女が耳をそばだてずとも、侍女のアウラが走って来て、必要のない話までべらべらと喋ってくれるので、もちろん上流階級が血気に逸っていることも知っていた。
ただリネアはジグリットに干渉しようとはしなかった。今はまだ静かに状勢を観ている方が良いと思っていたからだ。しかし侍女にはそれがわからなかった。アウラはどれだけ詳細に謁見室で起こっている事件や噂を口にしても王女が動かないことので、ここ数日いらいらと気を揉んでいるのだった。
「リネア様、いい加減一度は謁見室にいらっしゃった方がよろしいのではないですか?」
部屋の鳥籠を掃除しながらアウラが言うと、リネアは真紅の刺繍糸を布に縫い付けながら笑った。
「いいのよ、放っておけば」
「ですがリネア様、本当に上流階級だけでなく、今度は騎士や近衛隊の隊員までもが王宮を去って行こうとしているというのに、あのジグリットったら――」
「アウラッ!」突如リネアは彼女を叱責した。
アウラは驚いてすぐさま肩を竦めた。
「す、すみません・・・・・・リネア様。つい・・・・・・」
リネアはアウラがほんの一瞬でもジグリットの名を口にしようものなら、彼女を手酷く叱った。
「どこに耳があり口があるのかわからないのよ。滅多な場所でその名を口にしないでちょうだい」
「は、はい、わかっております」叱られてアウラは口を噤んだ。
しかしリネアは彼女がまだ不満に思っているのを見て取り言った。
「わたしはね、アウラ。あの子がこの事態を収拾できなくても構わないのよ。ただどうするつもりなのか見ていたいだけ」
鳥籠から眸を離して、侍女はリネアが笑みを浮かべながら恍惚とした様子で言うのを見た。
「だって面白いじゃない。もうすぐ反乱が起きて、あの子は今の地位を維持するために必死になるでしょう。わたしはどちらでも構わないの。あの子が勝とうが負けようがね」
わからないといった顔でアウラは訊ねた。
「でもリネア様、もしジグ・・・・・・あいつが負けたら、デザーネ一族が王族を根絶やしにしようとするはずです。リネア様にもやつらは何をするか・・・・・・」
「何をするか、ですって?」リネアはふふっと笑みを漏らした。「何もできやしないわよ」
「どういう事です?」
「だって、あれはジューヌ・タザリアではないのよ、アウラ」真紅の糸を縫い終わり、リネアは口元に布を近づけると糸を噛み切った。「あれは生まれの知れない卑しい孤児なのよ。つまり、わたし達みんな、あの子に騙されてたってことでしょう。デザーネ一族が現タザリア王を斃したとしても、それはタザリア王の身分を騙っていた孤児。残念ながらタザリア一族の者ではないの。あの子が死んだらわたしが出て行って、本当のことを話せばいいわ。次にタザリアに立つのは、クストー・デザーネではなく、正統なる生きたタザリアの血であるわたしに決まっているでしょう」
リネアの言葉にアウラは息を呑み、怖くなって自分の握っている羽根箒を見下ろした。
「だから心配しなくていいのよ、アウラ。これから始まる反乱なんて、わたし達にはまったく関係ないんだから。あれは孤児と貴族の争いよ。タザリアは関係ない。だから傍観して楽しめばいいの」リネアは心底楽しそうにくすくす笑った。