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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
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          7


 数日後、北西から降りてきた寒気によって静かに湿(しめ)ったぼた雪が降っていた午後。謁見室は松明(たいまつ)(とも)していても薄暗く、ジグリットは自分の前に現れた多数の男達に驚愕(きょうがく)の眼差しを向けていた。

 普段は肌寒い謁見室は彼らの熱気に生暖かく、玉座の隣りに立っているマネスラーはいつも以上に苛立(いらだ)った様子で腕を組んでいた。ジグリットのもう片方の(わき)では、騎士長のグーヴァーと近衛隊長のフツが、マネスラーとそう変わらない面持(おもも)ちで、目の前に並んだ騎士や近衛隊員、それに一般兵の一群を(にら)みつけていた。

 彼らは騎士と近衛隊員を最前列に、後は士官やそれに連なる位階順に謁見室の扉口まで長々と整列していた。

 最初に最前列の中央に立っていた騎士が進み出て来ると、ジグリットはその生真面目(きまじめ)な顔をした騎士グラキーレが何を言うにしても、面倒なことになるだろうと確信した。グラキーレは貴族出身者の中でも上流階級(アルコンテス)の十家の一員であり、類稀(たぐいまれ)な先導力を持った騎士だったからだ。

 案の定、グラキーレはその良く響く声で王に、また謁見室全体に広がるように宣言した。

「われわれ騎士団の騎士と近衛隊の隊員、(ほか)合わせて総勢百五十ニ名は、今日この時を(もつ)て、わたくしことバスキオ・グラキーレを筆頭に、陛下、あなたではなく、上流階級のクストー・デザーネ様の傘下(さんか)()かせていただきます」

 ジグリットは彼の真摯(しんし)な言葉に賛同して、眸を輝かせている背後の騎士や近衛隊員、それに兵達を見た。彼らは一分の迷いもないかのように、ただグラキーレと共に王宮を去ることが新たな使命の第一歩であるかのごとく、王に対する敵意よりも深い信義のためにそうするように、乱れず動かず、誰一人口を開くことなく突っ立っていた。

「貴様、真っ向から裏切るつもりか!!」グーヴァーが叫んだ。

 しかしグラキーレの表情には何の躊躇(ちゅうちょ)もなかった。

「そう受け取っていただいて結構です。わたしには妻も子もおります。彼女達を守るためにも十家に逆らうことはできません」

 あまりにも率直(そっちょく)な態度を取るグラキーレに、ジグリットはすでに自分が何を言おうと変えられないのだと知り、ただ片手を彼に振り返した。

「好きにしろ」

「ジューヌ様ッ!!」すぐにグーヴァーが愕然(がくぜん)として王を(いさ)める。

 しかしジグリットもそう簡単に許したわけではなかった。騎士や近衛隊員、それに百五十二名もの兵の損失は軍備的に手痛いことは確かだ。だが、たとえグラキーレに追い(すが)ったところで、状況は変わらないとわかっていた。

「家族を捨てられないのは、仕方がないことだ」

 ジグリットが言うと、グーヴァーは地団駄(じだんだ)を踏むかのごとく(うめ)いた。

「しかしッ・・・・・・!」

 グラキーレは玉座に向かって深々とお辞儀(じぎ)をすると、自分の上官でもある騎士長のグーヴァーに苦悩を(にじ)ませながら言った。

「戦友でもあるあなたと敵対するのは、わたしも心苦しいのです。わかって下さい、騎士長。それでもわたしには守るべき家族がいて、陛下の(おっしゃ)る通りそれを見捨ててまで、ここにはいられません。貴族と平民との区別は必要(わく)なのです。それを陛下が無下(むげ)になさったことが、わたしには残念でなりません」

 グラキーレと眸を合わしたとき、ジグリットの心に何かが告げた。上流階級がこれからしようとしていることの意味を、そして彼らが去る意味を。

「陛下はまだお若い。クレイトス様なら、この窮地(きゅうち)を生むことすら許さなかったでしょう。あの方は貴族的精神を持っておられた。しかしあなたの中にそれを見出だすことができなかったことは、もしかしたらわたし共の眸が(くも)ったからかもしれません。わたしはわたしの忠義において、王宮を去ることがどういうことかを理解しております。あなたはこの場でわたしを断罪することも、すぐに追手を出し、わたしを()つこともできます」

 ジグリットは冷ややかに眸を細めた。今なら敵になる前に彼を殺し、さらに王宮を出ようとしている腕の立つ騎士と近衛隊員だけでも始末できるだろうことはわかっていた。しかしその後に(もたら)される彼らの親であり家族である貴族達の憎悪(ぞうお)を考えると、割に合わないと考え直すだけの余裕がジグリットにはあった。

「なぜぼくがそんなことをしなければならない。グラキーレ、ぼくは無益な殺生(せっしょう)は好まない。出て行きたいなら出ていけばいい。敵になるなら、次は敵として向かってこい。そのとき初めて、ぼくはおまえを裁く責務を果たすだろう」

「では、そうさせていただきましょう」

 グラキーレは背を向け、自分と共に去ることを決めた貴族出身者達に謁見室を出るよう指示した後、退室していく彼らを待って、振り返った。そのときには謁見室にいる彼の仲間は十七人の騎士だけだった。

「陛下、言い忘れていましたが、あなたがクレイトス様より抜きん出ているものが一つだけありました」

 ジグリットは前王であるクレイトス・タザリアに何一つ(まさ)るところなどないと自負していた。怪訝(けげん)な眸を向けたジグリットに、グラキーレは優しげに言った。

「あなたはいつでも自分に(うそ)のない選択をする」

 騎士が出て行くと、静かになった謁見室に近衛隊長のフツの声が響いた。

「なんだ今のは、嫌味(いやみ)か?」

 フツの無遠慮(ぶえんりょ)な言葉にその場にいた全員が(まゆ)を寄せたが、ジグリットだけはそれを聞いて思わず笑みを()らした。


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