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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
113/287

5-1

          5


 王宮の正門の()ね橋から出て、チョザの街へ下りる途中の坂に沿って兵舎は造られていた。広い敷地に囲われているため、長い板塀(いたべい)が坂の下まで続いている。冬将の騎士は硬い雪を鉄鋲(スパイク)のついた長靴(ブーツ)でざくざくと押し(つぶ)しながら歩いて行った。扉の前にいつもいるはずの近衛兵の姿はなく、それが単に当番をさぼっているのでないことは確かだった。雪は降っていなかったが風は強く、重い鉄枠(てつわく)()まった扉はなぜか開いていた。(じょう)の代わりについている黒い鉄鎖(てつさ)がだらりと垂れていたが、それは彼の見ている前で強風に揺れ、鋭い音を立てて扉を何度か(むち)打った。

 騎士が扉を(くぐ)る前から、兵舎からは複数の重なり合う(わめ)き声が聞こえていた。それは聞き取れないほど複数からなり、まだ声変わりしたばかりの甲高(かんだか)いものから、(しわが)れたもの、どすの()いたものまで、膨らみ切って意味を成さない一つの騒音だった。

 騎士は自分の腰に下げた漆黒の長剣(ちょうけん)柄頭(つかがしら)に手を置き、ついで反対側に下げている短剣(ダガー)にも眸をやった。二本の短剣はそこに大人しく鎮座しており、彼が昨夜(みが)いたままの状態で、使われるときを待っていた。騒々しい兵舎へ騎士は足を踏み入れた。そのときには、彼の眸にも兵舎の二階の窓が開け放たれ、そこから見知った騎士の一人が自分を呼んでいるのが見えていた。しかしその平民出の騎士がなんと言っているのか、口の動きだけでは判断できなかった。

 彼は走り出し、やがて兵舎の正面玄関から入ると、ニ階へ上がろうと階段へ向かったが、南北にある階段の両方とも、上へ行こうとしている平民出の兵達が押しつ戻りつして混雑していた。彼らは冬将の騎士に気づくと、上へ行こうとするのを止め、今度は眸の色を変えて(すが)りついてきた。

「冬将の騎士様、助けてやってください!」

「あれはクヴァラのヤツが先に剣で(なぐ)ったんです」

 彼らの手があらゆるところから伸びてきて、騎士の腕や肩や腰に掴まろうとした。ファン・ダルタはそれを器用に払い()けながら、同時に少年達を左右に分けて前へ進んで行った。ニ階へ辿り着く頃には、彼も大体の経緯(けいい)がわかるほどに、少年達は(そろ)って多弁だった。

 ニ階ではまた一変して人がぱらぱらと散在していた。冬将の騎士の前には貴族出の二人の炎帝騎士団の騎士がこちらに背を向けて立っていて、彼らの背甲(バックプレイト)(ねずみ)色に輝いていた。

 ずっと前方に騎士長のグーヴァーと平民出の騎士ハズレアが、背後に少年兵達を従えて、いつでも剣が抜けるとばかりに柄を握り、前屈(まえかが)みの姿勢でこっちを睨んでいるのが見えた。すでに一触即発の状況だった。

 ファン・ダルタは眉を寄せ、面倒なことに関わる不満をかすかな舌打ちで示し、後は両者の間に躊躇(ちゅうちょ)せず入って行った。貴族出身の騎士二人は、真後ろから冬将の騎士がすっと出て来ると、(おく)ればせながらも慌てて左右に広がり剣を抜こうとした。

「抜くな!」ファン・ダルタは二人の間で止まり警告した。「抜いたら敵とみなす」

 その背筋が震え上がるほど冷たい声音(こわね)に、二人の騎士は(やいば)(さや)に収めたまま固まった。

 廊下の中央に進み出たファン・ダルタの眸に、最初に事件を知ったときと寸分(たが)わぬ場所にクヴァラの屍体(したい)が転がっているのが見えた。彼はその士官の屍体の(わき)まで来ると、貴族側と平民側の中間地点で両者を見据(みす)えた。

如何(いか)なる理由があろうとも、今この時を()って、みだりに剣を抜いた者は、即刻(そっこく)俺が斬り捨てる」

 一瞬場は静まり返った。しかしすぐに貴族側の騎士の一人が叫んだ。

「何の権限があって――」

「陛下の御意(ぎょい)があって、ここにいる」冬将の騎士は不平を(さえぎ)った。「冷静になり、話し合いで解決すべきことだ。今から全員を陛下の(もと)へ連行する」

 貴族側の騎士が廊下の後ろからまた一人、そして二人と現れると、その内の誰かが口にした言葉が聞こえた。

「平民出のくせに」

 気づけば炎帝騎士団の騎士五人が、冬将の騎士の前に酷薄(こくはく)な眸をして立っていた。

「殺人者を始末するのに、ジューヌ様は必要ない」貴族側の騎士の一人、ラゼフが言った。まだ新米の若い騎士だ。彼のこんな堂々としつつも、露骨なまでの敵対意志を見たのは、ファン・ダルタも初めてだった。いつものラゼフは他の騎士の後ろで(うつむ)いているばかりで、グーヴァーやファン・ダルタが話しかけると()じらいと緊張でいっぱいになってしまう普通の青年だったからだ。

「そんなわけにいくか!」言い返したのはグーヴァーだった。「貴様らも騎士なら、正々堂々と国王の前で証言しろ!」

 ファン・ダルタを(はさ)んで、彼らは互いに言い合いを始める。

「審理は必要ない!」一人の騎士が言うと、五人の騎士全員が揃ったように叫んだ。「必要ない!!」

 ファン・ダルタはくだらない差別意識に付き合うつもりもなければ、それを口にする(おろ)かな(いさか)いにも、ただ(あき)れるだけだった。彼らが何に対して威厳(いげん)と感じているのか、誰に対して(すぐ)れていると感じるのかなど、どうでもよかった。自分の仕事は、彼らをそっくり謁見室へ連れて行き、そこで王が望むように裁定させることだ。しかし彼らは全員、頭に血が昇っているばかりか、今は少年兵と同等に聞き分けがなかった。

「おまえら、それでも騎士の称号を持つ者か。子供相手に大人げない」冬将の騎士が言う。

「殺人者だ!」

「クヴァラを殺したんだぞ!」

「原因が何にあるのか聞かずに、どちらが悪いとは言えない。とにかくここで血を流すのは、殺人者よりも始末が悪い。なにせおまえ達の方が強いことは、戦う前からわかっているんだからな」冬将の騎士は貴族側にそう返すと、今度はグーヴァーに顔を向けた。「騎士長、クヴァラ士官を殺したという少年はどこです?」

「それが・・・・・・こいつらが隠して言わんのだ」グーヴァーは少年兵達を指した。

 ファン・ダルタは注意深く辺りを見渡し少年兵全員に言った。

「ジューヌ様がお呼びだ。無用な争いをここで止めるためにも、陛下に裁定を(ゆだ)ねてはどうだ? ここで中立でもなく階級差別によって処刑され、全員が血を見るまで戦うのか? それが正しいか(いな)かは別として、他の者まで犠牲(ぎせい)にするのか?」

 しばらく全員が沈黙していたが、やがて少年兵の群れの中から、一人のぼさぼさ頭の色黒な少年が進み出てきた。もう彼の仲間はそれを止めようとしなかった。

 グーヴァーが少年の(そば)へ行き、彼の確認を取るのを眺めながら、冬将の騎士は貴族側が動き出さないよう眸を光らせていた。貴族出の騎士達は揃って剣の柄頭に触れていたが、ファン・ダルタの眸を気にして抜こうとはしなかった。


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