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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
111/287

4-2

 アイギオン城の謁見室(えっけんしつ)は広く寒かったが、ジグリットは飾り気のない灰色の野兎(のうさぎ)の毛皮を肩に掛け、長机でマネスラーと昼食を()っていた。時間は限られていて、食事をしながらでも二人は仕事の話をしていた。

 国王としての仕事は朝から晩まで休みなく続くもので、午前中にはナフタバンナから到着したばかりの隊商が拝謁(はいえつ)に訪れたり、紫暁月(しぎょうづき)の年明けには交替するバスカニオン教の司祭がアルケナシュ公国の首都であるフランチェサイズへ帰還する(むね)を伝えにやって来たりと、来客が多かった。今はそれも午後まで止められているため、ようやくジグリットは少しばかり安らいでいた。

 しかし時折(うつ)ろに返事だけはしているジグリットとは違い、昼食中でもマネスラーは書類を離さずほとんど皿に意識を向けていなかった。ジグリットは大蒜(にんにく)で味付けされた腸詰(ソーセージ)を口にしていた。()み切った途端、肉汁がマネスラーの持っていた書類に飛ぶ。それを眸にしたマネスラーは、眉間を寄せてジグリットを(にら)んだ。

「陛下、ここ数日のアンバー湖での調査報告が届いております」

 マネスラーは先ほどから、ジグリットが頼んだ上流階級(アルコンテス)の周りで極秘に動いている内通者からの報告をしようとしていた。

 謁見室にいるのは他に騎士長のグーヴァーと、扉の前に突っ立っている近衛隊の隊員二人だけ。グーヴァーは朝と夜の二回だけ食事することにしているので、今は離れた場所で石像のように身動きせずに立っていたし、近衛隊員にはよっぽど大声を出さない限り、二人の会話が聞こえることはないだろう距離があった。

「どうやら他の中流貴族にまで、彼らの手が伸びているようですね」マネスラーは器用に片手で書類を見ながら、もう片方の手で肉叉(フォーク)を持ち食事をしていた。

「中流貴族は元から上流階級の言いなりだ。今さらじゃないか」

 ジグリットが言うと、マネスラーは萵苣(レタス)を口に強引に押し込みながら彼を睨んだ。(のど)へ流し込むまで教師は黙っていたが、それも無理やり飲み込むと怒ったように口を開いた。

「陛下、上流階級がすべての貴族を懐柔(かいじゅう)する動きを見せているというのは、今までなかったことですよ」

 ジグリットは軽い調子で皮肉った。

「不穏な動きなら昨日今日に始まったわけでもないだろう。カタソルドの屋敷に(もぐ)り込ませた小姓からの報告はあったか?」

「それが・・・・・・昨日から彼とは連絡が取れていません」

「・・・・・・」嫌な気分になってジグリットは肉叉を机に置いた。「最後の報告を覚えているか?」

「もちろんです。調書にも記載されておりますよ。ご覧になりますか?」

 書類を()るマネスラーに首を振る。

「結構だ。ぼくも覚えている。彼はカタソルドがナフタバンナに従者を送ったと書いていただろう。もしかしたら良くない徴候かもしれないと」

「ええ、元来カタソルドは貿易商人ですから、ナフタバンナの商人と取引があってもおかしくはありません。しかし白帝月(ふゆ)の暴風雪が本格化しているこの時期に、わざわざ従者を送るということは、秘密裡(ひみつり)に何か事を進めようとしているのかもしれませんね」

 ジグリットはサンデルマンの屋敷を襲撃したときから、ずっと上流階級の動きには注意を払っていた。もちろん十家すべての屋敷に間諜(スパイ)を潜り込ませている。チョザの路地裏に住む貧しい孤児を集め、小姓や従者として屋敷に入れたのだ。彼らの仕事は、その一族の動向を探ることだ。危険なことまでやらせるつもりはなかった。危なくなったら逃げていいとも言ってある。しかし今一人消えたことを、ジグリットは重く受け止めていた。

推測(すいそく)の域を出ないが、何かあったと考えよう。別の者をカタソルドにつけてくれ。もちろん厳重に注意が必要だと言っておいてくれよ」

 マネスラーは不服そうに顔を(ゆが)めたが、反論はしなかった。孤児は仕事に嫌気が差して逃げたのかもしれない。いや、そうだろうと彼は考えていた。最初からマネスラーは孤児を使うことに反対だったが、幾らでも身元を変えられる彼らほど貴族の家に潜り込みやすい人間はいない。人選としてはこれ以上ないので、仕方がなかった。

「他の屋敷の様子はどうなんだ?」ジグリットが訊ねる。

「もちろん片時も眸を離すことなく見張らせていますよ」

 そのとき謁見室の扉が開き、漆黒(しっこく)(よろい)(いか)めしげな顔をした冬将の騎士がずかずかと入って来た。扉の前に立っていた近衛隊の隊員が止めようとしたが、騎士は眸もくれずにさっさとジグリットの方へ向かって来る。

「おい、ファン・・・無礼だぞ・・・・・・」

 グーヴァーが制止しようとするのも構わず、騎士はジグリットの真ん前に来ると立ち止まった。

「陛下、ちょっとよろしいですか?」

 男の声に緊張に似た硬さを感じ、ジグリットは頷いた。騎士は真横に来るとしゃがんでジグリットの耳に口を寄せる。しばらくして、まだ話している途中の騎士にジグリットは大きく眸を見開いた。

「なんだって!?」その大声にマネスラーだけでなく、グーヴァーまで顔をしかめている。「本当なのか、それは」

「ええ、どうやら貴族出身者から仕掛けたようです」

 ジグリットは苛立(いらだ)ったように立ち上がり、謁見室を出て行こうとする。それを追ってマネスラーが声をかけた。

「陛下、どこへ行かれるのです」

「すぐ戻る」

「あなたが行って、何とかなるのですか?」相変わらず陰鬱(いんうつ)面持(おもも)ちの男に後ろから言われて、ジグリットは立ち止まった。

「聞こえていたのか?」

「いいえ、ですが予想はできます。騎士か一般兵かはわかりませんが、貴族出身者とそうでない者との間でいざこざが起きたのではありませんか?」

「なんだと!?」今度はグーヴァーが大声を上げた。

 ジグリットは騎士長と相談役である二人の男に答えた。

「・・・そうだ。だが事態はマネスラーが言う以上に悪い。兵舎で騎兵部隊の士官が殺された。そうだな、ファン・ダルタ」

 確認したジグリットに、冬将の騎士は冷静な態度で頷く。

「はい。兵舎二階の廊下で兵士達が大騒ぎしていたので見に行くと、クヴァラ騎兵部隊の上官、ラズ・クヴァラ士官が胸を稽古剣(フォイル)で突かれて亡くなっていました。わたしが側で確認したので確かです。貴族出身者の別の部隊の士官らが、犯人はクヴァラの部下である平民出身の少年兵だと言っています。少年を引き渡すよう士官らは、平民出身者の集団に食ってかかり、互いに渡す渡さないだのと、どちらも譲らず膠着(こうちゃく)状態です。その場所から全員退散するよう命じましたが聞きません。少年だけでも連れて来ようとしたのですが、少年兵の集団は彼を隠して出そうとしません。いまはまだ互いに牽制(けんせい)している状態ですが、すぐに本格的な乱闘になるでしょう」

「それを早く言わんか!」ジグリットを追い抜いて、グーヴァーは謁見室を飛ぶように走り出て行った。


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