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数日後、王宮の厩舎で用事を済ませて、アイギオン城へ戻っていた冬将の騎士は、マウー城の西壁の前で数人の板金鎧を着た男達が群れているのを見つけた。
全員よく見知った顔ばかりだ。それもそのはずで、彼らはファン・ダルタと同じ炎帝騎士団の騎士達だった。長身で逞しい四、五人の男達は、中央にいる一人を囲んで何か文句をつけているようだ。
ファン・ダルタは足を止め、嫌々ながら近づいて行った。本来なら大した喧嘩でもなければ、口出ししたりはしない。個人的な諍いに首を突っ込むなど、彼の主義には反している。しかしここのところ、騎士団の騎士の中でも小競り合いが多く、仲間内での関係が日毎に険悪なものになっていることに、ファン・ダルタも気づいていた。放って置けば、そのうち大騒動になりそうな予兆さえあった。
「おい、おまえら何やってる」
離れた場所から声をかけた途端、五人の騎士全員が彼を振り返った。
「冬将の・・・・・・」相手が誰か認識した後の彼らの行動は素早かった。「行こうぜ」「ああ」四人の騎士が応えもせずに、その場から去って行く。
「おい、おまえ達」
追いかけようとしたファン・ダルタに、残された一人の騎士が駆け寄って押し留めた。
「いいんです、何でもないんですから。気にしないで下さい」
「そんなわけにいくか」
この時点ですでにファン・ダルタは彼らが何を揉めていたのか、見当がついていた。言い掛かりをつけられていた騎士は平民出身のバセル・ハズレアで、去って行ったのは皆、貴族出の騎士達だ。
「もしかして、ずっと前からこの調子なのか?」
問いかけたファン・ダルタに、ハズレアは肩を竦めて肯定とも取れる曖昧な返事をした。
「わたしが騎士団の騎士に任命される以前から、貴族出身者による平民への風当たりは強いものでした」
ファン・ダルタにもそれは充分、身に覚えがあった。彼も騎士になる前は、貴族出の上官に莫迦げた難癖をつけられたり、他の貴族出身の兵ではあり得ない不等な扱いを何度も受けてきていた。田舎から出てきた平民への指導だ何だと、彼らは言いたい放題だったが、要は上位に立つ者の愉悦に浸りたかっただけだ。ファン・ダルタはできるだけ我慢したが、数回切れて上官を叩きのめしたこともあった。
騎士団の騎士に任命されてからは、そういったことはかなり減り、さらに冬将の称号を与えられてからは面と向かってそういう態度を示す輩はいなくなったが、もちろんいまだにそうした差別意識が根強く残っていることはわかっていた。反抗できない兵の方が多いせいもある。増長している貴族出身者に対抗するには、彼らが文句をつけられなくなるぐらい強くなる必要があった。そうでない者は、ただ甘受するしかないのだ。
「しかし、最近はもっと酷くなっていて、わたしなんかはまだマシな方です。ああやって言い掛かりをつけてくるだけですから。兵舎では貴族出の士官がほとんどでしょう。彼らは下の者に暴力まで振るうようになっています。おかげで若い少年兵の中には、上官に対する不平不満が膨らんでいて、兵舎はいまや殺伐とした状況ですよ。上下間での小競り合いも増えています。このままでは、本当に何か起きるかもしれません」不安そうな顔でハズレアはそう言うと、疲れた表情で立ち去って行った。
冬将の騎士は、ジグリットが王位に就いてからというもの、兵舎で寝泊りすることはなくなっていた。彼はジグリットに黙って、夜間は王の居室の隣り部屋で仮眠を取っていたからだ。
同じように兵舎の状況なら、忙しくしている騎士長グーヴァーもまた知らないはずだ。騎士長の私室もアイギオン城にある。ファン・ダルタの足は自然と、王宮の外郭にある兵舎へと向かっていた。