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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
103/287

3-2


 戴冠式、当日。ジグリットは早朝から式の進行について何度もグーヴァーに復習させられ、侍従のウェインと中年の侍従頭にきらびやかな衣装を着せられ、天鵝絨(ビロード)の紫の外衣(マント)に腰には金細工の装飾用の剣を差し、ジューヌの板金の耳飾りまで丁寧に磨かれて、アイギオン城の大広間に立っていた。

 太陽が昇り始めた頃、本来ならクレイトスが(かぶ)せるはずだった王冠を、代わりにエスナ王妃が彼の頭に載せると、広間に集まった騎士や兵から盛大な歓声と拍手が()き起こった。

 ジグリットはこういった見世物めいた儀式が苦手だった。早く終わればいいのに、とジグリットはふてくされた顔で王冠を頭に立ち上がった。燃えるような柘榴石(ガーネット)や森を思わせる橄欖石(ペリドット)()めこまれた王冠は黄金色に輝き、ジグリットの頭には少し大きかった。彼は何度か眸の前が見えなくなり、それをずり上げるのに四苦八苦していた。

 そのまま広間を出ると、ジグリットは騎士長のグーヴァーと近衛隊長のフツを連れて、後ろにはぞろぞろと騎士を二十人あまり従えてアイギオン城から出た。城の正面階段を降りると、すぐそこに彼らの乗る飾り立てられた馬車と(くら)つきの軍馬が待機していた。ジグリットは馬車を見て、かなり興醒(きょうざ)めして、投げやりな気持ちになった。

 屋根のない四頭立ての馬車は引き馬すべてが白馬で、馬の(かぶと)は金色。馬体には黒き炎の紋章が描かれた白い布が掛けられていた上、馬車に乗った御者(ぎょしゃ)は見覚えのある騎士の一人だった。ジグリットは眸を(すが)めて、その真っ白な身なりをした騎士が本当に見知った人物かを確かめた。

「ファン・ダルタなのか?」

 ジグリットはかなり驚愕(きょうがく)していた。本当なら儀式の間、ジグリットは声を出してはいけないことになっていた。だが、それを忘れるほどに唖然(あぜん)とした。

 ファン・ダルタはいつもの漆黒の姿ではなく、白の上衣(シャツ)に白の短上衣(ベスト)、それに白に黒い筋の入った下衣(ズボン)と白い長外套(コート)を着ていた。ただ髪とその眸だけが、浮き立ったように黒く、その表情は借りてきた猫のように弱々しかった。ファン・ダルタは口を()かなかった。彼はむすっとしたまま、ただ黙って、ジグリットが馬車に乗るのを待っていた。

 ジグリットは眉をしかめたまま、金の塗料で見事なまでに派手さを強調している馬車に乗り込んだ。グーヴァーとフツも同様に乗り込む。

 本当に前王がこんな儀式を行ったのなら、自分に回ってくる前に、さっさと取り止めておいて欲しかったと、ジグリットは心底思っていた。

 馬車は走り出し、中庭を丁寧に一周すると、マウー城やソレシ城から歓声が上がった。侍女や小姓達が窓や渡り廊下から馬車に向かって盛大に手を振っていた。

「陛下、どうぞ御手(みて)を振ってあげてください」グーヴァーが言った。

 彼が『陛下』という言葉を使ったのは、この時が最初だった。ジグリットは急に物寂しい気持ちになった。以前の『ジューヌ様』も『王子』もジグリットにはふさわしくない嘘の呼称だったが、今度の『陛下』よりは大分マシだった。それは自分とグーヴァーの仲を裂こうとしている悪どい名のように思えた。

 しかしジグリットは、気にしていないような素振りで、腕を上げ、窓の方へ手を振った。なんとか微笑(ほほえ)もうと、彼は努力した。顔が引き()っているのがわかったが、それ以上どうにもならなかった。

 馬車は王宮を出て、チョザの街へ下りて行く。新しい王を国民にも知ってもらうためだ。ジグリットは憂鬱(ゆううつ)だった。右や左を不安げに見渡すジグリットに、グーヴァーが声をかける。

「大丈夫ですよ、陛下。大通りを往復するだけで終わります」

「・・・・・・わかってるよ」

 ジグリットは何度も聞かされた戴冠式の手順を思い出す必要もなかった。それに、これが終わって王宮へ戻っても、まだ大事な儀式が続くことも知っていた。むしろ知らない方がよかったぐらいだった。



 ジグリットが王宮へ戻ったときには、すでに太陽は西へ傾き始めていた。チョザの街を馬車で行進するのは、思ったよりは悪くなかった。両脇に騎士の乗った軍馬が(ひか)え、物々しい警護だったが、チョザの人々はジグリットににこやかに手を振り、窓からは赤や黄色の花弁が()かれた。グーヴァーや騎士達が働くようなことは、大して起きなかった。数人の酔っ払いが暴れたという話を後で聞かされただけだ。

 謁見室(えっけんしつ)に戻ったジグリットを待っていたのは、次に付与(ふよ)されるタザリアの至宝だった。

 その金糸に(ふち)取られた黄金の箱をジグリットは一度だけ見たことがあった。いつもは宝物庫に鎮座している長方形の長櫃(ながびつ)は、横幅が一ヤールはあり、中にタザリアの至宝である翼の紋(アーラ)のついていない魔道具が納められていた。

 魔道具には通常、翼の紋が魔道具使い協会(ギルド)の定めで付けられているが、珍種(レア)に関してだけは別だった。バルダの国々には、その国にしかない珍種の魔道具が存在し、ジグリットがこれから受け取る魔道具もその至宝だった。

 さっそく玉座に座らされたジグリットは、足が浮かないようにできるだけ前屈(まえかが)みに座り、その箱を一人の騎士が(おごそ)かに開けるのを見守っていた。

 真紅の天鵝絨(ビロード)張りの箱の中には、三つの(くぼ)みがあり、そこに大小三つの魔道具があるのをジグリットは再び眸にした。以前、その一つが贋物(にせもの)だったことがあり、ジグリットは今そこにあるのが本物だと知っていた。

 騎士は右端の黒い畝織物(コールテン)に包まれたニグレットフランマ(黒き炎)を手に取った。その魔道具は漆黒の石の(かたまり)のようだった。手のひらに収まるほどの大きさで、一目では適度な大きさに砕かれた石炭にしか見えなかった。その真横で待っていたグーヴァーが、それを受け取り、ジグリットの前に(ひざまず)いた。

「望んでください」グーヴァーは言った。「あなたが望めば、その御手にタザリアは従うでしょう。その御身(おんみ)に、我らは希望を抱くでしょう。あなたが望むなら(ヘビ)でさえ、あなたの前に(かしず)き、あなたをこの乱世の皇帝と(たた)えるでしょう」

 ジグリットは玉座から立ち上がった。

「どうぞ我らをお導き下さい」騎士達が一斉(いっせい)にそう叫び跪いた。

 玉座の前の階段を降り、ジグリットは彼らと同じ床に立った。それは儀式上の決まり事から外れていた。全員が怪訝な表情で顔を上げ、ジグリットの動向を見つめていた。

 ジグリットは彼らがジューヌ王子を王に望んでいるわけではないことを知っていた。ジューヌはどう考えても国王に向いているとは言い難かった。ほとんどの騎士が、そして恐らくジューヌの性格を知っていたすべての人間が、この戴冠を不安に思っていると感じていた。

 ジグリットにできることは(わず)かだった。実質、今の自分にできることは脆弱(ぜいじゃく)だったジューヌと同様、何もなかった。だからこそ、高い場所から演説しても、彼らに作った威厳(いげん)など伝わらないとわかっていた。同じ場所に立ち、目線を同じくすることしかできることなどなかった。

「わたしがおまえ達に望むことはたった一つだけだ」ジグリットは静かに告げた。「わたしと共に生きろ。わたしと共に戦い、わたしの食べる物を食べ、わたしが守るおまえ達の生命(いのち)と家族、そしてこの土地に根付くすべてのものを、(いつく)しめ。わたしが約束できることは、この命尽きるときまで、おまえ達と共にあることだけだ。それでも良いなら、わたしを支え、わたしの道筋を照らす光となってくれ」

 跪いた騎士達は、見上げていた少年が自分達に真摯(しんし)に語りかけるのを聞いていた。広間は静まり返っていた。前王クレイトスと同じ(さび)色の眸に真摯な心が宿っていることを、彼らは感じ取り、ついで騎士は全員ゆっくりと頭を下げた。

 両脇に立ち並んでいた王宮の人間達が一人、また一人と拍手を始め、すぐにそれは歓呼のどよめきに変わっていった。

「ジューヌ陛下!」「ジューヌ陛下、万歳ッ!!」

 彼らの声はなかなか止まず、ジグリットは足元にいたグーヴァーが(まぶ)しそうに自分を見上げるのを見た。

「さあ、陛下」とグーヴァーは、タザリアの至宝ニグレットフランマを差し出した。

 ジグリットはそれを手に取り、頭上に掲げた。黒き炎が太陽の光を浴びて、すべての闇を吸収するかのように燦然(さんぜん)と輝いた。これにより、ジグリットは正真正銘(しょうしんしょうめい)のタザリア王として認知されることとなった。

 王妃エスナは息子が下段へ降りたことを不満に思っていたが、この時点では静観している他なかった。彼は王になったのだ。王がそうしたいと言うのなら、それはたとえ母親でも口出しすべきではない。これからはすべてジューヌが決め、彼がこの国を治めるのだ。

 王女と王妃は共に玉座の横で、この騒ぎが収まるのを待っていた。二人の女性は顔を見合わせ、黙って微笑(ほほえ)み合った。リネアはジグリットがとても演技が上手いことに、エスナはこれでようやく雪国に帰れることに満足していた。二人は互いによく似た母娘だった。自分が望むものを手に入れられるなら、彼女達にとってそれ以外はまったく取るに足りないことだった。

 謁見室で唯一、不機嫌な人物は、(わき)に並んだ近衛隊の列にいた。ちょうど中央に立っていた隊長のフツだけが、どんな場面に置いても、変わることなく冷淡にジグリットを見つめていた。しかしいまや誰もそれに気付く者はいなかった。

 そしてこの戴冠式には、まだ恐ろしい儀式が残っていることを、ジグリットは知らなかった。


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