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タザリア王国物語  作者: スズキヒサシ
炎虐の王女
102/287

3-1

          3


 ジグリットがタザリアの王に即位するまでは、長らく騎士長のグーヴァーが政務を代行していた。彼は自分が政治に向かないことを知っていた。一日でも早くジューヌ王子が王になることを、彼が一番望んでいたといっても過言ではない。

 白帝月(はくていづき)も半ばに入り、戴冠式を控えた前夜、グーヴァーは信頼できる騎士二人と共に、アイギオン城の謁見室(えっけんしつ)の隣りに位置する会議室へと足を運んだ。扉を開けると、すでにジグリットが上座に、そしてリネア王女とエスナ王妃が並んで席に着いていた。

 この面子(めんつ)での話し合いは何度も行われていた。それも彼らが話し合わなければならないことが山のようにあったからだが、グーヴァーは王妃の向かいに自分が、そして隣りに冬将の騎士ファン・ダルタと、もう一人の中堅の騎士バスキオ・グラキーレを座らせた。彼は上流階級(アルコンテス)の十一家グラキーレ家の次男で、暗灰色の髪をした目元の穏やかな男だった。いつも背筋をぴんと伸ばして立っているグラキーレは、その見かけ通り誠実で他の騎士達の信頼も(あつ)かった。さらに続いて近衛隊の隊員一人と隊長のフツが来ると、すぐに全員が身を引き締め協議へ入った。

 グーヴァー達は戴冠式の事もさることながら、エスナ王妃のタザリアとの離縁についても話し合わなければならなかった。そのことについて、グーヴァーは王妃に国に(とど)まるよう強く(せま)った。というのも、エスナ王妃がどのような理由をつけて帰郷したとしても、彼女の一族であるシェイド家は(はじ)をかかされたと考え、ベトゥラの他の僭主(せんしゅ)を含めてタザリア王家との国交に影響を及ぼすだろうことは否定できなかったからだ。しかし王妃の意志は固く、また息子である王子も彼女を尊重したいと伝えたため、それ以上グーヴァーは強く出ることはできなかった。

 王妃が故郷であるベトゥラ連邦共和国のシェイドへ戻るために、彼らは少なくとも騎士五人とそれに(ともな)う兵二十人を選出することを決めた。シェイドまでの道のりは長く険しいものであり、無事に王妃を送り届けることは容易(たやす)いことではない。

 ただ、グーヴァーは王妃が気味の悪い魔道具使い(マグトゥール)を、結婚した時からタザリアに連れて来ていたことを知っていた。その魔道具使いは、道化師(カリカチュア)などというふざけた名前で呼ばれていた。かなり年老いた老婆で、亡きクレイトス王が凶兆ばかり予言するので、マウー城から出ないよう言って、王妃が了承して以来、その老婆の姿をグーヴァーも見たことがなかった。

「エスナ様」グーヴァーは王妃の帰国の話し合いが一段落すると訊ねた。「道化師もベトゥラへ同行されるのですか?」

 王妃は少し驚いた様子で頷いた。

「ええ、そうよ。よく覚えていたわね、グーヴァー騎士長。道化があなたに会ったのは、随分前だったのに」

 やはりあの老婆はまだ生きていたのだ。グーヴァーのずっと離れた場所で、ジグリットも驚いていた。ジグリットは道化が魔道具使いであることには気づいていたが、エスナ王妃の専属の魔道具使いだとは知らなかったのだ。

 それに、道化師がエスナ王妃と共に去ることに動揺もしていた。いつの間にか、ジグリットはあの老婆の予言をあてにしていたのだ。

「道化も年老いたとはいえ、まだまだ現役の魔道具使いですもの。彼女は死ぬまでシェイドの一族に仕えることを誓ったのよ。わたしと共にシェイドへ帰るわ」

 エスナの言葉にグーヴァーは安堵(あんど)したように言った。

「それはよかった。魔道具使いが同行されるのでしたら、シェイドへの道行きは約束されたも同然です」

「ええ、騎士の数は三人でいいかもしれないわね」

 二人が(なご)やかに話しているのを、ジグリットは考え込みながら眺めていた。現在この王宮に正式な魔道具使いは常駐していない。本来なら魔道具使い協会(ギルド)から一人は腕の立つ魔道具使いが派遣されているはずなのだが、数年前にジグリットが陰謀を企てていた魔道具使いギィエラを追放してから、何度書簡を送っても返事がなかった。

 ジグリットは王妃にそれとなく言った。

「母上、お願いがあるのですが・・・・・・」

 エスナは息子の(うかが)うような眸に優しく微笑んだ。

「何かしら?」

「ここ数年、王宮には魔道具使い協会から魔道具使いが送られてきていません」

「そうらしいわね」王妃は他人事のように軽い調子で答えた。

「ですから、道化師をこの王宮に置いておくわけにはいきませんか?」ジグリットが告げるなり、王妃は眸を(すが)めた。(あわ)ててジグリットは続けた。「いえ、もちろん魔道具使いの代わりに母上を送る騎士を何人か増やします。安全にシェイドへご帰還なされるように精一杯・・・」

 しかしエスナは硬い表情のまま首を横に振った。

「それは無理だわ」と彼女は冷ややかに言った。

「なぜです!? 王宮にはやはり魔道具使いが必要です!」

「それはそうかもしれないけど・・・・・・あの道化は魔道具使い協会に認定された正式な魔道具使いではないのよ、ジューヌ」

「それでも構いません」

「問題はそこじゃないの」王妃は今にも立ち上がって身を乗り出しそうな王子を(いさ)めるように手を(かざ)した。「道化はシェイド家と個人的な契約を結んでいるの。それはあの老女が死ぬまでという永久契約なのよ。もし道化がここに居残るというのなら、シェイド家は魔道具使いを殺すための特別な手法に(のっと)って、あの者を始末しなければならないわ」

 ジグリットは魔道具使いが行うという二つの契約について、マネスラーから聞き及んでいた。一般的に魔道具使いは協会が選出した者で()められている。彼らとは協会が仲立ちになり、一時的な雇用契約を結ぶ。なぜなら魔道具使い自身が、雇用主と契約することには危険が(ともな)うからだ。魔道具使いは特殊な力を得た者でもある。仲立ちに同じ力を持つ第三者の魔道具使いを交えることにより、その契約は雇用主にとって安全を保障されたものとなる。

 しかし協会に認知されていない魔道具使いがいることも確かで、独学で力を習得した者や協会の思想に反する魔道具使いの組織には、永久的に施行(しこう)される契約というものが存在する。雇用主はその魔道具使いの力に見合った代償を支払い、その代わりに自分の力として魔道具使いを使役することができるのだ。

 本来なら魔道具使いは同じ魔道具使いにしか殺すことができないといわれているが、この永久契約に際しては、雇用主がその魔道具使いを殺す手法が教えられている。だからこそ契約が成り立つのだ。

 ジグリットは道化がシェイド家とそれほど深く関係していると知り、その背後にある契約の内容が一体何なのか知りたかったが、これ以上議論すべきでないことは明白だった。

「すみませんでした、母上。忘れてください。それなら仕方がありません」

 気落ちしたジグリットに、エスナは目尻を下げ微笑した。

「いいのよ。わたくしとしてもそれぐらいの置き土産はすべきなのに、本当に至らなくて申し訳ないわ」

 その様子を、リネアはじっと観察していた。彼女は母親がシェイドへ戻ることよりも、ジグリットがその道化師という魔道具使いと面識があることを(いぶか)しんでいた。老女だという魔道具使いに興味があったわけではないが、その魔道具使いがジグリットに何を言ったのかは気になる。時に魔道具使いは先見をする者もいるという。もしかしてジグリットはジューヌが死ぬことを知っていたのでは・・・・・・とリネアは想像して口元を(ほころ)ばせた。ジグリットにそういう野心があるなら、それはそれで面白い。彼は望んで王になるだろう。

 ただ、これからのことが彼女の頭を()ぎった。それはもちろん、リネアがジグリットの正体を知っているからだったが、彼女は父親が死んで以来、ジグリットにどう接するべきかわからなくなっていた。

 ジグリットの正体を今さら明かしても、タザリアにとっては不利益なだけだと彼女は思っていた。彼女はタザリアの女王になりたいと思ったことは一度もなかった。そういう面倒な役目は、自分にふさわしくない。だからといって、このままジグリットをのうのうとのさばらせて置くのも(しゃく)に障る。

 リネアはずっと考えていた。どうすればいいのか。どうすれば、彼を王位から引き()り下ろし、ただの少年として、また自分の足元に(ひざまず)かせることができるのか。そのことを考えるだけで、彼女の心はどす黒い喜びに満ち、彼を突き落とす瞬間を思って安らいだ。

 ――早くそうなればいいけど、そのためにはもっと待たなくては。

 ――時間と労力をかけてじっくり取り掛かるのも悪くないわ。

 会談を続けるジグリットを見つめながら、リネアは(ほが)らかな笑みを浮かべていた。


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