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殴られた勇者

 ハブーンは普通の街だった。変わっている点としては空が赤い事と地面が湿ってぶよぶよしているくらいで、それ以外は至極真っ当な街だった。

 通りには人が溢れ、両側にある店は活気に満ちていた。人の顔には生気が宿り、希望に溢れていた。

 自分達は今巨人の腹の中にいる、という異常事態を忘れてしまう程、ハブーンは至って「正常な街」だったのだ。


「なんか普通の街だな」

「よく言われます」


 それを見た人間界勇者の青年が言葉を漏らし、セシルスがそれに反応する。セシルスは怒る素振りは見せず、言われ慣れているかのような淡泊な反応を見せた。


「巨人の体の中にいるってだけで、皆さん変な期待を持つんですよね。でも実際はそれ以外は何の変哲もない普通の場所なんで、大抵はあなたのように落胆してしまうんですよ」

「そ、そうなんですか」


 セシルスから一方的に言い返され、青年が押し黙る。後が続かず、空気が強ばっていく。彼らの周りには多くの通行人がいたが、彼らもその空気を察して道を開けていく。

 気まずい。真樹はそのやり取りを見た後、フォローするようにセシルスに言った。


「でも普通っていい事だと思いますよ。私が厄介になってる場所は年中マグマに囲まれてますから、もう熱いのなんのって」

「まあ、そうなんですか? それはとても難儀してそうですね」


 前を行くセシルスは足を止めないまま、肩越しに真樹を見ながらそう答えた。その顔と声は打って変わって、とても楽しげであった。

 真樹はそれが素の感情なのか、ただのお世辞なのか、判別する事が出来なかった。この人と会うのはこれが初めてでは無いが、それでも真樹はこの親衛隊長が苦手だった。どうもこの人は感情が読めない。

 にこにこしているように見えて、腹の底でははらわたが煮えくり返っているのかもしれない。セシルスの満面の笑顔を見る度に、真樹はそう思えてならなかったのだ。


「それで、問題ってなんなんすか? ここで何が起きてるんです?」


 そんなセシルスに、青年が親しげに話しかける。お前さっき失礼な事言ってただろうが。真樹は青年の面の皮の厚さに軽く驚いた。

 青年は気にせず話を続ける。


「誰か暴れてるとか? そんな感じなんですか?」

「そうですね。そんな感じですね」


 セシルスの反応は素っ気ないものだった。青年は苦笑を漏らしたが、反省しているようには見えなかった。

 こいつは大物かもしれない。真樹は空恐ろしいものを感じた。


「本当は城に着いてからお話しするつもりだったのですが、今ここで話してしまってもいいかもしれませんね」


 その一方で、セシルスは前を見ながらそう言った。真樹と青年は揃って彼女に視線を向け、セシルスはその視線を背中で受けながら口を開いた。


「まず結論から言いましょう。この街の中で血石持ちが現れました」


 真樹と青年が同時に表情を引き締める。青年の方も血石の事は知っていたようだ。真樹は雰囲気でそれを察した。

 セシルスが続けて言った。


「残念ながら、現在もその者は暴れ続けております。我々では彼を抑えつけるので精一杯で、討伐までは至っておりません」

「そんなにヤバいのか?」

「ええ、とっても。このまま放置していては、いずれこの街が崩壊するになるでしょう」


 セシルスが真顔で答える。そして一度顔を上げる。


「来ました?」

「ええ」


 真樹が問いかけ、セシルスが答える。突然のことに青年は何が何だかわからなかった。

 その青年に向かってセシルスが振り返る。そして唐突に青年の腕を掴む。

 青年は意味が分からなかった。見れば周りの住民達も、真樹達を避けるように方々に散らばっていく。

 あちらこちらから悲鳴が上がる。セシルスも青年を引っ張ったままその場から離れていく。セシルスの腕の力は凄まじく、青年は訳も分からないままそれに任せるしか無かった。


「なんだよ!?」

「いいから」


 最後に真樹が取り残される。真樹はその場から動かず、おもむろに両手を空高く掲げる。


「何してるんだよあいつ」

「目を離さずに。今から見れますよ」

「何が!」

「血石に侵された者です」


 戸惑う青年にセシルスが答える。それを聞いた青年は抵抗を止め、共に真樹に目を向ける。

 直後、どこからともなく雄叫びがこだまする。


「誰が来るんだよ」


 及び腰になりながら青年が尋ねる。セシルスは無言で真樹を指さす。

 真樹が顔を上げている。その顔は笑っている。

 その顔を見ながらセシルが答える。


「父よ」


 直後、空から降ってきた拳が真樹を叩き潰した。





 樹木の拳が離れる。重苦しい呻き声が大気を揺らし、血溜まりと肉片が後に残る。かつて小坂真樹と呼ばれていた物は、完全に原型を留めてはいなかった。

 青年が腰を抜かし、その場にへたり込む。周りの民衆も同様に唖然とする。


「城に逃げて!」


 その中でセシルスが叫ぶ。


「また来るわ! 早く! 荷物も全部捨てて!」


 続けざまにセシルスが口を開く。効果は抜群だった。群衆は尻に火がついたように、それまで持っていた買い物籠や手提げ袋を一様に投げ捨て、身一つになりながら我先に駆け出す。

 市井は一瞬で指向性を持った混乱の坩堝と化した。


「俺達は?」

「逃げるのよ!」


 方々で悲鳴が轟く中、戸惑う青年にセシルスが言い返す。そしてそう言うや否や、セシルスは周りに遅れまいと城へ向かって走り始めた。

 青年も遅れまいとそれに続く。そしてその最中、セシルスは道に転がっていた真樹の腕を拾い上げる。


「それどうするんだよ!」

「いいから!」


 セシルスは青年の質問を無視した。青年もそれ以上しつこく問いかけなかった。今何を優先すべきか良く理解していた。


「早く! 急いで!」


 城門は開け放たれていた。その門を潜り、住民が一気に城内になだれ込む。

 城は全てを受け入れた。セシルスと青年も同様に受け入れた。そうして全員が中に入った後、城門は重々しい音を立てながら閉ざされていった。


「あれどうにか出来んのかよ?」


 その堅く閉ざされた門を見ながら、青年がセシルスに問いかける。直後、門の外から雄叫びが響く。

 セシルスは真顔で青年を見つめ返し、真剣な口調で彼に言った。


「どうにかするしか無いのですよ。そうでなければ、ここは破滅です」


 マジかよ。

 青年は帰りたくなってきた。

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