水の城と勇者
城の中は外と同じように真っ白だった。床も壁も天井も、城内を支える柱ですらも、透き通るような白色に染められていた。それは今彼らが歩いている正面広間も同様で、燭台や絨毯といった装飾の類も皆無だった。
そして恐ろしく寒かった。
「ここはどうなっているのですか? 外と同じくらい寒いではないですか」
「この城は全部氷と雪で作られてるんです。だから寒いのも当然なんですよ」
肩を両手で抱きながら震えるアドメレクに対し、真樹が苦笑しながら答える。真樹はすっかりこの環境に慣れていたからか、寒がる素振りも見せず平然としていた。
「なんでそんな構造にしたんです?」
「メナス様のご趣味だそうです」
アドメレクの続けざまの質問に、真樹がそう返す。返答を受けた天使は体を震わせながら慄然とした。
「正気じゃない。こんな極端な環境を好むなんて」
「私はこれでいいのよ。何せ私は水の魔王。これくらい寒い方が居心地がいいの」
前を行くメナスはさらりと答える。アドメレクは信じられないものを見る目つきでメナスの背中を見やり、天使に睨まれた魔王は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
やがて広間を抜け、廊下に出る。その廊下は両側に扉が等間隔に並んでおり、その扉もまた白かった。
あのドアノブを握ったら手の皮がはがれるんじゃないか。見るからに寒そうなドアを見たアドメレクはそんな事を想像し、すぐにその自分の想像力の豊かさを呪った。
「そっちの扉は食堂、そっちの扉は個室に続いているわ。後は階段と応接室と、一番奥にある大きな扉は玉座の間に続いているわ。一応上にも色々部屋があるんだけど、今はとりあえず玉座の間に向かいましょう」
そんなメナスの案内は、しかしアドメレクの頭には届かなかった。この時彼は氷の扉に意識を向けており、新参者に対する魔王の親切心に気づかなかったのだ。
「なによ、せっかく説明してあげたってのに。天使ってのは皆礼儀ってものを知らないのかしら?」
「まあまあメナス様。落ち着いてください。魔王たるもの、いついかなる時も心を広く持たないと」
頬を膨らませるメナスに真樹が声を掛ける。愛しの勇者から咎められたメナスはすぐにいくらか雰囲気を和らげたが、それでもその表情はどこか気にくわないままであった。
「まあいいわ。さ、着いたわよ」
しかしメナスは根に持つタイプではなかった。彼女はすぐに気分を切り替え、目の前にそびえる大扉に手を掛けた。
この時には既に、アドメレクも前方に意識を戻していた。そして彼は、メナスがその真っ白な扉の取っ手を掴んでいるのを目の当たりにしていた。
それを見た直後、彼は顔を痛ましげに引きつらせた。
「大丈夫なのですか? そんな寒々しいものを素手で触って」
「何度も言うけど、私は水の魔王なの。これくらいで音を上げる訳ないでしょう?」
メナスは前を向いたまま憮然として答えた。それでもアドメレクはなおも渋い顔を浮かべていた。真樹はその天使の腕に手を置きながら「気にしすぎですよ」と声を掛けた。
そんな二人の前で扉が開かれていく。メナスは顔色一つ変えずに扉を押し、玉座の間への道を開いていく。
ゆっくりと、薄氷がひび割れていくように軋む音を立てながら扉が開く。やがて大扉は完全に開け放たれ、そしてその奥に広がる光景を見たアドメレクは愕然とした。
「これは、なんだ……!」
「どうしたのよ?」
驚くアドメレクにメナスが問いかける。アドメレクはそれを無視し、一番に玉座の間に駆け込む。
そこは今まで通ってきた場所と同じく、全面真っ白に染められた極寒の地だった。奥に見える玉座も氷で作られており、とても真人間が座れるような代物ではなかった。
「なんという……」
しかしアドメレクの目は別の所に向けられていた。玉座に至る道中、中央の道の両側に等間隔で置かれていた「それ」に、彼の意識は傾けられていた。
「これはいったい何なんだ。どう見ても、これは」
「ああそれ? 人よ?」
それがどうしたの? と言いたげにメナスが首を傾げる。彼女の言う通り、それは片膝をついて玉座に向かってひざまずく人間のように見えた。
同じ姿勢をした人型の氷像が、何体も同じ方向を向いて置かれていたのだ。
「地上の人間だったり、魔界の住人だったり、そういう連中をここに連れてきて凍らせてるのよ」
メナスがこともなげに言ってのける。アドメレクは唖然とした。
「何故? 何のために?」
「罰よ。ここで凍らされてるのは、全員何かしらの悪事を働いた連中なの」
メナスの言葉を受け、アドメレクが再び氷像に目を向ける。
「これが? 全部?」
「ここにあるのだけじゃない。この城の全部の部屋に、同じように冷凍処理した罪人が置かれているわ。数えたことは無いけど、まあ二、三百はいるんじゃない?」
メナスがそう答えながら、氷像の一つに近づく。そしてそれの頭部らしき丸まった部分を撫でつつ、再びアドメレクに言った。
「主な用途としては、燃料、食料、鑑賞品。それくらいかしらね。まあ買い手がつく事自体稀なんだけど」
そこまで言ってから、メナスが氷像を蹴り飛ばす。蹴られた氷像は派手な音を立てながら粉々に砕け散った。
「あーあ、死んじゃった」
メナスがつまらなそうに呟く。真樹は困ったようにため息をついた。
どこからも悲鳴は上がらなかった。アドメレクは戦慄したように表情を強ばらせた。
「そんな事をしていいのですか? 元は人間だというのに?」
「いいのよ。ここに集められてるのは全員死刑囚なんだから。殺されても文句は言えない。それだけの事をしたのよ」
メナスが「二人目」の元に向かう。そして最初と同じように、それの腹に蹴りをお見舞いする。
ガシャン。ガラスが割れるような派手な音を立てて像が砕け落ちる。あっという間に二人死んだ。アドメレクは気持ち悪そうに顔をしかめ、そのまま真樹を見た。
「この魔王はいつもこのような事をしているのですか?」
「いつもこうじゃないんですよ。今日は機嫌がいいみたいですね」
「本当にここは城なのですか? 人の気配もなく、あるのはただ氷像だけ。これではまるで、ただの冷凍庫だ」
「冷凍庫ですか。確かに合ってると言えば合ってますね」
アドメレクの言葉を聞いた真樹は楽しそうに笑った。奥の方からガラスの割れるような音が聞こえてきた。次いでメナスが声を掛けてくる。
「正確に言えば、ここは冷凍庫では無いわ。もっと凄い所よ」
意気揚々と「四人目」の処分に取りかかりながら、メナスが楽しそうな顔で天使に告げた。
「ただの牢屋よ」
ガラスの割れる音が、玉座の間にこだました。




