白百合の勇者
全身から緑色のオーラを垂れ流していた小坂真樹は、その後自然な動きで城の中へと入っていった。親衛隊達は彼女を労うのもそこそこに、慣れた手つきで彼女に代わりの服を寄越していった。真樹も偉ぶったりせずにそれを受け取り、城に避難していた民草連中も誰も真樹を気に留めなかった。
真樹が袖を通したのは、この国で一般的に流通している麻の服だった。上下一対のゆったりとした服で、真樹はこの服を着る度に「照る照る坊主になったみたいだ」と思っていた。
「照る照る坊主みたいですね」
「またそんな事言って。他に喩えは無いのかしら?」
もらった服を着て嬉しそうに破顔する真樹に対し、セシルスは呆れたように苦笑をこぼした。真樹はそんなセシルスに対し、服越しにオーラを放出しながら笑って言った。
「ごめんなさい。でも他にいい例えが無くて」
「別に怒ってる訳じゃないんだけどね。それにあなたのそういう感性、嫌いじゃないわ」
セシルスも苦笑混じりにそれに答える。その言葉通り、彼女は全く嫌味ややっかみを見せなかった。
そんな彼女達の横では、親衛隊達が避難民を元いた場所に誘導し始めていた。外は安全になった筈だが、それでも万が一を考慮して、親衛隊は皆武装したままだった。
「あんたはあれ手伝わなくていいのかよ?」
その親衛隊員と避難民を見てから、勇者の青年がセシルスに声をかける。セシルスはそこで視線を青年の方に移し、そしてこともなげにそれに答えた。
「いいの、いいの。こっちはこっちで仕事があるし」
「なんだよそれ? 街の被害算出とかか?」
「それも部下の仕事。私の仕事はもっと別の所にあるのよ」
「?」
青年は理解できないとばかりに顔をしかめた。セシルスはそれを見ながら小さく笑い、すぐに表情を引き締めて彼に言った。
「魔王様から勇者を守るお仕事よ」
それからセシルスが真樹の肩に手を置く。真樹は困ったようにため息をつき、青年はなおも要領を得ない面持ちを浮かべた。
「実際来ればわかるわ。あなたも来てみる?」
地の魔王の玉座の間へ。
セシルスは青年にそう提案した。
いきなり言われた青年は困惑した。
「魔王の間ってどういうことだよ? ここは魔王の腹の中なんだろ?」
「ここの魔王様は心配性なんです。自分の目で街を見ていないと気が済まない方なんですよ」
真樹がフォローを入れる。青年はますます意味がわからないと首を傾げた。
そんな青年に向かってセシルスが言った。
「私の父はね、魔力を利用して自分の体内に自分の分身を生み出したのよ」
その地の魔王の分身体は、本体と変わらない力を有していた。変わっているのはサイズだけで、それは大の人間よりも一回り小柄な体躯を備えているのであった。
「それもこれも、自分の大切な街を見守りたいという魔王の意向によるものなのよ」
「そこまでするのか」
セシルスの言葉に青年が唖然とする。この時三人は揃って玉座の間に向かって城内を歩いており、その中で真樹はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「それで、性格とかはどうなんだ? 気難しい方なのか?」
「そんなことはありませんよ。とてもいい人です」
「こう言うことをするくらいには、いい人すぎるのよね」
青年の問いかけに対する真樹の返答に、セシルスがあわせる。青年はそれを聞いて納得しながらも、「普通の奴じゃないんだな」と心の底で身構える事にした。
そしてそうこうする内に、三人は目的地に到着した。
「この先が玉座の間よ」
目の前にそびえ立つ扉を前にして、セシルスが声をあげる。それから彼女は左右に目をやり、それぞれ立つ真樹と青年を見た。
彼女の視線に気づいた二人はそれぞれ頷いた。そしてそれを確認した後、セシルスはドアに視線を戻して声をあげた。
「セスタ様。勇者様をお連れしました。扉を開けてください」
直後、その声に反応するかのように、眼前のドアが音を立てて開いていった。ドアの向こうには縦長の部屋が広がっており、そしてその最奥部に一個の玉座が置かれていた。
それは見事な玉座だった。遠目から見てもそれが特別な椅子とわかるくらいに、立派な装飾が施されていた。
「なんで椅子の横から角が生えてるんだよ」
「見栄っ張りなんですよ」
その椅子を見て思わず言葉をこぼした青年に、真樹が小声で答える。真樹も最初それを見た時、RPGのラスボス魔王が腰掛けているような物騒な椅子だなと思ったものだった。それくらい大仰な椅子だった。
一方でセシルスはそんな二人を無視して、さっさと先に進んでいった。二人も慌ててそれに続いた。
玉座の間はそれなりに広かった。早歩きでも十秒かかるくらいには奥行きがあった。しかし青年は何も言わず、黙って玉座まで歩いていった。
「おお、来たか。待っていたぞ」
そして玉座の前まで来た所で、青年はそこにいる存在を見て絶句した。玉座には一人の少女が座っていた。
「そこにいるのが客人かな? セシルスから話は聞いているぞ。私はセスタ。この地を統治している魔王だ。よろしく頼む」
見るからに女児だった。見た目も声も完全に少女のそれだった。
青年は唖然とした。
「これが魔王?」
「はい。地の魔王様です」
呆然とする青年に真樹が答える。魔王の眼前で青年がセシルスの方を向く。
「女じゃないか」
「はい。女性になったんです」
「は?」
「最初はセスタ様も男だったんです。でも途中から女になったんですよ」
「は? は?」
意味が分からなかった。呆然とする青年に、今度はセシルスが答えた。
「お父様はマキと結婚したいがために女性になったのよ。性転換を行ったのはマキが好きだから。それ以上でも以下でも無いの」
「意味分かんねえよ。女に好かれたいから女になったってのか?」
「そういうこと」
「どういうことだよ」
「マキは女性にしか興味がないってこと」
そこまで言って、セシルスがため息を吐く。青年は驚いた目で真樹を見る。
真樹は平然としていた。玉座に座っていたセスタに対して愛想の良い笑みさえ浮かべていた。そしてセスタもまた、そんな真樹に満面の笑みを見せていた。
「お会いできて光栄です。セスタ様」
「うむ。私もお前と会えて嬉しいぞ。それに今回も、いつものように私を助けてくれた。礼を言うぞ」
「これが私の仕事ですから」
二人はとても親しげに、会話に花を咲かせていた。あれが本当に「元男」なのか? 青年は愕然としたまま、その目をセシルスに向けた。
「本当なのか?」
「受け入れれば楽になれるわよ」
セシルスは諦めたような顔を青年に見せた。
やっぱり魔界は狂ってる。察した青年は彼女と同じ顔をした。




