レーテシュ伯の事情
ちょっと筆がのったので、書いてみました。
本編55話の裏話的な?
花の色は うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
小野小町の作として有名な歌である。
百人一首の中の一句としても知られ、学生時代には必死に覚えたという人間も居ることだろう。
さて、この歌の意味まで知っている人はどれだけいるのだろうか。
この歌にうたわれているのは、女性の美の儚さとも言われている。
花を女性の美しさに喩え、雨が降る間に花が色あせてしまうように、女性の美貌が衰えていく様を嘆いている歌。と言われている。
絶世の美女とも謳われた小野小町が、自身の境遇を重ねて詠んだ歌との解釈もあり、何時の時代も、女性は美に関して敏感であったことを示すものではないだろうか。
では、この歌のように、本当に女性の美とは加齢と共に失われていくものなのだろうか。
否。
断固としてそれを認めない女性が一人居た。
神王国において、女傑と言えば彼女をおいて他にない。
ブリオシュ=サルグレット=ミル=レーテシュ。大戦後の復興期、長きにわたってレーテシュ伯領を盛り立ててきた、他に類のない才媛である。
近隣諸領からは美貌を謳われたこともある彼女にとって、二十八歳(自称)はまだまだ若く美しいと言い張るべき年齢なのだ。
「お館様。いい加減、ここら辺でご結婚をお考えください」
「あら、私だって素敵な人が居れば、結婚したいと思っているのよ? でも、そんな人が居ないのよ」
「ですから、世の中には妥協というものがございます。この方など如何です。見た目こそ好き嫌いが分かれそうですが、準男爵家の三男という家柄。性格も繊細で、些細な部分にも気遣いの出来る方と伺っております。年も近く、ここしばらく持ち込まれたお話の中では一番良いお相手では御座いませんか?」
「嫌よ。人は中身だと思っているから、顔が不細工なのは良いのよ。それでも素敵な人は居るから。でも、性格なんて、陰険で細かいことをネチネチ言う相手ってだけじゃない。年だって私より二十も年上だし。しかもこの家、貧乏で有名な家よ? どうみてもうちの財産目当て。第一、ここ最近持ち込まれた話って、十才ぐらいの子ばかりだったじゃない。比べる対象にならないわよ」
神王国のみならず、一般的な貴族にとって、女当主の後継者というのは大変に難しい問題が多い。
子供を増やして一族の繁栄を願う、という観点から見るならば、男性が後継者であるほうが望ましいと考える人間は多い。それだけに、女性の領主というのは“繋ぎ”という目で見られやすいというのも、そんな問題の一つだ。
先代や先々代の血筋と、繋ぎ扱いだった女性当主の子供で、相続争いが起きるのもよくある話である。
絶対に男性が当主でなければならない、というわけでは無いのは、他ならぬレーテシュ女伯爵自身からも分かる。だが、それでも次代が居ない現状を見れば、「これだから女の領主など」と言われかねない。
彼女の優秀さを知る人間で、身近にいる者ほど、謂われない誹謗に我慢を重ねてきた現状があった。
「なら、どういう相手ならばよろしいのですか」
「そうねえ……」
レーテシュ伯は、部下の言葉に考え込んだ。
彼女自身、自分が既に神王国女性の、一般的な結婚適齢期を過ぎていることは承知していた。だから、贅沢を言っていられない、というのは分かっている。
ただ、絶対に譲れない部分や、希望もある。
「まず、うちの財産目当てだったり、伯爵位があれば人形とでも結婚する、みたいな相手は絶対にダメ。これは、私個人としての想いもあるし、レーテシュ伯としての判断でもあります」
「はあ」
レーテシュ伯爵という立場は、軽く扱ってはならない。
レーテシュ伯爵領が荒れれば、王国南部全体が乱れる。食料庫でもある王国南部が乱れれば、神王国全体が揺れる。神王国が揺れれば、他国の介入の危険も増す。
そこいら辺の弱小貴族が御家騒動を起こすのとは、訳が違うのだ。
絶対的安定を大前提にする家。それがレーテシュ伯爵家。
だからこそ、野心家や浪費家は家に入れてはならないのだ。国家の存亡にかかわる。
「あと、レーテシュ伯としての立場からの希望があるとすれば、軍人が望ましいわね。女領主という私の立場を補完する意味で」
「むむ、そうですな」
「それに、若い方が望ましいわ。あまり年寄り過ぎると、次代継承の点で意味がないから。男色趣味や稚児趣味みたいなのも、同じくダメ。病弱だとか、病気持ちとかも、同じ理由で避けた方が良いわね」
「それもごもっとも」
野心も無く、物欲や金銭欲も無く、若く、健康的な、軍人の男性。この時点で、候補などは限りなく少なくなる。
貴族の男であれば多少の野心は持っていてもおかしくは無いし、上昇志向とは本来は美徳だ。また、昨今の情勢下では金策に苦しむ家も多い為、伯爵家への逆玉の輿に憧れるのも仕方がない。
それらを考慮外にしたとしても、若くて健康的な男性であれば、当人が若い女性を好むことが多いという、相手方の事情もある。
「とりあえず、贅沢は言わないところでこんな所かしら。贅沢は言ってないわよね?」
「ええ、まあ。別段、我儘な部分はありません。ごく当たり前の内容かと思います。が、この時点で、私は絶望的になりそうです」
レーテシュ伯という立場が、贅沢を言わなかったとしても候補を絞り込んでしまう。
だが、レーテシュ伯という立場だからこそ早急に婿が要る。
ジレンマとはこういうことを言うのだろう。
「勿論、私も一人の女として、希望はあるわよ。格好良くて、私には優しくて、誠実で、大事にしてくれて、逞しくて、頼りがいがあって、センスもある。そんな人が居れば素敵だと思うもの」
そんな人間が、都合よく居るわけがないだろう、という部下の溜息に、レーテシュ伯は「分かっているわよ」と投げやりに応えた。
都合がよすぎることは分かっていても、夢を見るぐらいは良いじゃないの、と彼女は呟いた。
後日、そんな都合のいいことが起きた時。
レーテシュ伯領の従士一同が、お祭り騒ぎで喜んだのは当然のことだった。




