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書籍化記念短編 「譲れないもの」

短編 「譲れない物」




 世の中には、譲れない物というのがある。


 恋人、先祖伝来の土地、誇り、家族の命。

 何をおいても守りたいと考え、或いは絶対に勝ち取りたいと思うもの。

 それが何であるかは人それぞれの価値観だ。


 「出来上がったら、絶対俺にも食わせてくれよな」

 「大丈夫ですよ。ルミにもちゃんと食べさせてあげます」


 神王国一の問題……もとい、麒麟児。ペイストリーには幼馴染が居る。共に従士の子である、マルカルロとルミニート。通称でマルクとルミ。

 どちらもペイスにとっては守るべき対象であり、譲れない大切なものの一つである。


 勿論、ルミやマルクにとっても譲れない物というものが存在する。

 特に今、ルミにとっては絶対に譲れないものが“最低二切れの確保”という命題。


 何の二切れかといえば、ペイスが作るパイの二切れである。

 今、ペイスがリコリスにボンカパイの作り方を教えているところなのだ。


 「ここで、この粉と、こっちの麦粉を混ぜます」

 「それは何故ですか?」

 「グルテン……と言っても分かり辛いでしょうが、焼いた時の加減を調整する為です。こっちの粉を八に対して、こっちの大麦粉二ぐらいで混ぜるのが今日のベスト配分です」

 「日によって違うのですか?」

 「気温や粉の具合にもよりますからね。それ以上の微妙な配分は、経験と勘によるところが大きいのです」

 「へぇ」


 麦粉をブレンドし、山羊の乳から作ったバターを少量混ぜる。山羊バターには独特の風味があるため、ここで風味の強い他の脂も混ぜておくのがペイス流の研究成果。臭みを隠そうとせず、同じぐらい臭いはずのもので上手くバランスを取ってしまうのがペイス独特のセンス。

 ぎゅっぎゅっと、強すぎず弱すぎずの力加減で、生地を練るのは職人として気を使う部分である。


 「これぐらいの堅さでまとまれば、生地としては十分です。ちょっと触ってみてください。あ、ちゃんと手は洗っていますよね?」

 「はい、洗いました。わ、結構堅いんですね。あ、指の形が残っちゃいました」

 「生地の練り具合は、感覚を身につけてもらうしかないので、その感触を忘れないように。自分なりの言葉で思うままに書き残しておくのをお勧めします」

 「じゃあ、あとで日記に書いておきます」


 生地が落ち着くまで軽く寝かせた後は、折りたたみながら薄く延ばす成層の作業になる。

 これも、癖の強い大麦粉を使う分、重ねすぎると食感に難が出てくる為に気が抜けない。


 「こうして作った生地は、出来れば冷やしておくのが良いです」

 「それにも意味があるんですよね」

 「勿論です。が、今日は作り方を教えるだけなので、このままでいきましょう。こうして薄く延ばした生地を敷き、その上にこうして煮詰めたボンカを並べます」

 「このボンカだけで食べても美味しそう」

 「特別に甘く煮詰めましたからね。きっと美味しいです」


 焼き加減を調整できるよう、陶器の上に薄い生地を敷き、その上にボンカを並べるペイス。その様子はとても楽しげであり、うきうきとした様子が見て取れた。


 「まだかよ~。俺腹ペコなんだけどよう」

 「まだ焼き始めても居ないので、もう少し待ってください。というかマルク、さっき朝ごはん食べたばかりでしょう」

 「んなもん、食べたうちに入んねえよ。あんな量じゃ、俺の腹は満たされない」

 「マルクのところは、小さい子も多いですからね」


 ボンカの上にも生地を飾り終われば、最後に艶出しの為に卵黄を塗る。


 「うわあ、もったいねえ使い方。卵の黄身だけしか使わねえとか、さすが貴族様」

 「白身はまた別の料理に使いますから、そういうものだと思って下さい。何なら、スープに入れるよう調理担当者に渡しておくので、夕飯はルミとマルクも食べていくと良いですよ」

 「「よっしゃぁ!!」」


 夕飯にお呼ばれした二人は大喜びだ。

 時折、従士がディナーに招待されることがあるのだが、その度に出される貴族の料理というものに、子供たちは大きな憧れを持っていた。

 特に、ペイスが腕をふるった時のメニューは絶品と評判であり、その時は大真面目に従士同士の争奪戦にまでなる。本来止めるべき従士長まで大人げなく参戦するのだから、どれほどの人気か推して知るべきである。


 「さて、じゃあ焼きましょう」

 「はやく、はやく」

 「ルミは慌てない。じゃあリコ、焼き加減の見極め方をしっかり覚えてくださいね」

 「頑張ります」


 パイの焼き加減というのは、見極めが難しい。

 焼きすぎれば焦げてしまうし、焼きが足りなければ生地や中身が生焼けになる。


 焼いている時の香り、火の具合、焼かれていく見た目、目安となる時間など、程よく焼くためのコツを、ペイスは惜しげもなく婚約者の少女に教えていく。

 しばらくすると、香ばしい良い香りが漂いだす。いい具合の焼き加減のところで、ペイスはパイを取り出した。


 「さて、こんなものでしょう。……で、こうやって六等分っと」

 「八等分ではないのですか?」

 「まあ、今日のパイは小さめですから」


 焼き上がり、切り分けられるボンカパイ。

 その出来栄えは、ペイスの中では中の上程度。まずまずの出来栄えに仕上がったと、一人頷く。


 「よし、じゃあ早速試食してみましょうか」

 「うっし、じゃあこれとこれ、俺のな」

 「マルク、てめえ、そのでかいのは俺が食おうと思ってた奴じゃねえか」

 「早い者勝ちだ。旨え、旨え」


 食べてよし、と許可を出した瞬間に伸びる子どもたちの手。両手を伸ばし、美味しそうに食べる。

 サクリとした食感。とろりとしたボンカ。爽やかな酸味と、口の中を満たす甘味。

 贅沢なパイの味。絶品のそれは、食べた子供たちが大満足する逸品である。


 「さて、では僕も……って、あれ?」


 六切れで切り分けたはずのパイ。ペイスが食べようと思った時には、既に無くなっていた。

 ルミとマルクが、行儀悪く右手と左手にそれぞれ一切れづつ掴んでいるのだから、あと二切れ残っているはず。


 ふとペイスは一人の少女の方を見た。


 「リコ……」


 そこには、ちゃっかり自分も二切れを確保した婚約者の姿があった。


 「これは譲れませんから」


 ちょっと恥ずかしげに、それでもしっかりとリコリスは答えるのだった。




さて、書籍化の御礼の短編リレー。

次は「悪ガキだった他2名の恋バナ」


そろそろ本編の方も更新したいなと思いつつ、もうちょっと書くつもり。

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