書籍化記念短編 「出会いの一幕」
短編 「出会いの一幕」
アニエス=ミル=デトモルトは憂鬱だった。
「はぁ」
独身の男女が出会いを見つける場として、舞踏会は最もふさわしい。
身体にガタのきた年寄りは、身体能力的に参加したくても出来ないため、他の社交と違ってうるさいお偉方が寄り付き難い。そして、多少の会話下手でも踊りさえ何とかなれば十二分に社交を果たせるというハードルの低さ。
男女が身体をぐっと近づけるだけに、彼我の距離感もかなり近づくし、若い人間にとっては堂々と異性の手を取れるチャンスでもある。
しかし、それは自分から積極的に動ける人間に限ってのことだ。
「もう部屋に帰ろうかしら」
一人、壁際でそう零すアニエス。
デトモルト男爵家が主催する舞踏会が始まってすでに一鐘分は経っただろうか。
目ぼしい人間は粗方踊り終わり、ちらりほらりと三度踊る相手が見つかった組み合わせも出てきている。
アニエスからすれば、兄から強制された舞踏会であり、楽しいとは思えない場でもある。義務的に相手を変えつつ何度か踊った所で、誘われることも無く壁際でじっと場の盛り上がりを見つめるだけ。いわゆる壁の花状態。
アニエスは、美人である。家柄も、主催する男爵家の令嬢と由緒正しい。性格もどちらかと言えば明るくて人好きのする性格。社交の教育も受けていて、マナーにも問題は無い。服装だって今日の為に誂えられた美しい橙色の装い。
本来であれば、舞踏会などに出れば引っ切り無しに相手から誘われるはずであり、むしろ断る方に忙しくなるはず。なのに、何故か男連中は彼女を遠巻きにする。
その理由は、と問えば彼女の年齢と立場と過去のいざこざにある。
デトモルト男爵家の先々代と先代の当主交代が、戦乱もあって非常に短い間隔であり、当代などは彼女の叔父であるのは誰もがよく知る所。男爵家の相続に関わるごたごたと、数多の思惑によって婚期が遅れたのは、知る人ぞ知る有名な話だ。
下手に家格の高い家に嫁げば外戚の介入と圧力を受け、かといって家格の低い家に嫁がせれば男爵家に不利益を運んだと政敵の攻撃材料にされる。なまじ名家であるが故の弊害ともいえる。
それ故に結婚相手を見繕うのが大変難しい状況となり、ずるずると婚期を逃して今があった。ある程度の年齢になってしまうと、どうしても年下からは声を掛け辛くなってしまう。
また、美貌を謳われた十代の頃などは、高位貴族に欲望丸出しで側室にしたいと望まれることもあったのだが、それを本人が『絶対に嫌だ。あんな男の側室にされるぐらいなら死んでやる』と一蹴した過去があった。それ以来、高位貴族とその取り巻きたちからは何かと目の敵にされている。
「どうしました。踊りもせず、こんな隅に居るなど、王国一の名花とも言われた貴女らしくも無い」
「カールヴィッフェン準男爵。御無沙汰しております」
今しがた、ニヤつきながら声を掛けてきた男もそんな取り巻きの一人。
「男爵家の御令嬢ともあろう人が、誘われることも無く、ただ立っているだけとは。やはり女性には外見だけではなく内面も大事なのかもしれませんな」
「どういう意味でしょう」
「そのままの意味です。女だてらに気が強いのも結構だが、それで良縁を逃し、あげくこうして寂しい立場になっては、折角の美貌も宝の持ち腐れではないかと心配しているのですよ」
「ご心配いただき光栄ですこと」
嫌味な言葉のオンパレード。
言外に嫁ぎ遅れをなじる意味合いが多分にある会話。アニエスにとってみれば、こういう絡まれ方をすると分かっていたからこそ、舞踏会などには参加したくなかったのだ。
そして、舞踏会を含む社交を忌避してしまい、結果、良き相手に出会うことも無いという悪循環。世の中はままならないことが多いとはいえ、本人に非のない理不尽が存在することに憤りを覚える人間は多いだろう。
「カールヴィッフェン準男爵のおっしゃる通りですな」
「これはこれは、エンガン=ゴーバヒィッフェ卿」
アニエスにネチネチと男が絡んでいた所に、更に加わる男がいた。
エンガン=ミル=ゴーバヒィッフェ準男爵家次男。やや小太りで、おかっぱのような髪型をしている二十代前半の若者だ。
彼もまた件の高位貴族の取り巻きであり、久しく社交の場に出てこなかったアニエスに対して、ここぞとばかりに嫌味な言葉を投げつける。
「女性というものはやはりお淑やかであるべきでしょう。夫を立てて、家を守り支えていかねばならぬのに、我の強いわがままな人間であっては家が潰れかねません」
「然り然り。卿の言うことも尤もだ。男であっても、外面だけ良くて中身がひ弱な男なら家が潰れる。女性とて同じようなものでしょう。幾ら見た目が良くても、中身が男のようであっては困りますからな」
「さすがは準男爵。ご意見その通りかと思います。やはり男たるもの女性を守る騎士であらねばならぬのと同じく、女性は守るにふさわしい淑女であって欲しいものです」
じっと侮辱に耐えるアニエスではあったが、その目はキッと相手を見返していた。
悔しさに、スカートを握りしめている様は、かなり痛々しい。
男たちがはははと笑い合う中で、涙が溢れそうになるのを堪えていた。
彼女が思わずその場から逃げ出そうとしたその矢先。
男たちとアニエスの間に割って入る者が居た。
「女性を守るのが騎士であるなら、私がその任を負いましょう」
「なんだ貴様は!!」
アニエスを背に守るように立つ男。
若々しい丈夫であり、鍛えられているであろう体躯は衣装の上からでもはっきりと分かった。
美食に慣れている男たちとは違い、戦場の荒々しさをそのまま持ち込んだような雰囲気がそこにある。
「さきほどから聞いていれば女性に対してあまりに無礼な言動。それ以上、この女性に対して失礼を働くというなら、王国貴族の一員として見過ごすわけにはいかない。どうしてもというなら、表へ出ろ。私が相手をしてやろう」
「貴様!!」
「やめろ、こいつは……」
激高しそうになったエンガンを、カールヴィッフェン準男爵が止める。
準男爵は、目の前に現れた男がいかなる人物かを知っていたからだ。神王国でも彼と決闘して勝てる者など五本の指でも余る程度にしか居ない。
「っち、貴殿の顔、覚えておくぞ」
「何時でもこい。受けて立つ」
捨て台詞とともに場を離れた男たち。
その場に残ったのは、一人の騎士と思しき偉丈夫。そして、美貌の女性のみ。
「あの、ありがとうございました」
「礼には及びません。見ていられなかっただけですから」
そう言って、偉丈夫もまたその場を離れようとする。
咄嗟に、アニエスは言葉を口にした。
「あの、お名前を……」
聞かれた問いに、男は半身のまま答えた。
「カセロール。カセロール=ミル=モルテールンです」
二人はその後再び出会い、夫婦となったのだが、それはまた別のお話。
次回はスイーツクッキング。
…なんだか、久々にお菓子が出てくる気がする。




