書籍化記念短編 「カセロールとシイツの出会い」
短編 カセロールとシイツの出会い
酷い悲壮感に覆われた戦場。満身創痍で呼吸も荒い連中が居るかと思えば、こそこそと逃げ出す相談をしている連中も居た。
「よう、お前さんが覗き屋か?」
「あん?」
血の臭い。鉄の匂い。腐った肉の匂い。饐えた汗の匂い。
どれをとってもいい匂いとはとても言えないものであり、そんな中に居る男たちもまた、まともとは言い難い連中ばかり。
下手をすれば、近づく連中を手当たり次第に襲ってしまいそうな剣呑な者達。
そんな連中に声を掛ける男が居た。
まだ十代と思しき童顔に、申し訳程度の皮鎧を着た男。
「知らねえ顔だな。誰だ、お前。俺に何の用だ」
「俺はカセロール。ちょっとお前さんのことを聞きたくてね」
「失せろ。今は他人と話す気はねえ」
覗き屋シイツ。
神王国西部の辺りでは名の通った傭兵団『暁の始まり』に所属する男。少数精鋭と名高い傭兵団の中では若手になるが、その特異な能力からスカウトされたという経歴を持つ。
特異な能力とは魔法。二万人に一人と言われる稀有な能力であり、彼の魔法は遠くのものを見ることが出来るというもの。
替えの利く捨て駒扱いにされやすく、正しい情報や戦況を知り辛い傭兵団にとっては、生命線とも言える能力を持っている。
だが、魔法といえども万能ではない。特に、個人としてではなく集団の一部として能力が使われていた場合、集団全体が道を誤ることもある。
『暁の始まり』は、神王国西部に伝手も多かった理由から参戦したのだが、完全な負け戦の側に付き、更には逃げ時を見誤ってずるずると王都まで連れてこられてしまった。
引き際を大事にする傭兵団としては、間違ったと言っても良いだろう。
数倍する敵方の戦力に押され、逃げ出して食い詰め、止む無く子供ともいえる王子に雇われていた。好き好んで居る場所では無い。
逃げる時に失った仲間も多い。見知らぬ他人と仲良くお話しましょう、という雰囲気になるわけもなく、鬱陶しいとばかりにカセロールを追い払おうとする。
「まあそう邪険にするなよ。お前さん、貴族の指揮官と喧嘩したことがあるって?」
「まあな」
「何で喧嘩になった?」
「さあな」
「そういうなって」
カセロールは、シイツに自分の知っていることを確認する。その内容は、特に誰かが隠しているわけでも無く、大勢が知っている事だからだ。
西部で戦端が開かれた時。
参加した傭兵たちは、まさか北部や東部も同時に侵攻を受けているとは知らなかった。それ故、多少持ちこたえていれば援軍が来るはずだと、誰しもが思っていた。
しかし、それが裏目に出た。西部が多少なりとも持ちこたえていた為に、北部や東部に戦力が傾斜してしまったのだ。
それを僅かな情報から推察し、シイツ達は撤退を進言した。
だが、貴族の指揮官は、その意見を却下した。劣勢とはいえ持ちこたえられていたという事実に、判断を誤らせたのだ。
結果、敵方の総攻撃によって虚しく破れ、王都まで逃げ出して来れば、そこに居たのは千にも満たない小勢であった。
決戦の機運高まる中、神王国側の劣勢は如何ともしがたい。数にして何十倍も開きがある。ここにきて裏切った貴族達も大勢いる。他の傭兵団については言わずもがな。
「俺は、お前たちの戦術的な視野を評価している。そこでだ、意見が欲しい。もしも今の状況から逆転しようとしたら、どんな手があると思う?」
「ああ? お前馬鹿か? この状況で勝てるわけねえだろ。どうやって上手く逃げるかを考える方が建設的だろが」
「いいから、考え付くことを言ってみてくれ」
「……そうだな。この先の遥か向こうに、敵のお偉方が揃っている。圧倒的優勢に油断しきってな。奴らに気付かれないよう、こいつらの首を獲れりゃ、まあ勝ち目もあるかもな」
シイツは、嘲笑を込めて言った。
どうせ出来るわけもないと、鼻で笑うような態度を崩さない。
「そうか……場所は正確に分かるか?」
「あん? そんなことを聞いてどうす……おい、まさか」
「場所だ。可能な限り正確な、敵の指揮官の場所を教えてくれ」
「やめろ、死ぬ気か?」
「いいから場所を教えてくれ。時間がないんだ」
カセロールの顔に浮かんだ決意。それを読みとったシイツは慌てた。
幾ら狡すっからい傭兵団に居るとしても、無闇に人を死に追いやりたいわけではない。
だが、何故か妙に勘に引っかかった。このまま教えてやった方が上手くいきそうな予感。
「……この指差す方角のあの木が分かるか? 右生りに枝が伸びている一本杉だ」
「ああ」
「あの木の奥に、将軍の居る幕舎がある。さっき見たら酒をかっくらって居やがったから、宿舎で寝てる頃合だろう」
「そうか。助かったよ、ありがとう」
「変な野郎だな」
カセロールは、目的を果たしたとばかりに立ち去ろうとした。
その後ろ姿に、シイツは声を掛ける。
「それとな、俺のことを覗き屋と呼ぶなよ。嫌いな呼び名だからな」
後ろ手に生返事で応えつつ、カセロールは去って行った。
◇◇◇◇◇
「で、そのあとどうなったんです?」
「どうもこうもねえな。あいつが敵の指揮官を獲っちまって、騒動になっているのを俺が見て。これはチャンスだと大声で騒いでいたら突撃命令が出て。気が付いたら勝ってた。未だにあの時のことは詳しく思い出せねえのよ。必死だったからな」
シイツはそういって豆茶を啜った。
聞き役はニコロを始めとする若手の連中だ。先の大戦を知らない世代に、どういう戦いだったのかをせがまれて話していたところだ。
「なんだか、凄い話ですね、改めて聞くと」
「そうかね。ただ単に必死だっただけだよ。俺も、カセロールもな。それで、終わった後にあいつが挨拶に来て、部下にならないかと誘われて。今に至るってわけだ。人生なにがあるか分からんよ」
「手柄を立てて立身出世ですか。俺も、いつか大活躍してみたいですね」
「やめとけ。何が大事って、安穏で平和な暮らし程良い物はねえ。俺ぁ心の底からそう思う」
若い者は血の気が多い。世に謳われるほどの英雄譚を紡いだ当人が身近にいる以上、自分もそれに倣いたいと考える気持ちは分かる。自分達も経験してきたことだけに、分かりすぎるほどに分かる。
だが、それは若い命を無駄に散らすことになるのだ、とシイツは厳しく諌める。
そんな小難しい会話ではあったのだが、しばらくすれば話もわき道に逸れてくる。
何時の間にか、話題は変ったものになっていた。話す内容は、親友の若い頃の失敗談だ。
「でよう、その時カセロールの奴がどえらく緊張して花束をもっててな。もうそれが傑作で……」
人生の黒歴史とは、親友によって本人の与り知らぬまま、暴露されるものだった。