書籍化記念短編 「モルテールン家のとある一日」
ジョゼフィーネお嬢視点の一人称形式。花嫁修業中のお嬢様の一日です。
短編 モルテールン家のとある一日
「ジョゼ、もう朝よ。起きなさい」
「は~い」
朝。母様の声でベッドから抜け出す。
このあいだ買ってもらった、綿がたっぷり入ったふかふかお布団が最近のお気に入りで、つい朝寝坊が習慣になってしまった。ごろごろとしていると、つい二度寝してしまいそうになる。
何でも、王都でも最高級な布団らしい。父様と弟が頑張って稼いで買ったらしいのだが、弟はこんなフカフカの布団でもまだ不満があるらしい。贅沢な弟だ。
うちの弟は変わり者。生まれた時からおかしな子どもで、昔は子犬みたいで可愛かったのに、最近はちょっと生意気になっている。頬っぺたをふにふにとさせてくれなくなった。
ほんと、生意気になったものよね。
「おはよう、母様」
「おはようジョゼ。もうすぐカセロールとペイスも来るから、座って待っていましょう」
朝の身支度を手早く整えて食堂に行けば、母様と勤め人だけしか居なかった。早く食べたいのに、待つしかないのはちょっと不満。お腹すいたよ。
「待たせたな」
しばらくすると、そう言って父様が食堂に来た。ペイスも一緒に居たから、何か仕事の話でもしていたのだろう。
食事の前の祈りを済ませ、早速目の前のスープを食べる。今日のはまあまあ美味しいわね。
「姉様、これも食べますか?」
「いる!!」
弟が差し出してきたのは、干したイチジク。甘味があって美味しい、私の好物。
さすがペイス。よくできた弟に、私は嬉しさを感じた。そうよ、やっぱり弟は素直なのが一番よね。
一口かじると、想像通りの美味しさ。ああ、幸せ。
貰ってばかりなのも悪いので、代わりに、パンの美味しい所を弟に分けてあげた。ほら、もっと喜んでも良いのよ?
うちの弟は、成人してからというもの忙しそうに働いている。
父様も忙しそうにしているわけだけど、弟もそれに加わって忙しさが増している感じらしい。
考えるに、忙しい元凶はペイスね。この子は仕事を増やすことに関しては天才的だもの。余計な仕事まで増やすいたずらっ子なのが難点かしら。
朝の食事が終われば、憂鬱な花嫁修業が始まる。
ああ、やだやだ。
お茶の入れ方とか優雅な椅子の座り方とか。将来の何の役に立つのだろう。
刺繍なんて、私のこれからには要らないと思う。ちくちくと細かい作業をするのは、本当に面倒くさい。
「でも、こうやってお義姉様と一緒に練習できるのは、私は嬉しいです」
一緒に花嫁修業をしていたリコリスちゃんの言葉だ。なんて良いこなんだろう。やっぱり育ちが良いと、お上品になるのかしら。
まあ、この娘なら、うちのペイスをあげても良いかと思う。ちょっとモヤモヤするけど。姉さまが嫁いだ時の父様もこんな感じだったのかな?
「リコリスちゃんは良いわよね。刺繍してあげる相手が居るから。私はまだそんな相手が居ないから、チマチマやるのが気乗りしないのよ」
私の言葉に、ちょっと照れたリコリスちゃん。
立場としては辺境伯家の娘だから、私よりは上のはずなのに、婚約者の姉として立ててくれる。可愛いからついギュッとしてみた。
「お義姉様、ちょっと苦しいです」
「あ、ごめん」
ちょっとやりすぎだったみたい。
うちの母様の抱き付き癖が、ちょっと移っていたのかも。気を付けよう。
そんな母様を見れば、鬼教官の顔で居た。う、なんか怖い感じ。
「ほらジョゼ、貴女の方は手が止まっているわよ」
「うぅ……」
母様に言われて、刺繍の続き。私はこれが苦手だ。神様、どうか刺繍なんてものが無い世界になりますように。
ああ、こんな境遇から救ってくれる素敵な人とか居ないかしら。
「婚約者でも出来れば、花嫁修業は減るよね?」
淡い期待を込めて聞いてみた。もしかしたら、既に決まった相手が出来れば、良い縁談に結びつくようにと努力する花嫁修業は免除されるかも。
「とんでもないわ。余所に出しても恥ずかしくないように、もっとビシバシやる必要がでるだけでしょう。それに、うちの人が準男爵になってから、ジョゼにも引っ切り無しに見合いの話が来ているそうだから、決まるのもそう遠くない話よ? あちこちから無視できない縁談が舞い込んできているって、カセロールがぼやいていたのだし。だからもっと真面目におやりなさい」
え?
今何か聞き逃せない話が出た気がする。
縁談? 私の?
おお。もしかして、私もいよいよモテる時期が来たのかも。ペイスが言っていたモテ期ってやつ?
「へぇ~。素敵な人がいっぱいなら嬉しいな」
「そうね。でも、素敵な人と釣り合う様になるためにも、花嫁修業は大事ですからね。ほらそこ、もっと丁寧になさい」
「うぅ……」
「お義姉様、頑張りましょう」
刺繍の時間が終われば、お茶の時間。お茶が終われば礼儀作法の練習と、忙しくしているうちに夜になる。
夜もまた、食事の礼儀作法を学ぶ時間。
「ジョゼ、今日はどうだった?」
「今日も頑張ったわ。すごく疲れた。もうへとへとよ」
「ジョゼ」
「あ、コホン……本日も最善を尽くしました。実り多く充実した一日であったと感じております」
「よし」
ああ、もう、面倒くさい。
父様との会話も、貴族の会話の練習になる。
もっと気楽に話しても良いと思うけど、貴族ってそういうものなんだって。言質とかいうものを取られないように、あえて遠回りで曖昧な言葉を選ぶとか、何だか肩がこる。
たっぷりと時間をかけた食事が終われば、就寝の時間だ。
寝支度を済ませ、身体も綺麗にして、寝間着に着替えさせてもらってベッドに入る。
ああ、フカフカなベッドが気持ちいい。
遠くで、夜中に家を抜け出そうとした弟が叱られている声を聴きながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
また明日も頑張ろう。
次は、カセロールとシイツの初めて対面です。
本を手に取って頂けた方には感謝感謝。