ニルダの秘密
「帆を上げろ!!」
「オラそこ、チンタラやってんじゃねえぞ!!」
怒号が飛び交う。
船上とは過酷な現場だった。
「何グズグズやってるんだ。どけっ、あたいがやる!!」
中肉の男を押しのけて、一人の女性が帆のロープを握った。
彼女がぐっと力を込めたところで、その腕の筋肉もまたぐぐぐっと盛り上がって応える。男が苦労していた揚帆を、いとも簡単にこなしてみせた。
この女性こそ、もってこの船の操船を預かる、ボンビーノ子爵家従士団第六小隊の隊長。人呼んで海蛇のニルダ。
先ごろ新設されたボンビーノ子爵家の第六小隊は、海事専門の部隊。ニルダを筆頭に、元は水龍の牙に所属していたメンバーが半分。残りの半分が、元々ボンビーノ家で海事を担当していた面々が引き抜かれて所属している。
海賊スレスレの荒っぽい連中が母体とあって、伝統あるボンビーノ家の、ある種お上品な従士団からみれば異端中の異端。
そもそも、こんな海賊と見間違いそうな小隊が出来たのは、一通の推薦状による。
モルテールン家長男、ペイストリー直々の推薦状。
曰く
『今後ボンビーノ家では海事において軍事力の増強が急務となります。海のことをよく知り、ボンビーノ領界隈の事情を知悉する二ルディア女史を、従士として取り立てて頂けるよう強く推薦するものです』
という内容だった。
これを読んだボンビーノ子爵ウランタは、彼女らの雇用を即決した。ペイスの先見の明をよく知る者として、彼女たちの力が必要になる事態が来ることを確信したからだ。
実際、海賊問題が落ち着いたと見るや否や、落ち目だったボンビーノ家を舐めて掛かって、密漁や密輸を企む連中が雨後の竹の子の如く現れた。
これに対処する際、ニルダ達の知見や技術は何物にも代えがたいものだと証明されたのだ。
その功績を踏まえ、ウランタはニルダを雇用間もなくであるにも関わらず昇進させ、一隊を預ける決断を行った。
そうして出来たのが、第六小隊というわけだ。
「姐御、見えてきました」
「うし、お前ら、荷卸しの準備しておきな。うちの大将が首を長くしてるよ」
「あいあい」
ニルダが大将と呼ぶのは、勿論子爵家当主のウランタだ。
自分たちを正当に評価してくれている若き当主に対して、敬意を払ってはいるのだ。彼女なりに。
運んでいる積荷は、遠方で買い付けたとっておき。ニルダは詳しく知らないが、ウランタに対して発注をしたお客が居たらしいのだ。
詳しくつつけば銀髪の少年にたどり着きそうなので、絶対に詳しく知ろうとしないだけだが。
やがて、港に船が着いた所で、一斉に船員が動き出す。
「ちゃっちゃとやりな。手際が悪いと、積荷が腐っちまうよっ」
ニルダの檄の下、荷物が降ろされる。
「ニルダさん、お帰りなさい。遠出の船旅、ご苦労様でした」
「おう大将。あんたが言ってたもんはこの通りさ」
「…よし。確認しましたので、運ばせて下さい。それにしてもニルダさん、相変わらずそんな口調なんですね」
「へいへい、お上品な大将には耳障りでしょうよ。あたいは昔っからこれだからね。今更直すつもりも無い」
「そうですね。これぐらいは呑み込む度量が無ければ、立派な貴族にはなれませんね。モルテールン卿を見習わねば」
「……それは良いのか悪いのか」
見習う相手は選ぶべきだ、とは言わなかった。
下手に藪を突いて、モルテールンの龍を出してしまってはことだからだ。
「ところでニルダさん」
「ん?」
ふと、ウランタの声が小さくなった。
内緒話のような格好になり、ニルダは少年に耳を近づける。
「モルテールン家から、例のブツを仕入れました。こっそりと一つ、如何でしょう」
「何だって!!」
例のブツ、と聞いた瞬間、ニルダの目がカッと開いた。
「何でそれがあることを早く言わないんだい!!」
今にも襲いかかりそうな勢いでウランタを掴むニルダ。
そんな彼女が、目立たないはずが無い。
「姐御、どうしたんです?」
「姐さん、何か有りましたか」
わらわらと寄ってくる部下達。
それに対しニルダは、手当たり次第に蹴りを見舞いながら追い散らす。
「何でもないよ。散れ、このボケ共!!」
だがしかし、彼女の顔は真っ赤になっている。
それを見ながら、ウランタはボソッと呟いた。
「そんなに食べるのが恥ずかしいのでしょうか……シュークリーム」
海蛇のニルダ。
甘いものが大好きな、心は乙女の団長であった。
本編70話の後日談?




