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結果から言うと、氷柱は今日から数日、入院することになった。母親からのメールが、御節と冬里と共に昼食をとっている最中に届いた。


 通っている中学は休み、母親の引率のもと病院へ行ったところ、季節の変わり目による風邪だと診断されたようだ。


 自宅療養で様子を見てもよかったのだが、体の弱い氷柱であったため、主治医から入院を勧められたようだ。氷柱は嫌がっていたらしいのだが、母親の説得の末に、渋々と入院を決意したそうだ。


「氷柱ちゃんが入院!? 大丈夫なのか!?」

「症状はどうだったの? 心配ね……」


 睦月との付き合いもあり、冬里と御節は氷柱とも懇意な間柄であった。そのため、氷柱の入院の報を睦月から聞くや否や、表情を曇らせ、彼女の身を案じてくれた。人懐っこい氷柱も、二人のことを「お兄ちゃんとお姉ちゃんみたい」と評しており、心を開いていた。


「体が弱いのは幼いころからだし、あの子にとっては慣れっこだから、大丈夫だとは思う。近頃寒くなってきたし、体調を崩しやすい時期になっていたからね」


 そう二人を安心させるように言う睦月ではあったが、一刻も早く、氷柱のもとへと駆け付けたかった。今が休憩時間ではなく、放課後であれば、一目散に彼女のもとへと向かうというのにと、今日が平日であることを恨んだ。


「面会はできるんだろう? 放課後、お見舞いにいっても大丈夫か?」

「ああ、もちろんさ。氷柱もきっと喜ぶと思う」

「それじゃ、学校が終わり次第、すぐに行きましょう。何か果物でも買っていかないとね」


 氷柱のもとへすぐに行けない焦燥感は収まらなかったが、二人の優しさは救いだった。一人を極端に嫌う氷柱のことだ。二人の見舞いを喜ぶに違いない。


「だけど、二人ともいいのか? 御節は生徒会に所属しているし、冬里は部活があるだろう?」

「私は別に問題ないわ。文化祭はもう終わったし、いかに生徒会長といっても、仕事がなければただの一般生徒でしかないんだから」

「それならいいんだけどさ。でも、冬里はきつくないか?」


 サッカー部に所属、エースストライカーかつキャプテンの冬里が易々と部活を休めるとは思えなかった。


「大丈夫だって。俺の適当さは全員わかっているし、副キャプテンは俺より有能だしな。問題ないさ」


 それに、と照れくさそうに冬里は笑い、


「氷柱ちゃんのためだったら、部活の一つや二つくらい休んでやるさ!」

「……さんきゅ、冬里」


 確かに適当なところも多々あるが、冬里を動かす原因のほとんどは、優しさであることを睦月は誰よりも知っていた。


「だけど、氷柱はやらないからな?」

「ちょっとお義兄さん! 俺はそういう意味で言ったわけでは――」

「思いっきりお義兄さん言っているじゃないか!」

「ボケツホッター!」

「どこの魔法使いよ」


 御節の的確なツッコミに、睦月と冬里が笑った。二人のおかげで、随分と気が楽になったのがわかった。やはり、持つべきものは友人だな、と心の底から思った。





 氷柱の通院先である総合病院は、睦月たちの通う高校と真白家のちょうど真ん中に位置している。市営電車で三駅ほどまたいで数分徒歩すれば着く距離だ。こういった面からも、真白家は利便性に優れた場所に住居を構えていると言えた。


 最後の授業である六時間目の授業を終え、睦月たちは氷柱の入院先である総合病院へ向かった。授業中も絶えず、焦燥感に襲われていたため、午後の授業の内容なぞ、全くと言っていいほど頭に残ってはいなかった。


「そういえば、今日は終礼があるって、朝礼のとき先生言っていたけど、どうするの?」


 帰り支度をしている最中の睦月と冬里に、御節が聞いた。


「そんなのお構いなしに決まっているだろ!」


 息の揃ったふたりの返事に、「全くあんたたちは……」と、御節は吐息をついたものの、あっさりと二人の後についていった。成績優秀であり、生徒会長を務めてはいるが、友人のためには多少のリスクを厭わない、気の置けない友人だった。


 そういった経緯を経て、三人は氷柱の病室に辿りついた。


 親馬鹿でもある父親の計らいか、数日の入院であるにもかかわらず、氷柱の病室は完全個室だった。これに関しては、いつものことではあるのだが。


 病室に他の来訪者がいるか、並びに氷柱が起きているかを確認するため、控えめにノックし、扉を少し開ける。


「氷柱、起きてる?」

「あ、兄ちゃん。うん、大丈夫だよ」


 氷柱の声を確認し、三人は病室へと入った。


 当たり前と言えば当たり前だが、病室は殺風景だった。余計なものは一切なく、清潔感のある白を基調とした部屋だ。金はかけているためか、大きめの液晶テレビや、客人のためにセットされたソファなどはあるものの、やはり物寂しい空間あることは否めなかった。慣れない消毒液の匂いも充満しているため、氷柱がたびたび入院を嫌がる理由がよくわかる空間であると言えた。こんな物寂しい場所で数日を過ごすのは、確かに心細いだろう。


 白い空間に設置された、白いベッド上で氷柱は三人を迎え入れた。三人の顔を確認すると、火照った顔は即座に笑顔へと変わった。


「氷柱ちゃあああああん! 体調はどうなんだああああ――ぐふっ!」

「静かにしないか」


 病棟にも拘わらず、大声をだす冬里の横腹を小突いた。


「お久しぶりです、冬里さん。相変わらず元気ですね。まだちょっと熱はありますし、頭痛もしますけど、点滴もしたんで少し落ち着きましたよ。ありがとうです」


 氷柱は騒ぐ冬里に嫌な顔一つせず、それどころか笑顔で礼を言った。仲のいい間柄である証拠だった。


「大丈夫さ! 氷柱ちゃんの! ためなら! 部活の! 一日や! 二日くらい! いや、退部だって――ぐふっ!」

「だから静かに。そして、どさくさにまぎれて氷柱に触れようとするな」


 今にも氷柱に飛びかかろうとせんばかりの冬里に、渾身の力をこめたパンチを腹にお見舞いする。


「落ちついたといっても、体中から発汗しているわ。まだ辛いでしょう。あとで汗を拭いてあげるわ」


 氷柱のそばに移動していた御節が、彼女の汗ばんだ肌に触れて言った。


「ありがとうございます、御節さん。すみません。生徒会の仕事もあったでしょうに、こんなところまで来ていただいて」

「大丈夫よ。生徒会を休んだのは私の判断なんだから、氷柱が気に病む必要はないわ。私が氷柱に会いたかった、それだけよ」

「本当に御節さんはしっかりものだなぁ。ぜひ私のお姉ちゃんになってほしいくらい」


 そう言って、氷柱は御節に抱きついた。


御節は氷柱を愛でるように、優しく髪を撫でた。その絵は、本当に姉妹のようだった。


「兄ちゃんにも御節さんみたいなしっかりものの彼女がぴったりだと思うんだけど」

「なっ――」


 どっちが病人だと思うくらいに、御節は顔を真っ赤に染めた。最近こうして顔を赤く染めることが多くなっているような気がした。御節も風邪をひき始めているのではないだろうかと、睦月は心配した。


「つ、氷柱! そういうことは本人がいる前で言わないの! そ、その、睦月が勘違いするでしょ!」

「え? 勘違いって?」

「ま、まるで私と睦月が、つ、付き合えばいいみたいな――」

「うん。そういう意味で言ったんですよ」

「い、いや、それは、その……。妹の氷柱がどうしてもって言うんなら、その――目付役として、つ、付き合ってあげても、いいんだけど、ね?」


 熱気で上気した顔を睦月に向けた。瞳が小さく潤んでいるのも見て取れた。


 睦月は小さく溜め息をついて、生まれて間もない小動物に触れるように、氷柱の頭を優しく叩いた。


「こら、氷柱。御節をからかうのもそこらへんにしとく。御節に失礼だろう。本当に好きな人がいたらどうするんだ」

「え? ああ、う、うん。そうだね……」


 呆れたかのように、氷柱は苦笑を浮かべた。


「やっぱ重症だな。診てもらうべきは、むっつんだぜ」


 やれやれ、と冬里も諦観にも似た溜め息をついた。


「大丈夫、私は大丈夫……。慣れっこ。こんなの、もう――慣れっこだから……」


 アハハ……と御節は力なく笑った。


「よくわからないけど、氷柱。無理にしゃべると、余計に体調が悪化するぞ?」

「大丈夫だよ、兄ちゃん。昨日よりもずっと体が楽になってきてるから」

「それならいいんだが、辛かったら何でも言うんだよ。できることなら、兄ちゃんが何でもやってやるから。何か欲しいものとかない? すぐに家に取りに行くし、必要なら買いにいってやるよ」

「大丈夫だよ、兄ちゃん。ありがとう」


 目を細め、氷柱は微笑んだ。


「本当か? 本当に大丈夫なのか? 氷柱は強い子だから、何でもかんでも我慢しようとするだろ? でも、俺たちは家族なんだから、遠慮なんてしなくてもいいんだぞ」

「うん。ありがとう、兄ちゃん」


 再度、氷柱は微笑んだ。


「いや、やっぱり氷柱は無理してる。兄ちゃんはわかるんだからな。ダメだぞ、氷柱。何でも一人で抱え込むことはいけな――」

「お、おい。むっつん? 氷柱ちゃんも大丈夫だって言っていることだし、もういいんじゃないのか? あと、キャラが変わっているぜ?」


 暴走する睦月を制止しようと、冬里が肩を揺さぶった。


「うるさい! 外野は黙っていてくれないか!」


 目の色をぎらっ、と変え、冬里の肩を乱暴にはたいた。


「こわっ! 目が怖いよ、お兄さん!」

「誰がお義兄さんだ! そう簡単に家の氷柱はやらないぞ!」

「今回はそっちのおにいさんじゃないよ! 妹のことになるとキャラ変わりすぎだから! むっつんの愛情は絶対おかしい! こんなの絶対おかしいよ!」

「とにかく、兄妹の会話に口を出さないでくれ! 氷柱、本当に大丈夫なんだな?」

「本当に兄ちゃんは心配性だなぁ。でも、ホントの本当に大丈夫なんだよ。ありがとう、兄ちゃん」


 睦月の再三の確認にも、氷柱は嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「この寵愛を容易く受け入れる氷柱も相当なものね。仲がいいという証拠なのかもしれないけど。これが兄妹じゃなくて、ただの異性同士なら完全にバカップルよ。兄妹馬鹿ってやつね」


 えへへと、火照った頬を緩ませ、氷柱は笑った。


「兄ちゃんは私のことが大好きですから。でも、私も兄ちゃんのことが大好きですから、これでいいんですよ。ね、兄ちゃん」

「ああ、もちろんさ! 俺はいつまでも氷柱ラヴだよ! 今日はもちろん、氷柱のためにここに泊まって、付きっきりで看病する!」

「ホント!? ありがとう、兄ちゃん! 一人じゃ寂しいから、本当に嬉しい!」


 愛おしい笑顔を浮かべる氷柱を睦月は力強く抱きしめた。氷柱もまんざらでもなさそうに、睦月の背に手を回した。


「何だろうか。この敗北感は……。何故か、見せつけられている感がヒシヒシとするぜ……」

「同感よ。私なんてもう、ズタボロになっているほど見せつけられているわ。もう、二人だけにしてやったほうがいいんじゃないかとすら思えるわね……」

「仲が悪いよりはいいと思うけどな。でもまあ、仲が良すぎて怖いぜ……」


 若干引き気味の表情を冬里と御節は浮かべた。


 それから数時間に、母親が睦月と氷柱の衣類などを持って訪れるまで、病室には会話の花が咲き続いていた。


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