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第三回定期考査の結果を返す、そう数学担当教師の落合から発表されると、教室は一瞬にして喧騒に包まれた。自分がどれだけの好成績を収められたか気が気でない生徒や、結果を見たくないくらいと駄々をこねる生徒など、反応はさまざまだった。


当の睦月はどちらの部類に当てはまるかというと、どちらでもないと言えた。結果には全くと言っていいほど無頓着だからだ。成績なんてどうでもいい、紙切れ一枚に詰まった問題を解いて何になる。その問題の解答を知っていたところで、何か今後に役立つもなどあるのか、そう思っているからだ。しかし、どちらか選べと言われたのであれば、わかりきったテストの結果など、見たくもなかった。結果だけで言うと、間違いなく赤点に近い、最悪赤点であろうことは明白だからだ。


落合が生徒の名前を出席順に呼び、テストの返却を始めた。出席番号一番である相川がテストの結果を見た時、頬が緩んだのが見て取れた。


はぁ、と大きく溜め息をつき、頬杖をつき、グラウンドに視線を向けた。

校舎四階、窓側の席ということもあり、グラウンド全体がよく見渡せた。グラウンドでは数十名の生徒が体育座りをして、体育担当教師の指導を仰いでいた。


「めんどくせ~。テストなんてどうでもいいから、俺も体育して~。ってところか?」


 右隣に座る銀冬里が茶化すように、睦月の心の内を見事に代弁した。


「まあね。実際、こんなテストで高得点をとったところで何になるんだ、そう思わない?」


「確かに、授業で習っている問題の解き方を知っていたところで、何か得られるものがあるか、と考えると疑問だわな。特に、いま返却している数学なんてそれの最上位だな」


全くだよ、と睦月は返した。現国や地理、世界史ならともかく、数学の公式や証明やら、そんなものを覚えて何になるのだろうか。


「でも、そのセリフはこの高校に通っているやつの言うことではないだろうな。一応、進学校だぜ? ま、俺が言えたセリフじゃないけどさ」

「……うるさいよ。ほら、呼ばれているよ」


ニヤニヤと笑う冬里を追い払うかのように、落合のほうを指差すと「おっと、いけね」と冬里は駆け足で落合のもとへ向かった。


 睦月は再びグラウンドに目を向けた。数十人もの生徒がトラックを周回していた。どうやら、一月下旬に行われる恒例のマラソン大会の練習のようだ。ということは、今後の体育の授業はマラソン大会が始まるまで、持久走をはさむということになるのだろう。


 体育は全ての授業の中で一番好きなのだが、さすがに持久力訓練は面倒だな、と表情を曇らせた。


 突然、視界からグラウンドが遮断される。代わりに黒い文字と赤い文字がひかれた白い紙切れが目の前に現れた。上のほうに視線を移すと、「鎌倉御節」という名前の横に、「百」と綺麗に数字が三つ並んでいた。


「ふふん、どう、睦月? 私の点数に恐れ入った?」


 視線を横に向けると、上機嫌そうに笑みを浮かべる御節の姿があった。


「うん。あまりにもむかついたから、用紙を舐めておいたよ」

「きたなっ! 何てことしてくれんのよ!」

「冗談だよ。御節が自慢してくるからからかっただけさ。勉強が好きとはいえ、こんな問題にムキになって高得点をとろうとするなんて、御節もまだまだ子供だね」


 睦月の嫌みに、御節はふん、と鼻を鳴らした。


「その誰でも解ける問題に答えられないあんたは、子どもを通り越して馬鹿ね。あ、ごめん、つい本音が出ちゃった」


「おい、喧嘩売ってるだろ!」


 御節の挑発に、睦月は御節の右の頬を掴み、引っ張った。


「あんたが最初に売ってきたんでしょうが!」


 御節も負けじと、睦月の右の頬を引っ張った。


「違うよ! 御節が結果を見せびらかしたのが発端だろ!」


 睦月は空いた右手で御節の左の頬を引っ張った。


「私はあんたに現実を教えてあげただけですぅ!」


 御節も同様に、答案用紙を睦月の机の上に置き、睦月の左の頬を引っ張る。

 二人はしばらく、お互いの両頬を引っ張り合いながら睨みあった。


 そこに、テストを返却された冬里がニヤニヤしながら帰ってきた。


「ま~た夫婦喧嘩してんのか。トップとビリ、お熱いね。お似合いだぜ」

「な、な、何が――ふ~ふ~、よ! べ、別に冷やすほど熱くないわよ!」

「う、うおおお……。すげーな、そういう解釈もあるのな。似たようなものだけど」


 そう言われると、確かに御節の頬は熱くなっているなぁ、と睦月は呑気に思った。引っ張りすぎているからだろうか。これくらいにしておこうと、睦月は御節の頬から手を離す。御節も睦月の頬から手を離した。


「というか、冬里。別に俺がビリと決まったわけじゃないだろう。ビリ予定者とでも言ってもらおうか」

「ほとんど変わんね~よ。そんで? なんで綱引きのごとく、頬を引っ張りあっていたんだ?」


 仕方なく、睦月はかいつまんで説明した。

 なるほどねぇ、冬里は呟き、睦月の肩に手を置いた。


「あれだ、むっつん。御節は構ってほしいんだよ」

「んな――そんなわけないでしょ!」

「え~だって~。なんで窓際の睦月のところに、廊下側の御節が来るんだよ?」


 冬里は悪役のように、表情を歪ませ、口元を吊り上げた。


「そ、それは――そう! 美樹と話をしたついでよ!」

「え~と、美樹ちゃん。今日休みだぜ?」

「しくじった!」

「それどころか、美樹ちゃんクラス違うだろ」

「二重でしくじった!」

「さてさてさて、言い訳はできなくなってしまいましたが? この状況にどう思われますか、解説の睦月さん?」


 話についていけていない睦月は、え? と返し、


「いや、友達だから、構うも何もないでしょ。ただ単に話をしにきただけだよね? まあ、話にくるだけで、挑発をするのはどうかと思うけどね」

「あ、うん。そ、うね……」


 大きく溜め息をつき、がっくり項垂れる御節。


「これは重症だぜ」


 やれやれ、と頭に手をあてる冬里。

 何が何だかわからないため、話を変えようと睦月は冬里に尋ねた。


「それで、冬里の結果はどうだったのさ?」

「ああ、俺か? 三十四だ」


 そう言って、冬里は臆することなく二人に答案用紙を見せた。


「軽めに言っているけど、それ相当悪いわよね」

「大丈夫だ。俺にはむっつんがいるからな!」

「え? あの、俺はそういう趣味じゃないんですけど」

「そういう意味じゃねえよ! むっつんがいるから、最下位にはならないってことだ!」


 うるさいよ、と睦月は苦笑した。ひどい言われようではあるが、言い返せない自分がいるのも事実だった。


「真白~。取りにこ~い」

「ほ~ら、お呼びだぜ。勝負だ、むっつん!」


 はいはい、と冬里をあしらい、睦月は落合のもとへテストを取りにいった。


  落合は何も言及はしなかったが、睦月にテストを返却する際、しめった表情を露わにした。その表情だけで、結果は容易に想像できた。


 ちらり、と点数に目を向ける。「真白睦月」という名前の横に、申し訳なさそうに二十四という数字が書かれてあった。


 予想通りの結果だったということもあり、驚きこそしなかったものの、落胆はあった。点数が悪かったことに対するものではなく、補習があるかもしれないこと、及び、家に帰れば、いつものように口酸っぱく、いろいろと言われること間違いないからだった。


「むっつん! どうだったよ?」


 ニヤニヤする冬里に、睦月は同じようにニヤっ、と笑ってみせ、答案用紙を突き付けた。


「ほら。予想通りの結果だよ」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! さっすがむっつん! 期待を裏切らないぜ! 俺たちはやっぱこうじゃないとな~」


 睦月の答案用紙に指を差し、冬里は下品な笑い声をあげた。


「ああ。勉強なんてしてられないからな。これでいいんだよ」

「ホント。あんたたちは……。仮にも進学校よ? 勉強しにきたんじゃないの?」


 呆れた表情をする御節に、「いやいや」と冬里は頭をふった。


「違うね。俺たちは、青春をしにきているんだ!」

 そう高らかに宣言する冬里に、御節は呆れたように溜め息をついた。


「その青春の結果がこれ、ねぇ……。全く、しゃんとしなさいよね。あんたたちが勉強する気になったら、まあ、教えてあげないこともないわ」

「う~ん。そう言ってくれるのはありがたいんだけど、俺が勉強する確率は、俺に氷柱ちゃんみたいな妹がいきなりできるくらいあり得ないからな~」


 氷柱というのは、睦月の妹である、「真白氷柱」のことである。


「ああ、じゃあゼロパーセントってことか。冬里に妹ができることが――まあ、養子などあったとしても、氷柱の可愛さに勝てる妹なんてこの世に存在しないからね」


 臆することなく、当然だろう? と睦月は真顔で言ってのけた。


「おい、御節。いまさ、サラっとシスコンだったよな」

「サラっとどころか、思いっきりシスコンだったわよ……」

「シスコンじゃないよ。ただの意見さ。失礼なことを言わないでほしいな。可愛い子を可愛いと言って何が悪いんだい」

「それがシスコンだということに気がついていないとは……。やはり、シスコンか……」


 やれやれと冬里が首をふった。


「それはともかく、御節の善意は嬉しいけど、俺が勉強に取り組むってのは今のところはないよ。悪いね」

「はぁ……。まあ、やるかやらないかは個人の自由だからあんたに任せるけど、今のままじゃ後々苦労するわよ」


 わかってるよ、と睦月は答案用紙を乱暴に机の中へとしまった。くしゃくしゃ、と用紙に皺ができたのがわかった。


 そうだ、わかっている。このままではいいはずがない。今さら言われるでもなくわかっているつもりだ。


 それでも、どうしてもやる気がでなかった。


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