14
瞬く間に時間は過ぎ、気がつけば外は真っ暗になっていた。病棟は既に消灯時間を迎えていた。
ソナタの病室も例外ではなく、ベッド付近にある電気スタンド以外の電灯が一切ついていなかった。他に明かりがあるとすれば、今も変わらず降る白い雪くらいだろうか。
「今日も本当に楽しかったですね。疲れもあるでしょうから、今日はゆっくりお休みになってください」
ベッドに横たわるソナタの手を握る。冷たいながらも、ほんのりと帯びる温もりが、今も彼女は生きているということを証明してくれた。
「ねえ、睦月」
不意に、ソナタが声をかけてくる。
「どうしました?」
「お願いがあるんだ」
「はい、なんでもおっしゃってください」
「屋上に行かないかい?」
「屋上、ですか?」
「うん。屋上に、行きたい。今日は調子がいいんだ」
「ですが……」
表情を歪め、口を濁す。とても病室から連れ出せる状態とは思えなかったからだ。意識ははっきりしているとはいえ、今も安静は必須ではある上に、季節的にも体にかかる負担は大きいはずだ。
「睦月、お願いだよ。今日だけでいいんだ」
すがりつくような眼差しで懇願するソナタに、睦月は首を横にふることはできなかった。
「――わかりました、行きましょう」
睦月の返答に、ソナタは小さく笑顔を作った。その笑顔はソナタが倒れるよりも前の笑顔そのもので、本当に調子がいいようだった。
ゆっくりと、ソナタが上体を起こす。ベッドの下に置いてある靴を履き、いざ立とうとするも――
「ソナタさん!」
うまく立つことができず、床に崩れ落ちそうになるところを即座に支える。体を支えたまま、ベッドに座らせた。
「あはは、困ったな。行きたいと言った本人が、こんなざまじゃあね。最近立つことがなかったから、足が立つことを覚えていないのかな」
ソナタは場を和まそうとしてか、冗談めかして力なく笑って見せた。その笑顔が、睦月の胸をきつく締め付けた。
やはり、無理をさせてはいけない。そう思う睦月ではあったが、芯の強いソナタがそれを了承するとも思えなかった。
睦月は彼女の前にしゃがみ、背中を向けた。おんぶの態勢だ。
「ソナタさん。俺がおぶっていきます。ソナタさんがよろしければ、俺に乗っかってください」
「そんなことできないよ。君にはここ毎日甘えてばかりいたんだ。君にだって負担がかかるはずだよ」
「大丈夫です。体だけは丈夫なんで。それに、今までソナタさんと一緒にいたことを苦に思ったことなんてありません。だから、遠慮なんてしないでください」
睦月の言葉に、ソナタは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんね。睦月。私の我がままで君に迷惑をかけてしまって」
「いいんです。それに言ったでしょう? これまであなたに迷惑をかけられたことなんてないです。むしろ、いろんなものをもらいましたから」
そう、むしろこれは贅沢なのだ。こうして彼女と共に過ごせるということ自体が恵まれているのだ。
恐る恐る、慎重にソナタは睦月の背中へと乗っかった。スポンジのような柔らかな感触が背中を撫でた。
彼女の足へと手を回し、支えたことを確認してから、ゆっくりと立ちあがった。
立ちあがったものの、睦月は一瞬戸惑った。背中に重量を全く感じなかったのだ。確認せずとも、耳元へと微かに聞こえる彼女の小さな吐息が、確かにそこにいるということを証明していた。だが、何も背負っていないのではないかと錯覚してしまうくらい、ふんわりとした雪のようにソナタは軽かったのだ。
こんなにも小さな少女に、現実は重くのしかかっているのだ。どうして、彼女がこんな目に合わなければならないのだろうか。運命は平等だというが、全然そんなことないではないか。
ソナタを背負い、屋上へと続く階段を上っていく。彼女が「大丈夫かい? 降りようか?」と何度も不安そうに尋ねてくるものの、全くと言っていいほど苦にはならなかった。
屋上の扉の前に着くと、ソナタが背負われたまま扉を開けた。
外は、昼間と変わらず雪が降り続いていた。十二月二十四日に降る雪。あと少し経てば、ホワイトクリスマスだった。
「ありがとう、睦月。ここまで連れてきてもらえればもう大丈夫だよ」
「本当ですか? 別に、俺はこのままでも――」
「それ私にとっても悪くない相談だが、遠慮させてもらうよ。それに、君と並びたつというのに、意味があるんだからね」
ソナタ強い意思を尊重すべく、コンクリートに積もった雪に足をとられないよう、ゆっくりと彼女を下ろした。それでも、立っていることすらつらいであろう彼女に少しでも負担がかからないよう、睦月は彼女を隣で支えた。
ありがとう、とソナタは微笑み、二人は雪を眺めた。
クリスマスイヴの空を明るく染めるように、雪が宙を舞っていた。何度目になるかわからない、ソナタとの雪の観賞。景色こそ変わりはしないが、それでも睦月は二人だけの時間がたまらなく好きだった。
「ソナタさん。これを着てください。風邪をひいては元も子もありません」
睦月は自分のコートをソナタに着せようとした。
だが、ソナタはいや、と頭をふった。
「私は大丈夫さ。それより、君が着るべきだ。ここ数日、ずっと私の傍にいてくれただろう? 知ってるんだよ。寝る間も惜しんで、ずっと私を見守っていてくれたことを。だから、自分の体を大事にしてほしい。私が着ても、あまり意味はないかもしれないから」
彼女の優しさを温かく感じる一方で、自分の体を労わろうともしない彼女に――否、労わることが無駄だと悟っているような彼女の言葉に、睦月の胸は張り裂けそうになるくらいに痛くなった。
「ダメです。本当はここに来るのも俺は許してはいけなかったんです。今夜は大人しく、安静しているべきだったんですから。だから、俺の言うことを聞いてください。お願いします。この服は着てください」
「全く、君は本当に他人に甘いな。だけど、その甘さが、優しさが、悪いところでもあって、いいところでもあるんだろうね。わかったよ。ありがとう、睦月」
安らかな表情で睦月に礼を述べ、ソナタはコートを羽織った。
「ふふ、あったかいな。君の匂いがする」
ソナタはどことなく嬉しそうに、コートの中に顔をうずめ、自分の体を抱きしめた。
「すみません、あまりいい匂いはしないかもしれません」
「そんなことはないよ。君を近くで感じられているようだ。最初は断ったけど、貸してもらってよかった」
儚げに笑うソナタの言葉が嬉しくて、恥ずかしくて、だけど同時に切なくて、睦月は思わず視線を雪へと逸らした。
「雪が降ってるね」
「はい」
「君と初めて出会ったときも、こうして雪が降っていたね」
はい、と睦月は笑った。
つい昨日のことのように思い出すことができる。それほど、鮮烈な出来事だった。
おとぎ話からひっぱりだされた、お姫様のように美しい少女。
目を疑った。場を疑った。
夢だと思った。だけど、彼女は確かにここにいる。
降り落ちる雪のように、今にも消えてしまいそうだが、彼女はこうして隣にいる。
「こうやって誰かと雪を見ることができるなんて、夢にも思わなかったよ」
「俺もです。こんな景色を一緒に見れて、本当によかったと思っています
」
「綺麗だね。月も輝いている。こうやって、ずっと見ていたいくらいだ。そう、ずっと……」
そう、ずっと。ずっと見ていたかった。
だが、その言い方ではまるで、「これからは見ることができない」という拒絶の意味にもとれた。
限界だった。こうして彼女と雪を眺められるのも、もしかしたら限られたことなのではないか。そんな嫌な予感が頭から離れてくれなかった。
儚げな微笑を浮かべるソナタを、今にも消えてしまいそうなソナタを離したくなかった。
「ソナタさん。お話したいことがあります。聞いてくれますか?」
睦月はソナタのほうへと向き直り、一心にその青白い瞳を見つめた。
「どうしたんだい? 改まって」
睦月のただならぬ雰囲気を感じ取ってか、ソナタの表情はやや張りつめたものとなっていた。
「ソナタさん、俺――」
視界が揺れる。心が揺れる。いいようのない緊張が喉を急激に乾かせた。
「俺は――」
ソナタの瞳が小さく揺れる。その綺麗な瞳が自分を惑わせたのだ。だから――
「俺、ソナタさんのことが好きです」
数か月、溜まり続けていた想いをついに打ち明けた。
一陣の風が吹いた。風は宙を舞う雪をかき乱し、二人の髪を優しく撫でた。彼女の美しい銀色の髪が、気持ちよさそうに泳いだ。
「出会ったときから、あなたに惹かれていました。最初はただ単に、あなたの容姿などに惹かれていたのだと思っていました。だけど、違いました。あなたと過ごしていくたびに、あなたとの時間が楽しくなってきていたんです。恋しくなっていたんです。そして同時に、あなたを失いたくない、護りたいと思えてきたんです。出会って二カ月ほどしか経っていませんが、この気持ちは正真正銘、本物です。偽りのない、俺の率直な想いです。俺は、あなたが好きです。もっと、一緒にいたいんです」
つまりながらも、必死に自分の想いを伝えた。どっと、疲労と達成感を同時に覚えた。
ソナタの瞳が小さく揺れ動いた。信じられないといったように目を見開き唇をかみしめていた。表情には、小さな笑みが浮かんでいるように見えた。
だが、ソナタの口から答えが返ってくることはなく、無言の時間が二人の間に流れた。
「少し、話をさせてくれないか」
やがて、彼女はそう言って、てくてく、と雪の絨毯の上をゆっくりと歩き始めた。
告白に答えてもらえず、焦燥感に駆られる睦月ではあったが、彼女の雰囲気に圧され、もやもやとした気持ちを抱きつつ了承した
「私は、ずっとあの何もない白い空間で過ごしてきた。何時間も何日も、何年も。数えるのも馬鹿らしくなってしまうくらいにね。入院したての頃は、早く治して楽しい学校生活を送ろう、なんて思っていたんだ。勉強して、部活動に精を出して、友達を作って、恋もして。そんな夢物語を勝手に作っていた。だけど、一向に病気は治らない。いつか治る。治らないわけがない。だって、何ともない日だってあるくらいだったから」
昔を思い出すように、ソナタは雪の降る空を見つめた。
「だけど、現実は辛いものだった。手術は何回も受けたけど、結局完治することはなかった。ただ、あの白い空間で過ごす時間が増えるだけの、何の意味もない手術。いつしか私は、あの病室から出ることは無理だと諦めて、白い空間で過ごす無の時間を受け入れるようになっていたんだ」
ソナタの話に、睦月は俯いた。腹立たしかった。彼女の人生をこうも狂わす運命が許せなかった。やり場のない怒りをぶつけるために、積もった雪を思いっきり蹴った。
「最初は退屈な時間が苦しかったけど、時間が経つにつれて慣れてきたよ。寝ていればいいし、何も考えずにぼ~っとしていればいいだけ。何かが待ち遠しいわけでもないから、時間の流れを気にしたこともなくなってきたんだ。だけど、ある一つの疑問が私の中に浮かんだんだ。私は生きている意味があるのかな。お母さんにも、お父さんにも迷惑がかかってしまう。治る見込みもない娘を看病するのも疲れるだろう。だから私は、手術を断るようになった。もう、いつ死んでもいいと覚悟していた」
だけど――ソナタは振り返り、睦月を見据えた。その表情は、これまで見たこともないくらいに穏やかなものだった。
「そんなときに君が現れたんだ。退屈で変哲のない、私の日常に変化をもたらした。毎日君と会える日々に、私はいつの間にか依存していた。待ち遠しくなっていた。君との時間が好きになっていたんだ。だから、君がいない間の時間は、ただただ長くて、永久のように感じられたよ。普段の生活が、ひどく窮屈に感じるほどにね。時間というのは、環境によって随分と流れが違うように感じるというけど、まさにそのとおりだった。早く君がこないかな、今日は何の話をしてくれるのかな――。そんなことを毎日、私は考えるようになっていたんだ。そのくせ、君が私の隣にいてくれている間の時間は、怖いくらいに一瞬で過ぎてしまうんだ」
睦月も同じ想いだった。どうして、好きな人と一緒にいる時間はあんなにもあっという間に過ぎてしまうのだろうと、時の短さを恨むほどだった。
「あの日、私が意識を失っていたとき。夢の中で、君をずっと思い出していたんだ。どうして私は君を待っている? どうして私は君との時間を過ごしたいのだろう? そして、どうして私は、君を見るとこうもドキドキするのだろう?」
胸の鼓動を確認するように、ソナタは胸に手を当てた。
「答えは簡単だ。誰にでもわかること。子どもにすらわかることさ。君と過ごしていたい。叶うならば、ずっとこの時が続けばいいと思った。だけど、そんなの叶うはずがない。なにせ、私の体には病魔が潜んでいる。私がどんなに無視したって、病魔は私を刻一刻と追い詰めてくるんだ。このままじゃ、私は君との時間を過ごすことができない。そんなのは嫌だ」
ソナタはもう一度夜空を見上げた。降り落ちる雪を一心に見つめ、小さく深呼吸をして、
「だから私は、海外に行くよ」
強い決心を固めた瞳は、ぶれることなく睦月を捉えた。
「海外に行って、病気を治してくる。この国の医療では、私の病気を治すことはできないからね。帰ってくるのは、いつになるかわからない」
混乱した。ひどく当惑した。頭では理解しているのに、体の震えは一向に止まることを知らなかった。
「そんな……。俺も――俺も一緒に……」
「ダメだよ睦月。これは、私一人で立ち向かわないといけないことなんだ。それに君はまだ高校生だ。学校生活がまだ残っているだろう」
もちろんそんなことはわかっている。だが、そんなことは些細なことだ。彼女を捨ててまで、高校生活を楽しもうとは思えない。いや、彼女なくして、高校生活を謳歌できるとはとても思えなかった。
いたかった。ずっと一緒にいたかった。離ればなれになりたくなんてなかった。
困惑し、苦悩する睦月を見据え、ソナタは変わらずに微笑みを携え、
「睦月、これは別れの挨拶なんかじゃないよ。君との夢の時間をもっと見たいがための、私のあがき――約束さ。私は溶けやしない。必ず積ってみせる。この世界に、存在し続けて見せるよ。また君と、こうやって足跡をつけよう。私はまだ、歩いていたいからね」
ざっく、ざっくと、屋上に積もった雪に向かって足踏みをした。消えることのない存在を証明するように、足跡が雪の絨毯に深く刻み込まれていた。
「もし今、君の想いに応えてしまったら、私の願いが叶ってしまったら、私はもう満足してしまうから。もう、いついなくなっていもいいと思ってしまうかもしれないから。だけど、そんなのは嫌なんだ。私は、君とこれからも歩いていきたいんだ」
ソナタの遠回しな回答が素直に嬉しかった。嬉しいのに、悔しく、悲しかった。こんなにも近くに感じられる存在が、遠くの場所へと旅立つことが、とにかく悔しかった。俯いて、唇を噛みしめた。
「君はさっき、私に好きだと言って、くれたよね?」
いつもは聞き取りやすい澄んだ声の持ち主であるソナタだったが、いまにも消え入りそうな声だった。自信がなさそうに、視線を落としている。
そんな彼女に、睦月は自信を持って、己の意思を改めて示すように胸を張って、「はい」と答えた。
睦月の返答に、ソナタは「そっか」とだけ呟き、顔をあげた。氷柱が発熱したかのように、ソナタの頬は赤らんでいた。
ソナタはぎゅっ、と宙に寂しく浮いていた左手を握ってきた。さっきまでは冷たかったはずの彼女の手には、ほんのりと熱が帯びていた。
「今日は冷えているはずなのに、君の想いを聞いて、熱でも出ているんじゃないかってくらい、体が熱くなってきたんだ。すごく、嬉しい」
「はい、わかります。伝わってきます……」
睦月も彼女の手を握り返した。
「だけどね睦月。まだ君の想いに答える――応えるわけにはいかないんだ」
宙を舞う雪を眺めながら、ソナタは話す。
ソナタの言葉に睦月は無言で頷いた。平常心は既に取り戻していた。少しでも彼女の想いを聞こうと、一心に耳を傾けた。
「君と出会ってからのこの二カ月はさ、これまでの十八年間が全て霞んでしまくらい、夢のような時間だった。これまで生きてきて、本当によかったと初めて思えたんだ」
睦月も同じ気持ちだった。ここ二カ月で、彼女との思い出が数えきれないくらいにできた。どれもこれも、昨日の出来事のように思い出すことができる。
「これまでの十八年間が無駄なんかじゃないんだって、君と出会って、過ごして、痛いくらいに感じたよ。これまで感じたことのなかった、たくさんの気持ちに気が付けた。気付くことがてきて、本当によかった。私みたいに、自分のことを不幸だと思い込んでいる大馬鹿でも、人生がこうも色あせて見える。生きているって、素晴らしいよ」
ソナタは睦月の顔へと視線を移す。睦月も、彼女の青白い瞳を見つめた。
「だから、私が無事に帰ってこれたとき、私の気持ちを、私なりの精一杯の言葉で君に伝えるよ。今は言えないんだ。ごめんね。もう、君への答えはでているというのに、口にだせなくて。馬鹿みたいだよね、意地なんて張ってさ」
いえ、と睦月は首をふった。もどかしさこそあるが、ソナタの言い分は痛いくらいに理解できた。
それに、睦月は彼女のその想いだけで十分だった。答えはもらったようなものなのだ。だから、あとは彼女がこうして傍にいてくれるだけでいいのだから。
「睦月。君は、待っていてくれるかい? 私のどうしようもない、独りよがりの意地に、付き合ってくれるかい?」
「もちろんです。思うところはありますが、あなたの意志が本気だということは痛いほどに伝わってきました。だから、俺は待ち続けます。ずっと、ずっと待ち続けます。だから約束してください。必ず、また会えると」
「うん、約束だ。君との時間はまだ足りないんだ。君とのこの二カ月の思い出は一度しまって、少し歩いてくるよ。必ず、また会おう」
大好きな曲の名前のように、ソナタは雪のような笑顔を浮かべた。その笑顔を、深く心に焼きつけ、
「ソナタさん!」
反射的に、睦月はソナタを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと睦月?」
困惑したようなソナタの声が胸付近から聞こえた。
「すみません……。まだ答えももらってないのにこんなことをしてしまって。だけど、今だけは許してください。あなたを、少しだけ感じさせてください。少しだけでいいんです……」
今にも溢れだしそうになる涙をぐっと堪え、ソナタの感触をひたすらに感じた。大きな重荷を背負った小さな身体を強く抱きしめた。心臓が馬鹿みたいにうるさく高鳴ってはいるが、そんなことはもうお構いなしだった。
これからどれだけの時間、彼女と会えないのだろうか。そんなこと考えることすら怖かった。嫌だった。だから、今だけは彼女を感じていたかった。
「全く、君は……。私の決心を揺らがそうとするなんて……。本当に罪な人だよ」
呆れたようにそう言って、ソナタは睦月の背中に手を回し、
「あったかいなぁ……」
恍惚したような声をだし、睦月の胸に顔をうずめた。
雪が降る中、二人はお互いを確かめるように抱き合った。
これからはお互い、一人で歩くのだ。
だから、今だけ。少しだけ。いや、願わくば、ずっと――
この時間を、永遠に感じていたかった。
夜空から降り落ちる雪が、二人にほんのりと積もっていた。




