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目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。どこをどう見渡しても、何もない無の空間に一人、ソナタは佇んでいた。ここはどこだろうか。全く見覚えのない場所だった。


 ぶるっ、と体を震わせる。ひどく寒かった。気温が寒いというわけではなく、不気味で、人の温かみがまるでなかった。恐怖で身をすくませるという表現があるが、それに近いものなのかもしれない。


ふと、気がついたことがある。この頃、我慢し続けていた体の痛みがまるでなかったのだ。体はふわふわとしており、まるで自分の体ではないかのようだった。そう、幽霊のように。


 ああ、やはり私は幽霊だったのかな――そんな妄想がチラリと脳をかすめる。


 しかし、本当に何もないところだ。人っこ一人いないともなれば、物すらもない無の空間だった。


 真っ暗な光景は慣れっこだ。寂れ廃れた病室の夜は、いつも暗闇に包まれていたのだから。


 だが、暗いのは怖かった。一人で、あんな寂しい場所にいるのは寂しかった。


 だから、闇を少しでも明るくしようと降る、雪が大好きだった。暗闇を晴らそうとする、一筋の光だったのだから。


もしかしたら、ここは死後の世界なのだろうか。目の前は真っ暗で、ひどく寒かった。暗くて寒いくせに、雪が降っていないところからして、きっとそうなのだろう。


痛みも何もない。こんな世界なら、とても楽かもしれない。苦しむ必要もないのなら、なおさらではないか。


 それに、死に場所を求めていたではないか。何度も何度も手術を繰り返して、治るものだと信じていた自分の体。だが、病魔は一向に体から消えてはくれなかった。


 何もない、寂れ廃れた白い病室。ただ生きるだけの毎日。楽しいことも、嬉しいこともない。悲しいことすらもない。時間の感覚もない。全てが白。全てが無。


 押しつぶされそうになる黒も、ひたすらに無を強要される白も嫌いだった。黒色は何色にも塗り替えられない。白色はどんな色にも塗り替えることができるが、いつまで経っても色が塗られることはなかった。


 これでようやく解放される。苦しい思いをして生きるだけなら、死んだほうがましだ。そう思っていたのだから。


 運命を全て受け入れようと、ゆっくり目を瞑る。


 十分に生きた。いつ死んでもおかしくない体で、よくここまで生きてこれたと思う。もう、疲れた。意味のない生に期待をするのはうんざりだ。それに、もう心残りは――


 ソナタさん――


 真っ暗な空間に、懐かしい声がこだました。


 目を見開き、ばっと、血相を変えて辺りを見渡す。だが、依然変わらず、空間にはソナタ一人しかいなかった。


 幻聴か。いや、確かに聞こえた。この声を覚えている。そう、この声は、彼の声だ。


一人ぼっちだった自分のもとへ、毎日のように来てくれた人。真っ白な自分の世界に、黒以外の色をくれた人。初めて、生きている意味をくれた人。まだ、生きていたいと思わせてくれた人。


ソナタさん――


またしても彼の声がこだまする。だが、いくら辺りを見渡しても、目を血走らせても、走っても、彼を見つけることはできない。彼は、ここにはいない。こんな場所に、いるはずがない。


 どうしてこんなにも、心にぽっかりと空いたような気持ちになるのだ。彼がここにいないという事実だけで、こんなにも切なくなるのだ。


 どうして隣にいてくれないのか。約束してくれたのに。一緒にいると言ってくれたのに。


 走る、探す。だが、彼はいない。いくら探しても見つからない。


 はぁはぁ、と大きく息をきらす。膝を落とし、泣き崩れそうになるのを必死にこらえる。だが、心は既にボロボロだった。


 こんなにも、自分は彼に依存をしていたのか。当たり前のように傍にいてくれる彼を、こんなにも必要としていたのか。


 そして、ようやく気がつく。いや、本当は気がついていた。だが、自分はいつ死ぬかわからないと、気がつかないふりをしていたことだ。


 死にたくない。まだ、生きていたい。もっともっと、彼と過ごしていたい。


 もどかしくて。懐かしくて。恋しくて。会いたくて。話をしたくて。

 あの笑顔が見たくて。一緒にあの歌を歌いたくて。手を握ってほしくて。

 彼しか考えられないくらい、今の自分には、彼が必要なのだ。


 そう。この気持ちは、きっとそうだ。


 彼――睦月のことが、好きなのだ。きっと、ずっと前から。もしかしたら、会った時からずっと、好きだったのだ。


 睦月。睦月。大切な、大好きな睦月。


 どこだ。どこにいるのだ。


ずっと一緒にいたい。一緒にいてほしい。一人にしないで――


手を伸ばす。一人は嫌だ。この手を掴んでほしい。必死に、助けを求める子どものように手を伸ばす。


 がちっと、力強く手を掴まれる。


 ああ、とても温かい。こんな温もり、最近まで知りもしなかった。


 この温もりを覚えている。そう、この優しい温もりは――




 目を開くと、見慣れた白い空間が広がっていた。この光景を見るのも何度目になるか、考えることすら馬鹿らしかった。


 体を起そうと試みるも、体がうまく動かなかった。自分のものではないかと思うほどに重く、自由がきかなかった。


 仕方ないからと、視線を横に動かすと、誰かがいた。


 ぼやけた視界をはっきりとさせるべく、必死に目を開けると――


 涙を目に浮かべ、安堵したような笑顔を浮かべる青年が目の前にいた。彼は両手で、ソナタの手を包みこんでいた。


 この顔を、ソナタは知っていた。いや、知らないはずがない。なにせ、こうしてまた出会えることを待ち焦がれていたのだから。


 しかし、随分と久しぶりなような気がした。ここ最近、毎日のように見ていた彼の顔が、とても懐かしいものに感じた。


 彼の笑顔が好きだった。優しい色をした瞳が好きだった。彼の全てが、大好きだった。いつの間にか、惹かれていた。


 だが、そんな顔はしないでほしかった。涙なんて、彼には似合わない。見たいのは、楽しそうに歪む、満面の笑みだ。


 きっと、彼は心配なのだ。優しすぎる彼は、また自分のことを心配してくれているのだ。


 ならば、安心させないといけない。自分のできる、精一杯の表現を彼に見せつけるのだ。


 うまく動かせない頬の筋肉を必死に動かし、


「睦月……」


 精一杯の微笑を浮かべ、愛する人の名を口にした。


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