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プロローグ

 冬は好きだ。ただ単に暑いのが嫌いだと理由もあったが、暑さで汗をかく機会が減るのが一番の理由だった。夏の猛暑は家から一歩も動きたくない。滝のように溢れる汗が嫌だったし、滴り落ちる汗を見るのも気が滅入るくらいだ。どうしてスポーツなど、体を動かしているわけでもないのに発汗しなければならないのか。夏眠ができるのであれば、是非させてほしいねと、毎度のように友人に愚痴を漏らしている。


 それなら、寒いのも嫌じゃないのか? 汗はかかないけど、冷えるのも体には堪えるだろうと友人にはよく聞かれるが、そんなことはない、と睦月は返した。


 服の枚数を少しでも減らせば暑さは軽減されるだろうが、それでも脱ぐのに限度があるし、汗はかく。それに比べ、寒ければ服を着ればいいし、手袋をはめればいいし、マフラーを巻けばいい。さらに極端な話をすると、何枚も重ねて着れば、寒さはいくらでも解消できる、それが睦月の持論だった。


 友人は睦月の持論を聞くたびに、「わかるようで、よくわからん」と失笑、苦笑にも似た笑みを漏らしていた。


その持論もあって、寒さが増す秋と冬、特に冬の季節は好きだった。


 だから、窓からちらちらと雪が降っているのが見えたとき、深夜であるというのに長年待ちわびた新作ゲームが発売した子どものように心が躍った。


 十月終盤という、例年より少し早い初雪だった。もしかすると、自分が友人や知人の間で、この地域での初雪を最初に見た人物ではないかと考えると、どことなく誇らしい気持ちになった。地域的なこともあり、十一月の中盤にもなれば、朝起きればところどころに積った雪が見れることだろう。


 起きた当初は眠気が残っていたが、浮き立つ心を抑えることはできず、完全に目は覚めていた。だから、少しでも雪を見られればいいなと、妹の安眠を妨げぬよう足音に気をつけ、ゆっくりと病室をあとにし、足元の僅かな光を頼りに、睦月は屋上に上がる階段を上っていた。


 この時間、屋上は開放されているのだろうか、という一抹の不安があったが、ひんやりとしたドアノブがくるりと回ったとき、ほっと安堵の息を漏らした。


 さて、雪の観賞会でも始めようか――。

 なんて、格好つける自分に嫌悪感を抱きつつ、ゆっくりと、屋上へと続く扉を開けた。


 雪が降っていた。闇に包まれる空を、少しでも明るくしてやろうと抵抗をするかのように、ちらちらと宙を舞い、地面に降り立つ。


 そんな光景でさえ、どこか幻想的であるというのに、睦月の目には、それ以上に幻想的なものを映し出していた。


 屋上には先客がいた。こんな真夜中にだ。


 睦月と同じく、雪でも見に来たのだろうか。ただ単に、外の空気を吸いたいがためか。目的や理由はわからないが、確かに人の姿があった。


 降りやまない雪が地面に降り立つのを食い止めるように、抱きしめるように、その人物は屋上の中央部に佇んでいた。


 先客がいたことにも驚いたが、目を疑うほどに、いや、夢を見ているのではないかとさえ思えるほどに、不可思議な光景が目の前に広がっていた。


 その人物が、あまりにも現実味のない容姿の持ち主だったからだ。

 闇夜を脅かすような、川のように艶やかで、雪のように輝く銀色の髪が宙に靡いていた。


 小さな背中、背丈。

 白い患者衣を着ているあたり、ここの病院の患者のようだ。

 その後ろ姿からして、とても日本人とは思えないほど、短くまとめられた美しい銀色の髪に、睦月は心を奪われていた。


 一陣の風が吹いた。ちらちらと宙を舞う雪が、風圧で慌ただしく動いた。

風に導かれるように、その人物はゆっくりとこちらを振り向いた。


 睦月は目を疑うだけでなく、声までも失った。


 全てを見透かす水晶のように青白い双眸。

 白磁のように輝く白い肌。

 夜空に光る月のような、白く美しい顔。


 おとぎ話から引っ張り出された、雪の精なのではないかと思えるほどに、美しい少女がそこにいた。


 思えば、それが全ての始まりだった――。


 彼女との長い、約束の始まりだった――。

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