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補給艦

 補給艦


 艦首両舷に大きく「882」と記された補給艦は、その舳先に高く白波を蹴立て、後部構造物にあるファンネルから黒煙を大量に吐き、水色の幅広な航跡を長く曳きながら、補給訓練海域から直進して離脱しようとしていた。

 右舷から離れて行った駆逐艦は大きな右周りの弧を描いて、補給艦の遥か後方の航跡内に低速で位置し、左舷に着いていたフリゲイトは大きく傾きながら取舵回頭中であった。

 両舷に居たシャープなシルエットの戦闘艦に比べ、見た目に古いデザインのこの補給艦は、東海艦隊所属の洪澤湖級2番艦「鄱陽湖」である。

 洪澤湖級補給艦は、七〇年代に外洋行動可能な艦隊の創設のために計画された中の一タイプで、「鄱陽湖」は七九年に就役しており、既に艦齢は三〇年を超えていた。

「老体に鞭打って…艦体が悲鳴を上げている」

「新型艦を中心とする艦隊の速力変化の展開に、主機が追い付かない」

 乗員達の中には、この古い艦の運用の現状に対して心配の声はあった。

 現在、東海艦隊に配備されている補給艦は二隻で、この「鄱陽湖」の他に、海軍建設の躍進前期中に建造された903型総合補給艦の1番艦「千島湖」がある。

 しかし、二〇〇八年の暮れから始まったソマリア沖での海賊対策の護衛艦隊に、903型総合補給艦が固定的に派遣されているため、東海艦隊内で実施される訓練の殆どを、旧式艦の「鄱陽湖」一隻で賄う状況が四年以上続いていたのだ。

 これまで補給艦を三タイプ五隻体制で保有してきた中国海軍には、長期的な実任務部隊の遠方展開は大きな負担であった。二〇一二年に入ってから、新たな補給艦二隻の建造に乗り出したが、洪澤湖級二隻の代替艦であれば、保有数は増加しないので現行の運用と変化はなく改善されない。しかし、保有数を増加する体制とすれば、艦齢の高い洪澤湖級二隻をまだ運用し続けることになる。

 拡張を続ける中国海軍にとって、他にも建造を進めなければならない艦艇はある。

 当然ながら、今後更なる補給艦の建造に踏み切るか、それとも旧式艦の延命措置を取るかについては、現場の乗員達が窺い知る事ではなかった。

「出港の多い補給艦への配属は、貧乏くじを引いたようなもんだ」

「動いていない艦の乗員と、定期的に入れ替えるべき」

 二隻で運用していた時期を知る乗員達の間には、不満の声が少なからず起きていた。

 このような不穏な空気は、艦の運用にも大きな支障を来すだけでなく、何れ大きな事故に発展する可能性を孕んでいる。

 この対処として艦の士官達は、停泊時の乗員達の業務負担軽減を図り、母港の基地隊でも居住や娯楽などの共有施設の使用について、特別に配慮する方向の措置は取っていた。

 ただこれは単なるガス抜きをしている状況でしかなく、実際に「鄱陽湖」の出港日数が減少している訳ではなかった。

 乗員達にとって、根本的な問題解決は成されていない。

「海軍建設の進捗状況は当初の計画より遅れている。これ以上は問題である」

「できる事から進めれば良い。多少のストレスは承知している」

 中国海軍の首脳部では、海軍建設計画の遅れが問題になっていた。

 これは降って湧いたようなソマリア沖海賊対策だけが原因ではない。

 膨張する中国海軍への周辺諸国の過剰な反発に対する政治的問題への対処や、新型原子力潜水艦や艦載兵器などに対して、技術的問題により開発遅延が生じている事を含めた諸々の要因も存在していた。

 だからと言って、そのまま海軍建設の遅れを容認することはできない。その責任を人民解放軍の上層部から問われる事になるからである。

 そのため、現段階で実施可能である水上艦艇による太平洋進出の運用実績作りや、その運用海域での海洋データの蓄積から行っているのである。

 内在する中国海軍のジレンマは、現場サイドでの解消を求めていた。

「支援部隊は日陰者。小さい奴や我がボロ船は特にね」

「馬車馬のように扱き使った挙句、洋上でトラブったら標的にされるんだ」

 紺碧の洋上を直走る「鄱陽湖」艦内では、このような自虐的な言葉が密かに広まりそうな様相であった。


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