老朽艦
老朽艦
中国海軍には青島基地の東方約二五㎞の位置に、091型SSNと092型SSBNを配備している姜哥庄潜水艦基地がある。
そして唯一の092型艦内において、人民解放軍高官達による視察が行われていた。
先導していた艦長は、SLBM区画の中央部で立ち止まり、視察官達に説明を始めた。
「左右のミサイル発射筒は一列6基。全部で12基となります。しかし現在、巨浪一号を搭載しておりませんので、艦のバランスを取るため、中にはバラストを入れてますが…」
「つまり、長征6号は今予備役なんだね?」
案内を受けている視察団の中から、説明を遮って質問の声が上がった。
「確かにSLBMパトロールには就いていません。ですが艦の運用は維持されています」
急な質問にも艦長は顔色を変えず、力強くはっきりと答えた。
「そうだ。艦齢からして記念艦なんて話もあろうが、使ってみたいもんだ」
一団の海軍少将の一人が、艦長の回答を後押しした。
092型建造当時の最大仮想敵国はソ連であり、その運用は極東ソ連軍を対象としたものであったが、ソ連が崩壊すると、必然的に一番の海軍対象国は米国となった。
これに伴い、搭載する巨浪一号の射程伸長を実施したが、運用海域である中国沿岸から直接米国本土を狙えるものではなかった事、さらに射程を延ばした巨浪二号の開発が始まった事により、SSBNとして092型は実質的な運用から外されていたのである。
「ところで、そもそもこの老朽艦に東風二一号の搭載は可能なんですか?」
陸軍の制服を着る年齢の若い少将が、疑問を呈する様に口を挟んだ。
「本格的な調査をしなければ判らん。発射筒の全面換装も有り得る。ただ、艦のシステムとしては相性は良いだろう。何せ巨浪一号の陸上型が東風二一号だからね」
傍のミサイル発射筒を右手で触りながら、第二砲兵所属で技術系の少将が答えた。
「艦長が言うように、艦自体はまだ使用可能だろう。私にもそう見える」
長征6号を実務艦として復活させたがっていた海軍少将が加えた。
そう返事を得た若い少将は、数回頷いて沈黙した。
その場に落ち着いた空気が流れ始めた時、不意に最上位の空軍中将が、
「序でだ。実は私も疑問に思う点があるのだが」と口を開いた。
「東風二一号のASBMとしての性能は兎も角、潜水艦に搭載する必要性と有効性が未だにはっきりしない。疑う訳ではないが、艦の延命措置用の予算獲得ではないだろうね」
突如出された疑問に、一同は互いに顔を見合わせるだけで、誰も声を出さない。
「恐れながら…中将も御承知の通り、ASBMは国家の防備体制の一翼を担うものです。しかしながら、第二砲兵隷下の配備基地は既に米国の監視下にあると思われます。そこからの部隊展開では相手に容易に所在を把握されてしまいます。ですが潜水艦に搭載した場合、一旦出港すれば動静を得る事は困難になります。本艦が実任務にないので実感されていないかもしれませんが、戦略核のサバイバビリティ向上と同じ考えです」
恐縮しながらも艦長は誰も答えない中将の疑問にここまで応じた。
ここで少し間が空いたので、海軍少将は艦長を制してその説明を引き継いだ。
「艦長の弁に付け加えるならば、通信衛星で目標の位置情報を送信し、その情報に基づいてミサイルを発射する事は簡単です。それと有効性についてですが、この艦が海面下にある状態の時、横須賀は空母の母港として安住の地ではなくなるという事です。米国がそれを阻止するには、この基地の近海まで大量の潜水艦を投入しなければ不可能でしょう。さらには、その射程範囲内に米空母の寄港できる港はなくなるのです。ASBMはこの艦に搭載する事で、正に核を用いない戦略兵器となるのです。早く実現すべきと考えます」
「ありがとう。疑問は解決した。ただ、今回の視察だけで決定される訳ではないからね」
少しばかり鼻息が荒くなった海軍少将に、中将は礼を言いながらも釘を刺した。
「仮に案が採用となっても、ASBMの海中発射型への改造、試験艦によるテストの複数回の成功を経てからです。当艦に搭載後も運用試験は続きますから、配備となると…」
消えた第二砲兵少将の言葉は、艦齢の高い長征6号ではコスト的に合わないであった。
「海軍の一軍人として実現したい。海軍の多くがこの艦の復活を望んでいると信じます」
否定的な意見が出た事に向きになった海軍少将は、視察の場で主観的な意見を述べた。
「少将分かったよ。でもそこはオフレコにしよう」と目元を緩めて中将は静かに応えた。




