老士官
老士官
潜水艦基地にある将校クラブのカウンター席で、一人の老いた海軍士官が飲んでいた。
この老士官は、海軍生活の大半が、ここでの陸上配置であった。
そこに、若い士官の一団が現れ、中央付近のテーブル席を陣取った。
何回目かの乾杯をした時に、その中の一人が老士官に気付く。
そして、一団の先任者が、老士官に声を掛けた。
老士官は喜んで、その行き足のある一団に加わる。
彼等は、全員潜水艦乗りであった。
「明日、艦で自慢できます。潜水艦基地の生き字引と一緒に飲めたと」
「あなたとの話は、我々の財産になる」などと言う彼等に、嫌味はない。
話が進むと、老士官はある士官から考えを聞かれた。
「自分はまだ旧型の乗組みです。新型に乗る同期と練度に差が出るのではないかと」
若い士官なら当然だろうと思いながら、老士官は答えた。
「昔、一番静かな潜水艦は北朝鮮のだという米国の報告書だかを聞いたことがある」
それを聴いた若者達は驚き、そして呆れた。
「性能じゃない。運用だ。北朝鮮の潜水艦は動かない。ジョークでなく、神髄だろ」
すると一団は沈黙し、真顔で老士官に頷いた。
暫くして、老士官は最後の質問に応じた。
「潜水艦乗りを何回か志望したが、それが叶うことはなかった。しかし悔いはない」
若い士官の一団に一杯奢ると、老士官は満足そうな表情で席を立った。
カウンター席に戻ろうとする老士官を呼び止める声がする。
老士官は、窓際のテーブル席に中堅士官が三人いるのを認めた。
その一人は、以前同じ部署だった士官である。
老士官が合流して、活発な意見交換が行われた。
「新型も配備したが、音響監視システムを中心とした防御態勢は維持なのだろう」
「浅海域は035型の方がいいように思うんだが、退役で数が減ってるしな」
「それなら、下川島の035型。あれの転籍も考えられる」
老士官の意見に、三人は頷く。
「しかし、青島より先に039B型を配備されたのは参ったね」
「あっちには空母機動部隊の戦力化があると、上は考えたんだろうよ」
「こっちは広域海上監視システムを使った巡航ミサイル襲撃態勢の構築か」
「ここは気楽に、039B型を先に保有する東海艦隊にでも問い合わせれば」と老士官が言う。
「確かに。他の艦隊の担当者と情報交換を考えよう」
「それで、その襲撃態勢構築時に、基地側の支援体制なども考慮する必要がある」
老士官は、ここで士官達の視点を変える。
「039B型への弾薬搭載、補給を優先とした動線や各種施設の見直し、効率化など」
中堅士官達は、苦笑いをするしかなかった。
その後も、白熱した議論が続く。
「潜水艦基地の大博士との話は、頭が整理される。諸手を挙げて感謝します」
一人がそう言うと、四人は乾杯し、ここで老士官は笑みを浮かべて席を立った。
カウンター席に戻ろうとする老士官をウェイターが呼び止める。
そして、老士官は奥の個室に案内された。
個室では、指揮官クラスの二人が食事をしていた。
「悪いね。君がいるのを知ったんで、呼んでもらった」
「退役が近いというが、もう少し海軍に残る気はないかね」
「これは命令ではない。しかし、中米関係が最近微妙だろ。今、部隊の実戦化を急ぐ時だ」
「黄海の要塞化。東シナ海での他部隊と連携した防衛態勢の強化。整備事項は山とある」
「基地の細部を知るベテランは重要だ。特に、君はここ旅順の潜水艦基地の主だからね」




